第31章 いざ、京へ
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 第31章「いざ、京へ」をお届けします。
圧倒的な絶望を退けたのは、夜凪の中に芽生えた、仲間を「護る」ための聖なる光でした。 指先一つで敗れた快然も、夜凪の言葉で「再起」し、三人の心は真に一つとなります。 いよいよ夜が明け、彼らはすべての因縁に決着をつけるべく、呪われた都・京へと足を踏み入れます。
それでは、本編をお楽しみください。
墨衣の男が消えた丘の上。
そこには、圧倒的な強者の残り香だけが、冷たく漂っていた。
月読夜凪は、まだ自分の手のひらを見つめている。
あの、まばゆい「光」の残滓を。
(……護れた)
あの絶望的な闇を前に、確かに、桔梗を護りきった。
復讐のためではない。
破壊のためでもない。
仲間を想う心が、言霊の新たな扉を開いたのだ。
その小さな「希望」が、夜凪の凍てついた心を、内側から熱くしていた。
「……う……うぅん……」
不意に、背後で苦しげな呻き声が響いた。
はっとして振り返ると、そこには倒れたままの獅子堂快然の姿があった。
「快然さん!」
桔梗が、夜凪よりも早く駆け寄る。
彼女は、懐から小さな革袋を取り出し、秘薬の軟膏を指に取った。
快然は、結界を砕かれた衝撃で、全身を強く打ち付けたらしい。
その巨体は、ぴくりとも動かない。
「……夜凪さん、火を」
「……ああ」
夜凪は、すぐに焚き火の残り火をかき集め、火勢を強めた。
桔梗は、快然の破れた袈裟をそっとめくり、その傷口に手際よく薬を塗っていく。
彼女の手のひらが、淡い緑色の光を帯びる。
不知火の里に伝わる、治癒の術だ。
「……ん……」
「……ここは……」
やがて、快然のまぶたが、ゆっくりと開かれた。
その焦点の合わない瞳が、心配そうに覗き込む桔梗の顔を映す。
「……おお……桔梗殿」
「……」
「……拙僧は、また、夢でも見て……」
「馬鹿なこと言わないでください」
桔梗の声には、安堵の響きが滲んでいた。
「……夢じゃ、ありません」
「……そう、でしたな」
快然は、がばり、と上半身を起こした。
その顔に、いつもの豪快な笑みはない。
彼は、自分の手のひらを見つめた。
「……拙僧の、結界が」
「……」
「……指先、一つで……」
「……」
「……なんという、屈辱……!」
快然の巨体が、悔しさにわなわなと震える。
五行衆さえ退けた最強の守りが、赤子の手をひねるように破られた。
その事実は、彼の自信を、根底から打ち砕いていた。
「……快然」
夜凪が、静かに声をかけた。
「……」
「お前が、時間を稼いでくれた」
「……夜凪殿」
「……」
「だから、俺たちは生きている」
その言葉に、快然は、はっと顔を上げた。
夜凪の瞳は、真っ直ぐに快然を捉えていた。
そこには、絶望の色も、憐れみの色もない。
ただ、仲間への、確かな信頼だけがあった。
「……そう、ですな」
快然の顔に、いつもの力が戻ってくる。
「……そうですぞ!」
「……」
「あんな化け物、このままにしておけるわけがありませぬ!」
「……」
「必ずや、あのツラに、拙僧の鉄槌を叩き込んでくれるわ!」
「……その意気です」
桔梗が、小さく微笑んだ。
三人の心が、再び一つになる。
絶望的な実力差。
だが、希望もある。
夜凪の、あの「護る力」が。
「……京へ、行く」
夜凪が、静かに、しかし力強く言った。
その声には、もう迷いはない。
「……あいつが言っていた」
「……」
「『首領に報告する』と」
「……」
「なら、その首領を叩き潰すまでだ」
夜凪の瞳に、復讐の炎が再び宿る。
だが、その色は、以前とは明らかに違っていた。
すべてを焼き尽くす黒い炎ではない。
仲間を護るための、聖なる光を帯びた、蒼い炎だった。
彼は、懐から、あの観月から受け取った巻物を取り出した。
京の都の、地下霊脈図。
そして、闇御門の本拠地、「奈落宮」への侵入経路が記された、唯一の手がかり。
「……!」
桔梗と快然が、息を呑む。
これまでは、追われる身だった。
あるいは、行き当たりばったりの戦いだった。
だが、今は違う。
彼らは、明確な「殺意」を持って、敵の本拠地へ「殴り込む」のだ。
これまで受け身だった戦いが、攻勢に転じる瞬間だった。
三人は、夜明け前の冷たい空気の中、その地図を広げた。
