第30章 護るための言葉
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決戦前夜、闇御門本家からの使者による圧倒的な「絶望」。快然さえも一撃で倒れ、すべてが終わるかと思われたその瞬間。 夜凪は、仲間を、桔梗を守りたい一心で、自らの力の新たな扉をこじ開けます。
それでは、本編をお楽しみください。
圧倒的な「絶望」。
それが、決戦前夜の丘を支配する、唯一のものとなっていた。
月読夜凪は、凍りついていた。
獅子堂快然が、指先一つで、まるで玩具のように打ち破られたのだ。
あの、五行衆の攻撃さえ防ぎきった、最強の結界が。
ガラスのように粉々だった。
(……勝てない)
(……死ぬ)
夜凪の脳裏に、即座にその結論が弾き出される。
目の前に立つ、墨衣の男。
首領の側近。
その瞳は、まだ何の感情も映していない。
ただ、次の「処理」対象として、夜凪を捉えているだけだ。
「……くっ」
不知火桔梗が、夜凪を庇うように、震える足で前に出た。
その手には、苦無が握られている。
だが、その切っ先は、恐怖に小刻みに震えていた。
彼女もまた、理解しているのだ。
目の前の男が、自分たちとは、まったく違う次元の存在であることを。
「……さて」
男は、倒れた快然には一瞥もくれず、夜凪へと視線を戻す。
「次は、お前だ」
「……」
「月読の、小僧」
男が、ゆっくりと右手を上げる。
先ほど、快然の結界を粉砕した、あの指先。
その指先に、今度は、闇が収束していく。
五行衆が操っていたような、属性のある術ではない。
もっと純粋で、存在そのものを消し去るような、濃密な「死」の気配だった。
「……やめろ」
夜凪の喉から、声が漏れた。
だが、男は止まらない。
当たり前だ。
この男に、言葉など届くはずもない。
(……くそっ)
夜凪は、孤月を握りしめた。
言霊を使うか?
「滅びろ」と?
「砕けろ」と?
(……無駄だ)
本能が、叫んでいた。
金剛の「不動」にさえ弾かれた、自分の破壊の言葉。
この、格の違う男に通じるはずがない。
使った瞬間、その隙に、殺されるだろう。
恐怖が、足を地面に縫い付ける。
つい先ほど桔梗が灯してくれた、あの温かい光。
仲間との絆。
それらすべてが、この絶対的な「死」を前に、かき消されようとしていた。
「……邪魔だ」
男が、初めて、夜凪の前に立つ桔梗を見た。
その瞳に、初めてわずかな「不快感」が浮かんだ。
虫けらを払うかのように、男の指先が、桔梗へと向けられる。
「……!」
「まずは、その娘から消す」
「―――ッ!」
闇が、放たれる。
それは、光の速さですらなく、「既に着弾している」と錯覚するほどの、不可避の攻撃。
桔梗の、小さな身体。
あの闇に飲まれれば、塵も残らない。
彼女の顔が、絶望に歪んでいく。
(……あ)
その瞬間。
夜凪の頭から、復讐の炎が、消えた。
闇御門への憎しみも、一族の使命も、すべてが吹き飛んだ。
ただ、一つ。
(……桔梗が)
(……死ぬ)
彼女が、いなくなる。
『――私が、あなたの記憶になります』
あの、涙ながらの笑顔が、脳裏をよぎる。
あの温もりを、失う。
それだけは、駄目だ。
絶対に。
「―――やめろぉっ!」
理屈ではなかった。
思考よりも早く、身体が動いていた。
夜凪は、桔梗の前に、自らの身を投げ出していた。
孤月を構える暇もない。
ただ、その小さな背中を守るために、両手を広げる。
(……間に合わない!)
だが、闇は、無慈悲に迫る。
もう、防げない。
(……誰か!)
(……何でもいい!)
(……彼女を!)
