第23章 不知火の里
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 第23章「不知火の里」をお届けします。
織田信長からの危険な誘いを受け、一行は最終決戦の地・京へ向かう前に、桔梗の故郷「不知火の里」へと立ち寄ります。 幻術に隠された忍びの里、そして桔梗の祖父である里の長との出会い。そこで夜凪は、自らの一族に関する新たな宿命を知ることになります。
それでは、本編をお楽しみください。
木下藤吉郎という、得体の知れない男が去った後。
宿場町は、変わらず夕暮れの喧騒に包まれていた。
だが、三人の間に流れる空気は、明らかに変わっている。
「魔王」からの誘いという、新たな駒が盤上に置かれたのだ。
「……さて、どうしたものですかな」
快然が、残りの団子を口に放り込みながら、唸る。
「あの猿のような男……どうにも信用できませぬ」
「ええ」
桔梗も、難しい顔で腕を組む。
「信長公が、私たちの力を利用しようとしているのは確かです」
「下手に近づけば、私たちもあの人の駒にされてしまうわ」
「……」
夜凪は、黙って手の中の書状を見つめている。
警戒心と、期待。
相反する感情が、まだ胸の中で渦を巻いていた。
利用する。
そう決めたはいいが、相手はあの織田信長だ。
一筋縄でいくはずもない。
「……夜凪さん」
桔梗が、意を決したように顔を上げた。
「京へ向かう前に、一箇所、寄りたい場所があります」
「……?」
夜凪が、視線だけで問い返す。
「私の……故郷です」
「ほう! 桔梗殿の!」
快然が、興味津々といった様子で身を乗り出した。
「それは、良い考えやもしれませぬな!」
「闇御門の本拠地に乗り込む前に、一度態勢を整えるべきでしょう」
桔梗は、夜凪の目を真っ直ぐに見つめた。
「私たちの里には、闇御門に関する古い文献も残っています」
「それに、信長公とどう向き合うか……」
「一度、里の長老の意見も聞いておきたいのです」
「……長老」
「はい。私の、祖父でもあります」
桔梗の提案に、夜凪は異を唱えない。
正直なところ、彼もまた、思考を整理する時間が欲しかった。
それに、桔梗という人間の背景を、もう少し知っておきたいという思いもある。
彼女が育った場所とは、一体どんな所なのだろうか。
「……分かった」
夜凪は、短く答えた。
「案内しろ」
「! はい!」
桔梗の表情が、ぱっと明るくなる。
故郷に帰れる安堵と、仲間を連れていく緊張が入り混じった、複雑な笑みだった。
「おお! 忍びの里ですかな! 楽しみですな!」
「美味しいものはありますかな!」
「……快然さんは、そればかりですね」
一行は、京の都を目前にしながら、あえて街道を西へは向かわない。
桔梗の記憶だけを頼りに、険しい山道へと足を踏み入れた。
道なき道を進むこと、半日。
鬱蒼とした森を抜け、一行は巨大な滝の前に立った。
ごうごうと、水が岩肌を叩く音だけが辺りに響いている。
「……桔梗殿」
快然が、怪訝そうに呟いた。
「この先に、本当に里があるのですかな?」
「ええ」
桔梗は、悪戯っぽく笑う。
「ここが、私たちの里の入り口です」
「入り口? 滝の?」
「はい。――『水鏡』」
桔梗が、滝壺に向かって、澄んだ声で呼びかける。
すると、信じられないことが起きた。
あれほど激しく流れ落ちていた水が、まるで意思を持ったかのように、左右に割れていく。
滝の裏側に、ぽっかりと暗い洞窟の入り口が姿を現した。
「なっ……!」
「おお……!」
快然と夜凪が、同時に息を呑む。
これは、ただの水遁の術ではない。
里全体が、強力な結界……幻術によって、その存在を隠されているのだ。
「こちらへ」
桔梗に促され、三人は水音の向こう側へと足を踏み入れる。
薄暗い洞窟を抜けた先。
そこに広がっていたのは、夜凪の想像を絶する光景だった。
(……なんだ、ここは)
まるで、時間の流れから取り残されたかのような、静かな集落。
山の斜面に沿うように、質素だが堅牢な家々が並ぶ。
田畑が耕され、子供たちの無邪気な笑い声が聞こえてきた。
だが、同時に、里のあちこちで忍び装束の者たちが行き交い、その目には鋭い警戒の光が宿っていた。
平和。
だが、決して「安穏」ではない。
常に戦いに備える者たちだけが持つ、張り詰めた空気が、この里を支配している。
夜凪の故郷とは、まったく違う。
だが、なぜか。
