第26章 力の罪
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ついに自らの過去を仲間たちと分かち合った夜凪。しかし、彼らの元に「闇御門」を名乗る謎の男が現れます。 彼は敵か、味方か。男がもたらした「禁書」によって、夜凪は自らの一族が滅ぼされた「本当の理由」と、自らの力が持つ恐るべき真実を知ることになります。
それでは、本編をお楽しみください。
「……それが、月読夜凪の、復讐の原点だった」
丘の上を、冷たい夜風が吹き抜けていく。
月読夜凪は、語り終えた。
自らの魂に刻み込まれた、あの地獄の夜のすべてを。
燃え盛る里。
目の前で殺された、父と母。
そして、守るために力を願った父の、最期の言葉。
「……」
「……」
重苦しい沈黙が、場を支配した。
獅子堂快然は、その豪快な顔を苦痛に歪め、強く拳を握りしめている。
不知火桔梗は、その瞳から、はら、はら、と大粒の涙をこぼしていた。
彼女は、そっと夜凪の手に、自らの手を重ねる。
「……そう、だったんですね」
桔梗の声は、震えを帯びていた。
「辛かったでしょう」
「……」
「苦しかったでしょう」
「……」
「……もう、いいんです」
「もう、一人で背負わなくて、いいんです」
その手の温もりが、夜凪の凍てついた心に、じわりと染み込んでいく。
悲痛な過去。
仲間たちは、彼の凄惨な記憶を、ただ「共感」を持って受け止めてくれていた。
復讐の根源を、分かち合おうとしてくれていた。
「夜凪殿」
快然が、絞り出すような低い声で言った。
「拙僧の寺を焼いた奴らも、おそらくは同じ」
「……」
「奴らは、人の心を持たぬ、外道にございます」
「……」
「拙僧の誓いも、変わりませぬ」
「……」
「必ずや、奴らに仏罰を与えてみせましょうぞ」
「……快然」
「ああ。俺も、同じだ」
夜凪は、仲間たちの顔を、改めて見つめた。
この二人となら、戦える。
この二人とだから、戦わねばならない。
彼が、そう決意を新たにした、その時だった。
「――桔梗様!」
鋭い声と共に、一体の影が、疾風のごとく丘を駆け上がってきた。
不知火の忍びの一人だった。
その表情には、焦りの色が浮かんでいる。
「どうしたのです、騒がしい」
「はっ! それが、先ほど里の結界の外縁で、不審な者を発見!」
「……!」
夜凪と快然の間に、緊張が走る。
闇御門の追手か。
だが、忍びの言葉は、予想とは違っていた。
「戦う意志はなく、ただ『月読の生き残りに、渡したいものがある』と……」
「……月読の、生き残りに?」
夜凪の眉が、ぴくりと動いた。
「素性は?」
「それが……闇御門の者であると、自ら」
「なんと!」
快然が、錫杖を握りしめる。
「罠ですぞ、桔梗殿! 叩き出してくれましょう!」
「待って、快然さん」
桔梗が、その手を制した。
「……その者、今どこに?」
「里の外、西の祠にて、監視下に置いております」
「……分かった」
桔梗は、夜凪へと向き直った。
「どうしますか、夜凪さん」
「……」
「罠の可能性が、高いですが」
「……行く」
夜凪は、即答した。
「闇御門の内部の者」
「……」
「そいつが、何を企んでいようと、会う価値はある」
「……分かりました。私たちも、行きます」
桔梗と快然の視線に、迷いはなかった。
西の祠は、里の結界からわずかに外れた、森の奥深くにひっそりと佇んでいた。
月明かりだけが、その古い鳥居をぼんやりと照らしている。
祠の周囲には、すでに不知火の忍びたちが、音もなく潜んでいた。
張り詰めた空気が、肌を刺す。
「……あ、あれです」
忍びの一人が、祠の影を指差した。
そこに、小さな人影が、うずくまるようにして座っている。
それは、夜凪が想像していたような、屈強な術者ではなかった。
痩せた身体。
上等だが着崩れた、公家のような装束。
そして、何よりも。
その全身から、隠しようのない「恐怖」の気配が放たれていた。
「……だ、誰ですか」
男が、夜凪たちの気配に気づき、怯えた声で振り向いた。
年は、二十代半ばだろうか。
顔立ちは整っているが、血の気はなく、その瞳は常に何かに怯えるように、せわしなく左右を向いている。
(……こいつが?)
