第25章 月が落ちた夜
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 第25章「月が落ちた夜」をお届けします。
「あなたの過去を、教えてください」 桔梗の真っ直ぐな言葉を受け、夜凪はついに、これまで固く口を閉ざしてきた自らの過去を語り始めます。
彼の一族が滅ぼされ、すべてを失い、彼が復讐者となった「あの日」の物語。 すべての原点が、ここにあります。
「……俺の、一族の使命だ」
古文書庫の冷たい空気の中、夜凪が放った言葉。
それは、彼自身が背負う宿命を、仲間たちと分かち合うという覚悟の表れだった。
三人の心は、確かに一つになった。
だが、夜凪の瞳の奥には、まだ深い闇が残っている。
「……夜凪さん」
沈黙を破ったのは、桔梗だった。
彼女は、夜凪のその瞳を、真っ直ぐに見つめている。
使命や盟約だけではない。
彼の心を縛り付ける、もっと根本的な「何か」。
それを、彼女は感じ取っていた。
「あなたのこと、もっと教えてください」
「……」
「あなたの過去を。あの日、何があったのかを」
「桔梗殿……」
快然が、戸惑ったように桔梗の名を呼んだ。
それは、あまりにも重く、踏み込みすぎる問いだったからだ。
夜凪の全身から、空気が凍るような拒絶の気配が放たれる。
だが、桔梗は引かなかった。
「私たち、仲間ですよね?」
「……」
「あなたの痛みも、悲しみも、一緒に背負いたい」
「……」
「だから、話してください」
その言葉は、夜凪の心の最も硬い殻を、静かに、しかし確実に叩いていた。
過去。
あの日のこと。
思い出すだけで、全身の血が逆流しそうになる、地獄の記憶。
これまで、誰にも話したことはなかった。
話す必要もなかった。
だが、今は違う。
目の前には、自分と共に戦うと決めてくれた仲間がいる。
この二人になら。
いや、この二人だからこそ、話さねばならない。
自分が、なぜこれほどまでに闇御門を憎むのか。
その根源を。
「……分かった」
夜凪は、重い口を開いた。
「すべて、話そう」
「俺の一族が……月読が滅ぼされた、あの夜のことを」
三人は、古文書庫を出て、不知火の里を見下ろせる丘の上に座っていた。
空には、冷たく澄んだ月が浮かぶ。
快然も、今はいつもの陽気さを消し、静かに夜凪の言葉を待っている。
夜凪は、膝の上で強く拳を握りしめ、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
それは彼の魂に刻まれた、決して消えない傷跡の物語だ。
(……あの夜も、こんな月夜だった)
夜凪の意識が、遠い過去へと沈んでいく。
彼がまだ、何者でもなかった、幼い日。
月読の里は、京の都から遠く離れた山奥に、ひっそりと存在していた。
そこは、不知火の里のような張り詰めた空気はない。
ただ、穏やかで、優しい時間が流れる場所だった。
「夜凪」
「またそんな所で、本を読んでいるのか」
「……父様」
幼い夜凪は、縁側で難しい呪術の書物を広げている。
父は、そんな息子の頭を、大きな手でくしゃくしゃと撫でた。
その手は、温かかった。
「お前は、本当に物知りだな」
「だが、力とは、何のためにあるか、分かるか?」
「……敵を、滅ぼすため」
「ふふ、違うな」
父は、優しく笑った。
「力とは、守るためにあるんだ」
「……守る?」
「ああ。大切なものを、失わないためにな」
その時の夜凪には、まだその言葉の本当の意味は分からなかった。
「夜凪ー!」
「あなたー!」
「ご飯ができますよー!」
「……母様!」
台所から、優しい母の声が響く。
幼い夜凪は、書物を放り出し、縁側から駆け下りた。
父と母と、三人で囲む食卓。
それが、彼の世界のすべてだった。
何でもない、当たり前の日常。
それが、永遠に続くと、信じて疑わなかった。
あの夜が、来るまでは。
(……月が、赤かった)
その日、夜凪は縁側でうたた寝をしていた。
ふと、焦げ臭い匂いで目が覚める。
目を開けた瞬間、彼は息を呑んだ。
空が、燃えていた。
いつもは穏やかな里が、紅蓮の炎に包まれていた。
「―――ッ!?」
耳を劈くような、悲鳴。
それは、よく知る里の者たちの声だった。
何が起きているのか、理解が追いつかない。
ただ、本能的な恐怖が、幼い身体を支配した。
「夜凪!」
「夜凪、どこだ!」
父と母が、血相を変えて夜凪の元へ駆け寄ってくる。
その顔には、いつも浮かべていた優しい笑みはない。
ただ、絶望的な焦りだけが浮かんでいた。
「父様! 母様!」
「よかった、無事だったか!」
母が、夜凪を強く、強く抱きしめる。
その身体が、小刻みに震えているのが分かった。
「あなた! 早くこの子を!」
「分かっている!」
父は、夜凪の腕を掴むと、無理やり床下へと押し込んだ。
「夜凪、いいか」
「……」
「ここから、絶対に出てはならない」
