第15章 力の代償
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第15章「力の代償」をお届けします。
強敵・金剛を打ち破り、束の間の休息を取る夜凪たち。
桔梗の口から語られる「月読」一族の謎。そして、夜凪が初めて自覚する、最強の力と引き換えに失っている「代償」とは……。物語が大きく動く回です。
それでは、本編をお楽しみください。
五行衆・金剛との激戦から一夜が明けた。
三人は、街道から少し外れた森の中で、静かに夜を越していた。
ぱちぱちと心地よい音を立てて燃える焚火が、彼らの疲れた身体と心を温めている。
夜の闇は深く、時折聞こえる虫の音だけが、世界の広さを感じさせた。
快然は、どこで手に入れたのか、大きな魚を串に刺して器用に焼いている。
「うむ! やはり疲れた後には、美味い飯に限りますな!」
こんがりと焼けた魚にかぶりつきながら、快然が満足げに笑う。
その豪快な食べっぷりは、見ているだけでこちらの腹も減ってくるほどだった。
「まったく、快然さんはどこにいても食料を調達してきますね……」
桔梗が、呆れたように、しかしどこか感心した様子で微笑んだ。
夜凪は、そんな二人から少し離れた場所で、黙って孤月の手入れをしている。
(……)
布で刀身を拭う、その無心な作業だけが、彼の心を落ち着かせてくれた。
金剛との戦いで味わった、あの絶望感。
そして、仲間との連携で掴んだ、勝利の爽快感。
相反する二つの感情が、まだ胸の中で渦巻いていた。
仲間。
その存在が、日に日に自分の中で大きくなっていくことに、夜凪は戸惑いを隠せないでいた。
「そういえば、桔梗殿」
「はい?」
「先日の戦いで、夜凪殿のことを『月読』と呼んでおられましたが、何かご存じなのですかな?」
快然の何気ない一言に、夜凪の手がぴたりと止まった。
桔梗もまた、はっとしたように夜凪の方へと視線を向ける。
彼女は、少しだけ言い淀むように視線を彷徨わせたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……私の里、不知火の里には、古い言い伝えがあるんです」
「言い伝え、ですと?」
「はい。遠い昔、この日ノ本が今よりもっと大きな災厄に見舞われた時のお話です」
桔梗の声は、夜の静寂に吸い込まれるように、凛と響いた。
夜凪は、刀の手入れを中断し、黙って彼女の話に耳を傾ける。
「その災厄を鎮めたのが、二つの一族だったと聞いています。一つは、炎と水の術を操り、邪を封じる力を持った、私たちの祖先である『不知火』」
「ほうほう!」
「そして、もう一つが……」
桔梗は、そこで一度言葉を切ると、真っ直ぐに夜凪の瞳を見つめた。
「言葉の力で世界の理を正し、災いそのものを滅ぼしたという、『月読』の一族だった、と」
「なんと……!」
快然が、驚きの声を上げる。
だが、夜凪の心は冷え切っていた。
災いを、滅ぼす?
馬鹿な。
自分の一族は、闇御門という災厄の前に、なすすべもなく滅ぼされたではないか。
言い伝えなど、所詮はただの御伽噺に過ぎない。
「私の里では、『月読』は災いを払う吉兆の名だと……そう、教わってきました」
「……」
「だから、初めてあなたの名を聞いた時、とても驚いたんです。なぜ、その名を持つあなたが、闇御門のような災厄を追っているのか、と」
桔梗の言葉が、夜凪の胸に重くのしかかる。
彼は、何も答えられなかった。
一族の真実など、彼自身も何も知らないのだから。
ただ、その言い伝えが、自分の知らない過去への、一つの扉であることだけは確かだった。
沈黙が、場を支配する。
その重苦しい空気を破ったのは、やはり快然の能天気な声だった。
「いやはや、難しい話はよく分かりませぬが! つまり、夜凪殿はすごい一族の末裔だということですな!」
「……そういうこと、なのでしょうか」
「そうに決まっております! いやあ、めでたい! こうしてはいられませんな! 昨日の猪鍋の残りも、全部食べてしまいましょう!」
猪鍋。
その言葉に、夜凪の思考が、ふと引っかかった。
昨日。
確かに、日が暮れる前に、快然が仕留めた猪で鍋を作って食べたはずだ。
だが。
(……どんな、味だった……?)
思い出せない。
どんな具が入っていた?
どんな話をした?
靄がかかったように、昨日の夕食の記憶が、ひどく曖昧だった。
いや、違う。
曖昧なのではない。
その記憶だけが、ぽっかりと抜け落ちているのだ。
「……っ」
夜凪の背筋を、冷たい汗が伝った。
彼は、必死に記憶の糸をたぐり寄せようとする。
だが、思い出そうとすればするほど、頭の芯が鈍く痛み、思考が霧散していく。
それは、言霊の力を使った後に感じる、あの倦怠感とよく似ていた。
(まさか……)
心臓が、嫌な音を立てて脈打つ。
これまでも、何度か感じたことのある、些細な物忘れ。
だが、それは旅の疲れのせいだと思い込もうとしていた。
違う。
断じて、違う。
これは、あの力の……。
「どうなさいましたかな、夜凪殿? 顔色が悪いですぞ」
「……いや、何でもない」
快然の言葉に、夜凪はかろうじてそう答えるのが精一杯だった。
彼は、ゆっくりと立ち上がると、仲間たちに背を向ける。
「少し、夜風に当たってくる」
その背中が、わずかに震えていることに、桔梗と快然は気づかなかった。
森の暗がりへと一人歩きながら、夜凪の全身を、得体の知れない恐怖が支配していた。
力の代償。
最強の力と引き換えに、自分は一体何を失っている?
今はまだ、昨日の夕食という、些細な記憶で済んでいる。
だが、この先、もっと大事なものを忘れてしまったら?
仲間たちの顔を。
桔梗の優しさを。
快然の快活さを。
そして、何よりも。
この胸に燃え続ける、復讐の炎の意味さえも。
(俺は……いつか、俺でなくなってしまうのか……?)
静かな、しかし底なしの恐怖が、彼の心を支配する。
物語の謎が深まると共に、彼自身の存在が、静かに、そして確実に蝕まれ始めていることに、彼はただ一人、戦慄するしかなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「月読」一族の壮大な言い伝えと、その裏で静かに進行していた言霊の力の恐るべき代償。
仲間との絆が深まる一方で、夜凪は「自分自身が失われていく」という、これまでとは全く違う、内なる恐怖と対峙することになりました。
復讐の炎さえも、いつか忘れてしまうのか。この力は、彼から一体何を奪っていくのでしょうか。
物語の謎と主人公の葛藤が深まる次章も、ご期待ください。
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