眼下に広がる京の都の灯りと、寸分違わぬ、精密な地図。
その中央に、禍々しい文様で示された場所があった。
「……ここが、奈落宮」
桔梗の声が、緊張に震える。
「……観月さんの話では、京の中心、『神泉苑』の、禁域にある古い井戸」
「……」
「そこが、唯一、奈落宮の結界に通じる『綻び』だと」
「ほう……神泉苑、ですと」
快然が、顎に手をやった。
「……あそこは、古くから龍神が棲むと伝えられる、聖地」
「……」
「その聖地を、奴らは本拠地への入り口にしていたとは……なんと罰当たりな」
「……罰当たりで、済むものか」
夜凪の低い声が、地図の上に落ちる。
「……一族の、怨念が渦巻く場所だ」
地図を睨む三人の間に、張り詰めた「緊張感」が走る。
敵は、あの五行衆を遥かに凌駕する、首領の側近。
そして、その頂点に立つ、首領本人。
生半可な覚悟で、乗り込める場所ではない。
「……観月の話では、警備は厳重」
「……」
「正面からの突入は、不可能に近い、と」
「……ふん!」
快然が、錫杖を強く握りしめた。
「ならば、拙僧が派手に陽動を仕掛けましょう!」
「……」
「その隙に、お二人が……!」
「駄目だ」
夜凪が、即座にそれを遮った。
「……快然さん」
「……」
「お前一人では、死ぬぞ」
「……ぐっ」
快然が、言葉に詰まる。
あの側近の男の力が、脳裏をよぎる。
悔しいが、夜凪の言う通りだった。
「……じゃあ、どうするの」
「……」
「夜凪さんの『護る力』があっても、あの数と、あの化け物を相手に……」
桔梗の言葉に、夜凪は首を横に振った。
彼は、地図の一点を、指で強く指し示した。
入り口である、井戸。
「……三人で、行く」
「……!」
「えっ……!?」
桔梗と快然が、驚きに目を見開く。
「……しかし、夜凪殿!」
「……」
「それでは、あまりにも、無謀……!」
「……いや」
夜凪は、二人の顔を、真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、揺るぎない「覚悟」が宿っていた。
「……もう、俺は間違えない」
「……」
「俺の力は、復讐のためだけじゃない」
「……」
「あんたたちを、護るための力だ」
「……夜凪さん」
「……三人なら、行ける」
「……」
「……いや、三人でなければ、意味がない」
その言葉は、何よりも強く、二人の心を打った。
そうだ。
もう、誰も欠けてはならない。
この三人が揃ってこそ、闇御門と戦える。
「……ふっ」
快然が、破顔一笑した。
「……分かりましたぞ、夜凪殿!」
「……」
「三人で、地獄の底まで付き合って差し上げましょう!」
「……ええ!」
桔梗も、涙をこらえ、力強く頷いた。
三人の心が、完全に一つになった。
夜凪は、地図を畳むと、ゆっくりと立ち上がった。
東の空が、わずかに白み始めている。
夜明けが、近い。
眼下には、夜明け前の、深い闇に沈む、呪われた都、京。
「……」
夜凪が、孤月を握る。
快然が、錫杖を担ぐ。
桔梗が、苦無を構える。
最終決戦に臨む、三つの影。
その瞳には、恐怖も、迷いもない。
ただ、仲間と生きる明日を掴むという、鋼の「覚悟」だけが、燃えていた。
「……行くぞ」
夜凪の低い声が、夜明けの冷たい空気を震わせた。
三つの影が、丘を駆け下りていく。
すべての因縁が決着する地、京へ。
彼らの、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 これにて、第三部「京・前夜編」は、閉幕となります。
「三人でなければ、意味がない」 絶望を乗り越え、最大の希望と揺るぎない覚悟を手にした三人。彼らの孤独だった復讐の旅は、仲間と未来を掴むための「使命の旅」となりました。
そして、次回より、物語はついに最終章「奈落宮決戦編」へと突入します! 闇御門の本拠地・京で、夜凪たちを待ち受けるものとは。すべての決着を、どうか最後まで見届けてください!
面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、ぜひブックマークや、↓の☆☆☆☆☆で評価していただけると、執筆の励みになります! 感想もお待ちしております。
X(旧Twitter)では更新情報や裏話などをポストしていますので、よければフォローお願いします!
酸欠ペン工場(@lofiink)