「……」
「何があっても、声を出すな」
「……いやだ! 父様も、母様も、一緒に!」
幼い夜凪が、泣き叫ぶ。
だが、父は、悲痛な顔で首を横に振った。
「……許せ、夜凪」
「俺たちは、行かねばならない」
「……守るために、な」
それが、夜凪が父と交わした、最後の会話だった。
床板が、無情にも閉じられる。
板の隙間から、二人の背中が見えた。
父と母が、刀と呪符を手に、燃え盛る里の中心へと、駆けていく。
(……いやだ)
夜凪は、暗い床下で、息を殺して震えていた。
悲鳴。
怒号。
鉄と鉄がぶつかる音。
そして、何かが崩れ落ちる、轟音。
すべてが、地獄だった。
どれくらい、時間が経っただろうか。
不意に、外の音が、ぴたりと止んだ。
静寂。
その静寂こそが、何よりも恐ろしかった。
その、時だった。
「……いたぞ」
「まだ、生き残りがいたようだ」
家の真上で、知らない男たちの声が響く。
闇御門の、術者。
夜凪の心臓が、凍りついた。
「くくく……こんな所に隠れていたか」
「月読の、最後の一匹だ」
床板が、轟音と共に剥がされる。
暗闇に、目が慣れた夜凪の目に、二人の男の姿が映った。
禍々しい霊力をまとった、本家の術者。
その目は、幼い子供に向けるそれではない。
ただ、虫ケラを見るような、冷たい、冷たい目だった。
「……ひっ」
声が、漏れる。
男が、その手を夜凪へと伸ばす。
もう、終わりだ。
死ぬ。
そう思った、瞬間。
「――夜凪に、触れるなァッ!」
父だった。
全身から血を流し、満身創痍のはずの父が、最後の力を振り絞って術者の一人に斬りかかっていた。
「……父様!」
「ちっ、まだ生きていたか」
「しぶとい奴め」
術者は、面倒臭そうに舌打ちすると、父の攻撃を容易く受け止める。
そして、その腹に、容赦なく呪詛の籠もった手を突き刺した。
「……がっ……!」
「あなた!」
母が、悲鳴を上げる。
だが、もう一人の術者が、母の背中を無慈悲に貫いていた。
「……あ……」
二人の身体が、糸の切れた人形のように、ゆっくりと崩れ落ちていく。
幼い夜凪の目の前で。
彼を守る、最後の盾が、音を立てて砕け散った。
「……ぁ……あ……」
声が出ない。
涙も出ない。
ただ、目の前で起きている現実が、理解できなかった。
父が、母が、死んでいく。
自分の、せいで。
「さて、これで終わりか」
術者が、再び夜凪へと手を伸ばす。
だが、その手が届くことはなかった。
息も絶え絶えだったはずの父が、最後の、最後の力を振り絞り、術者の足首を掴んでいた。
「……なっ、まだ動けるのか!」
「……夜凪」
父が、血の泡を吹きながら、息子へと視線を向ける。
その瞳には、まだ、確かな光が宿っていた。
「……生きろ」
「……」
「その、力で……」
「……」
「……未来を……」
それが、父の最期の言葉となった。
その言葉を言い終えると、父の手から力が抜け、どう、と倒れる。
二度と、動くことはなかった。
「……ケリがついたな」
「ああ。くだらん時間を食った」
術者たちは、夜凪に興味を失ったかのように背を向けた。
なぜ、見逃されたのか。
いや、違う。
彼らは、夜凪の存在に「気づかなかった」のだ。
あまりの恐怖と絶望、そして父の最期の言葉。
それが、幼い夜凪の「言霊の力」を無意識に暴発させた。
『――俺を、見るな』
その場から、夜凪の存在そのものを、希薄化させたのだ。
(……あの日)
夜凪は、両親の亡骸の側で、夜が明けるまで、ただ一人、座っていた。
悲しみも、苦しみも、すべてが麻痺していた。
ただ、胸の奥底で、一つの感情だけが、冷たく、そして確かな熱を持って、生まれ落ちていた。
(……殺す)
(……あいつらを、闇御門を、皆殺しにしてやる)
それが、月読夜凪の、復讐の原点だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた、夜凪の壮絶な過去。守るために力はあると説いた父、優しい母、そして目の前で失われたすべて……。 彼の復讐の原点、そして無意識に発動した言霊の力の始まりが、この地獄の夜でした。
この重すぎる過去を、夜凪は初めて仲間たちと分かち合いました。 哀しみも、怒りも、宿命も、すべてを背負い、三人の絆は本物となります。 さあ、すべての過去を清算するため、一行はついに最後の決戦の地、京へと向かいます。闇御門の本拠地「奈落宮」での最終決戦、ご期待ください!
面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、ぜひブックマークや、↓の☆☆☆☆☆で評価していただけると、執筆の励みになります! 感想もお待ちしております。
X(旧Twitter)では更新情報や裏話などをポストしていますので、よければフォローお願いします!
酸欠ペン工場(@lofiink)