夜凪の魂が、叫んでいた。
復讐のためではない。
破壊のためでもない。
ただ、仲間を想う心の「強さ」だけが、そこにはあった。
彼は、喉を引き裂くように、その一言を、絶叫した。
「―――護れぇッ!!」
瞬間。
世界が、純白に染まった。
「……え?」
夜凪自身の、呆けた声が漏れた。
彼が突き出した両手から、迸っていたのだ。
黒い闇でも、紅い炎でもない。
ただ、ひたすらに、まばゆい「光」。
その光が、夜凪と桔梗の前で、巨大な「壁」となって顕現した。
ドゴォォォン!
男が放った「死」の闇が、その光の壁に激突する。
凄まじい衝撃波が、丘全体を揺るがした。
闇が、光を飲み込もうと荒れ狂う。
光が、闇を押し返そうと輝きを増す。
だが、拮抗は、しなかった。
(……!)
光の壁は、男の攻撃を、完全に「防ぎきって」みせた。
闇は、光に触れたそばから、霧散していく。
まるで、夜が、朝日に焼かれるかのように。
「……な……」
夜凪は、自分の手のひらを見つめた。
そこから、まだ、温かい光の粒子が立ち上っている。
(……なんだ、これは)
(……俺の、力?)
(……言霊が、光に?)
破壊以外の力。
「護る」という、ただそれだけを願った言葉が、形になった。
夜凪は、その事実に、ただ「驚愕」するしかなかった。
「……ほう」
初めて。
墨衣の男の、無機質な顔に、感情が浮かんだ。
それは、「驚き」であり、「興味」だった。
「……光、だと?」
男は、信じられないものを見る目で、夜凪の手と、消え残る光の壁を見つめている。
「……」
「月読の言霊が」
「……」
「破壊ではなく、創造……いや、聖なる守り、か」
「……」
「……面白い」
男の口元が、初めて歪んだ。
それは、三日月のような、冷たい笑みだった。
「……なるほど。五行衆が、束になっても勝てぬわけだ」
「……」
「お前は、ただの破壊者ではなかった、というわけか」
男は、ゆっくりと、攻撃の態勢を解いた。
その瞳は、もはや夜凪を「処理すべきモノ」としてではなく。
「理解不能な、脅威」として、捉え直したようだった。
「……くっ」
夜凪は、桔梗を背後に庇ったまま、男を睨みつける。
(……防げた)
(……今、確かに、防いだ)
絶望の闇の中に、一条の「希望」が差し込んだ。
復讐のためだけではない。
仲間を護るための、力。
その「新たな可能性」が、夜凪の折れかけた心を再び奮い立たせた。
「……小僧」
男が、静かに言った。
「その力、どこで手に入れた」
「……」
「いや……元より、お前の中に眠っていたものか」
「……」
「……いいだろう」
男は、ふ、と息を吐くと、夜凪に背を向けた。
「……!?」
「待て!」
「……」
「……今日のところは、退いてやる」
「……なに?」
「その『光』、我らが『奈落』の力とは、相性が悪すぎる」
男は、忌々しげに、自分の指先を見つめた。
光に触れたわけでもないのに、その指先が、わずかに黒い煙を上げていた。
「……」
「この件、首領にご報告せねばならん」
「……」
「月読夜凪」
「……」
「その『希望』が、いつまで続くかな」
男は、それだけを言い残し、夜の闇へと、すうっと溶けるように消えていった。
まるで、最初から、誰もいなかったかのように。
後に残されたのは、圧倒的な強者の気配と、呆然と立ち尽くす夜凪と桔梗だけだった。
夜凪は、まだ自分の手のひらを見つめている。
(……護れた)
言霊の、新たな側面。
仲間を想う心の「強さ」が、その扉を開いた。
彼は、闇の中に差し込んだその小さな「希望」の光を、ただ強く、強く握りしめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
復讐のためではなない、ただ仲間を「護りたい」という魂の叫び。それが、夜凪の言霊に「聖なる光の守り」という新たな可能性をもたらしました。 闇御門の力が「奈落」であるならば、夜凪のこの光こそが、唯一にして最大の対抗手段となるのかもしれません。 最大の絶望の中で、三人は最大の「希望」を掴み取りました。
さあ、夜は明けます。すべての準備は整いました。 次回、ついに最終決戦の地、呪われた都・京の「奈落宮」へと突入します!ご期待ください!
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