彼の心に、わずかな「安らぎ」が広がっていくのを、夜凪は感じていた。
「桔梗様! お帰りなさいませ!」
「おお! 桔梗じゃないか!」
「無事だったんだね!」
里の忍びたちが、桔梗の姿を見つけ、次々と駆け寄ってくる。
その顔には、心からの安堵と喜びが浮かんでいた。
「ただいま戻りました、皆さん」
「心配をかけて、ごめんなさい」
「もう! 里の長老が、どれだけ心配なさっていたと……」
「ん? そちらの方々は?」
忍びたちの視線が、夜凪と快然へと注がれる。
それは、値踏みするような、鋭い視線だった。
「……この人たちは、私の仲間です」
桔梗が、きっぱりと言った。
「闇御門と戦う、大切な仲間たち」
「……仲間」
忍びたちは、顔を見合わせる。
だが、桔梗のその言葉で、彼らの警戒心はひとまず解かれたようだった。
「さあ、まずは長老の元へ」
「お二人も、こちらへどうぞ」
桔梗に導かれ、夜凪と快然は里の奥へと進む。
快然は、相変わらず落ち着きがない。
「ほほう! あれは薬草畑ですかな!」
「おお! あちらでは鍛冶を行っているようですぞ!」
「腹が減りましたな!」
「……少し、静かにしてください、快然さん」
夜凪は、黙って周囲の空気を肌で感じていた。
清浄な霊力。
ここは、闇御門の邪気とは無縁の場所だ。
束の間ではあるが、心が洗われるような感覚。
それが、彼を少しだけ戸惑わせていた。
やがて、一行は里で最も高い場所にある、一際大きな社の前にたどり着いた。
ここが、里の長である桔梗の祖父、白雲斎の住まいらしかった。
「……祖父様、ただいま戻りました。桔梗です」
「……入れ」
社の奥から、しわがれた、だが芯の通った声が響く。
三人の間に、緊張が走った。
ぎ、と音を立てて戸が開かれる。
薄暗い堂内。
その中央に、一人の老人が、静かに座禅を組んでいた。
(……この、気配)
夜凪の肌が、ぴりぴりと粟立つ。
藤吉郎とも、信長とも違う。
まるで、深く、静かな森の奥底にいるかのような、計り知れない気配。
この老人、ただ者ではない。
「……よくぞ、無事に戻った、桔梗」
老人は、ゆっくりと目を開けた。
桔梗の祖父、白雲斎。
その瞳は、歳不相応なほど鋭く、夜凪と快然を射抜くように見つめた。
「して、そちらの者たちが、お前が言っていた『仲間』か」
「は、はい」
桔梗が、緊張した面持ちで頷く。
「こちらは、獅子堂快然殿」
「おお! 拙僧が、獅子堂快然でござる!」
「こちらは……」
「……月読夜凪だ」
夜凪が、自ら名乗った。
その瞬間。
白雲斎の瞳が、カッ、と見開かれた。
その視線が、まるで槍のように夜凪を貫く。
それは、敵意ではない。
驚愕。
そして、何か、もっと別の感情。
「……なんと」
白雲斎は、夜凪の全身を、値踏みするように、舐め回すように見つめた。
そして、深い溜息と共に、こう呟いた。
「……月読の、生き残りか」
「!」
夜凪の身体が、硬直する。
なぜ、俺の素性を。
桔梗から聞いたのか。
いや、違う。
この老人は、俺を見ただけで、すべてを見抜いた。
白雲斎は、夜凪の動揺など意にも介さず、視線を宙に彷徨わせる。
まるで、遠い過去を懐かしむかのように。
「……古の盟約」
「……?」
「果たして、そなたの存在が吉と出るか、凶と出るか」
「……」
「すべては、天命、か」
その意味深な呟き。
『古の盟約』
その言葉が、夜凪の心に、新たな宿命の重りとなって、ずしりと突き刺さった。
ヒロインの故郷で得た、束の間の「安らぎ」。
それは、同時に、自らが背負う「宿命の重さ」を、改めて自覚させる場所でもあった。
夜凪の戦いは、もはや彼一人の復讐では、なくなってきている。
その事実を、彼はこの静かな忍びの里で、痛感させられることになった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
桔梗の故郷、不知火の里。そこで一行は束の間の安らぎを得ると同時に、里の長・白雲斎から「古の盟約」という謎の言葉を告げられました。 夜凪の「月読」一族と、桔梗の「不知火」一族。二つの間に隠された、遠い過去の因縁とは……。
闇御門との決戦、そして信長との駆け引きを前に、彼らは新たな宿命を背負うことになりました。いよいよ物語は京へ。ご期待ください!
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