夜凪は、拍子抜けするほど、その男から「力」を感じなかった。
五行衆のような、圧倒的な霊力はない。
ただ、ひたすらに、臆病だった。
「……あんたが、俺に用があるという、闇御門の者か」
夜凪が、静かに問う。
男は、夜凪の姿を見ると、びくり、と肩を震わせた。
「あ……あ……」
「あなたが……月読の……?」
「そうだ」
「ひっ……!」
男は、まるで化け物でも見るかのように、夜凪から視線をそらす。
その態度に、夜凪の苛立ちが募る。
「……何の用だ。罠なら、さっさと……」
「ち、違います!」
男は、慌てて両手を振った。
「わ、私は、戦いに来たのでは……!」
「……」
「私は、観月! 闇御門の……その……書庫番にございます!」
「……書庫番?」
「は、はい! 呪術の記録や、古い文献を管理するだけの……」
観月と名乗った男は、今にも泣き出しそうな顔で、地面に額をこすりつけた。
「お、お願いです! 助けていただきたい!」
「……助ける?」
「もう、嫌なのです!」
観月の声に、悲痛な響きが混じる。
「あの一族は、狂っている!」
「……」
「人の命を、何とも思っていない!」
「……」
「私は、ただ書物を読んでいただけなのに……!」
「……」
「こ、このままでは、私もいつか……!」
観月は恐怖のあまり、まともに言葉も紡げない有様だ。
夜凪は、その姿を、冷たい目で見下ろしていた。
「……それで、俺に何を渡す」
「あ……はい!」
観月は、おぼつかない手つきで、懐から一つの巻物を取り出した。
「こ、これ……です」
「……」
「これは、闇御門の『禁書』」
「……」
「月読一族に関する、記録……」
「……!」
夜凪は、弾かれたようにその巻物をひったくった。
巻物を開く。
そこには、闇御門の文様と共に、月読一族の、詳細な術の記録が記されていた。
そして、その最後の一文。
夜凪は、そこに書かれた文字に、目を奪われた。
「……これは」
「そ、そうなんです……」
観月が、震える声で続ける。
「私、読んでしまったのです……!」
「……」
「月読一族が、滅ぼされた……『本当の理由』を!」
夜凪の心臓が、大きく跳ねた。
復讐。
それだけではなかったのか。
父の、母の死には、俺の知らない、別の理由があったというのか。
「……話せ」
夜凪の低い声が、森に響く。
「すべて、話せ」
「は、はい……!」
観月は、恐ろしさに震えながら、知ってしまった真実を語り始めた。
「あ、あの方……闇御門の首領は……」
「……」
「この日ノ本のすべてを、その呪術で支配しようとしておられます」
「……知っている」
「は、はい。ですが……!」
観月は、意を決したように顔を上げた。
「月読一族の力……『言霊』だけが」
「……」
「その支配を、根底から覆すことができる力だったのです!」
「……!」
衝撃的な事実に、夜凪の思考が、一瞬、停止した。
桔梗と快然も、息を呑むのが分かった。
「ど、どういうことだ……!」
「言霊は……ただの破壊の力ではないのですか……!」
快然が、叫ぶ。
観月は、首を激しく横に振った。
「ち、違います!」
「言霊の本当の恐ろしさは、破壊ではありません!」
「……」
「それは、『世界の理を、書き換える力』!」
「……!」
「首領が築き上げた、支配体制」
「……」
「大名たちを縛る、呪詛の契約」
「……」
「それらすべてを……!」
「……」
「『言霊』は、ただの一言で、無に帰すことができるのです!」
「なっ……!」
夜凪は、全身を雷で撃ち抜かれたかのような「驚愕」に、立ち尽くした。
馬鹿な。
俺の力が。
そんな、馬鹿げた力が。
(……父様)
脳裏に、父の最期の言葉が蘇る。
『――その、力で』
『――未来を』
あの言葉の意味。
それは、復讐を成し遂げろ、という意味ではなかった。
この力で、闇御門の支配に歪められた「未来」を、書き換えろ。
そう、託していたのか。
「あの方(首領)は、それを恐れたのです」
「……」
「自らの支配を、唯一、脅かす可能性」
「……」
「だから……月読一族を……!」
そういうことだったのか。
夜凪は、奥歯を強く噛みしめた。
一族は、ただ憎悪によって滅ぼされたのではない。
「恐怖」によって、滅ぼされたのだ。
闇御門が敷く恐怖政治。
その本質は、彼ら自身が、この「言霊」という力を、何よりも恐れていたことの、裏返しだったのだ。
夜凪は、自らの力が持つ、本当の重さを「理解」した。
これは、ただの復讐の道具ではない。
それは、呪いか。
それとも、罪か。
あるいは。
「……お、お願いです!」
観月が、再び夜凪の足元にすがりつく。
「わ、私は、すべてを話しました!」
「こ、この巻物も……!」
「……」
「見逃して……ください……!」
夜凪は、震える観月を、ただ無言で見下ろしていた。
衝撃の事実。
そして、目の前にいる、哀れな裏切り者。
彼の心に、復讐の炎とは異なる、別の冷たい感情が芽生え始めていた。
自らの「力」が背負う、その「罪」の重さを、彼は今、初めて実感していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
闇御門の書庫番・観月。彼がもたらした禁書によって、衝撃の事実が明かされました。 夜凪の「言霊」は、単なる破壊の力ではなく、「世界の理を書き換える力」。闇御門の首領は、自らの支配を唯一脅かすその力を恐れたが故に、月読一族を滅ぼしたのです。
父が最期に託した「未来」という言葉の、本当の意味。自らの力が背負う、あまりにも重い「罪」と「使命」。 すべての真実を知った夜凪が、この哀れな裏切り者を前にどう動くのか。そして、決戦の地・京で、彼はその力をどう振るうのでしょうか。ご期待ください!
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