第13章 砕けぬ盾
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第13章「砕けぬ盾」をお届けします。
束の間の平穏を破り、夜凪たちの前に現れた闇御門五行衆の二人目。
その男は、これまで対峙した誰とも違う、絶対的な防御力を誇る「砕けぬ盾」でした。
それでは、本編をお楽しみください。
東海道を進む旅は、比較的穏やかに続いていた。
常盤との死闘で負った傷も癒え、三人の間には奇妙な、しかし確かな一体感が芽生え始めていた。
快然の豪快な笑い声が響き、桔梗が呆れたようにそれを窘める。
夜凪は、そんな二人から少し距離を置きながらも、その光景を厭うてはいなかった。
だが、その束の間の平穏は、突如として終わりを告げる。
「……止まれ」
先頭を歩いていた夜凪が、静かに足を止めた。
彼の視線は、街道の先、一つの巨大な影へと注がれている。
それは、人だった。
いや、人というには、あまりにも巨大すぎる。
身の丈は七尺を優に超え、その身体はまるで岩石を削り出して作ったかのように、ごつごつとした筋肉に覆われている。
ただそこに立っているだけで、周囲の空気を圧殺するほどの、尋常ならざる威圧感を放っていた。
「……なんという巨漢……。あれも、闇御門の手先でしょうか」
「間違いありませんな。あの禍々しい気配……五行衆の一人と見て間違いないでしょう!」
桔梗が息を呑み、快然が錫杖を強く握りしめる。
巨漢の男は、三人の存在に気づいているだろうに、動く気配を見せない。
まるで、悠然とそびえ立つ山のようだ。
やがて、その岩のような唇が、ゆっくりと開かれた。
「……待っていたぞ、月読の小僧」
地響きのような、低く重い声だった。
その声だけで、三人の足元の地面がわずかに震える。
「貴様が、五行衆の二人目か」
夜凪が、憎しみを込めて問う。
男は、その問いにゆっくりと頷いた。
「いかにも。我は、闇御門五行衆が一人、『土行・金剛』」
「……!」
「我が役目は、お前たちをここで排除すること。ただ、それだけだ」
金剛と名乗った男は、感情というものを一切感じさせない、無機質な瞳で三人を見下ろしている。
常盤のような残虐さや、朽葉のような下劣さはない。
ただ、与えられた務めを淡々とこなす、絶対的な力。
それが、この男の本質だと夜凪は直感した。
「ふん、面白い! その岩石のような身体、拙僧の法力で砕いてくれるわ!」
快然が、先陣を切って金剛へと突進する。
その錫杖に金色の光をまとわせ、渾身の一撃を叩き込んだ。
だが、返ってきたのは、ごん、という鈍い音と、腕に伝わる強烈な痺れだけだった。
金剛の身体には、傷一つついていない。
「なっ……!?」
「無駄だ」
「くっ……!」
金剛は、意にも介さず、その巨大な腕を薙ぎ払う。
快然は、咄嗟に錫杖で防御するが、その圧倒的なパワーの前に木の葉のように吹き飛ばされてしまった。
「快然さん!」
桔梗が、即座に援護に入る。
彼女は、その身軽さを活かして金剛の死角へと回り込み、急所である首筋へと苦無を突き立てた。
キンッ!
しかし、刃は通らない。
まるで、鋼鉄の塊を叩いたかのような甲高い音を立てて、苦無は無残に弾き返された。
「そんなもので、我が身体に傷がつくと思うか」
「……!」
金剛の身体は、ただの筋肉の鎧ではなかった。
土の術によって、その皮膚は岩石そのものへと変質しているのだ。
純粋な物理攻撃は、一切通用しない。
夜凪は、その絶望的な光景を、ただ冷静に見つめていた。
(……やはり、俺がやるしかない)
快然の法力も、桔梗の技も、この男には届かない。
ならば、自分の出番だ。
この世の理そのものを書き換える、言霊の力。
その絶対的な力の前に、砕けぬものなど、存在しない。
夜凪の心に、焦りはなかった。
あるのは、目の前の障害を排除するという、冷徹な決意だけだ。
「……面白い」
金剛が、初めて夜凪を真っ直ぐに見据えた。
「その瞳……常盤を討った時と同じか。よかろう、見せてみろ。その月読の力を」
「……望み通りにしてやる」
夜凪は、静かに息を吸い込んだ。
世界から、音が消える。
彼の全霊力を、たった一つの言葉へと収束させていく。
復讐の炎が、その言葉に憎悪の熱を宿らせる。
そして、彼は解き放った。
絶対の破壊をもたらす、呪いの言霊を。
「……砕けろ」
夜凪の唇から紡がれたその一言は、不可視の衝撃波となって金剛へと殺到した。
空間そのものが歪むほどの、圧倒的な力。
これまで、この力に耐えられた者は誰もいなかった。
この男もまた、塵となって消え去るはずだった。
だが。
カキンッ!
信じられない音が、夜凪の鼓膜を震わせた。
言霊の力は、金剛の身体に命中した瞬間、まるで硬いガラスに当たったかのように、甲高い音を立てて弾かれたのだ。
衝撃波は、虚しく四散し、周囲の木々を薙ぎ倒すだけ。
金剛は、その場に仁王立ちしたまま、微動だにしていない。
その岩石の鎧には、僅かな罅すら入っていなかった。
「……な……?」
夜凪の思考が、完全に停止した。
ありえない。
そんなことは、断じてありえない。
自分の言霊が、破られた?
いや、違う。
そもそも、通じてすらいない。
「……それだけか」
金剛が、心底つまらなそうに呟いた。
その言葉が、夜凪の凍りついた心を、絶望の底へと叩き落とす。
最強の力が、初めて通じない。
その事実は、彼の存在意義そのものを根底から揺るがす、あまりにも残酷な現実だった。
(なぜ……? 俺の力が……効かない……!?)
焦り。
そして、心の奥底から這い上がってくる、冷たい絶望。
これまで無敵だったはずの力が、目の前でいとも容易く否定された。
切り札を失った今、この砕けぬ盾を前にして、自分たちに何ができるというのか。
夜凪の顔から、急速に血の気が引いていく。
その動揺を、金剛が見逃すはずもなかった。
「……終わりだ」
金剛が、初めてその巨体を動かした。
ゆっくりと、しかし確実な足取りで、夜凪へと向かってくる。
その一歩一歩が、まるで死の宣告のように重く響いた。
恐怖で、足が地面に縫い付けられたように動かない。
「夜凪殿!」
「夜凪さん!」
快然と桔梗が、夜凪を庇うように前に出る。
だが、彼らの攻撃も、もはや金剛にとっては児戯に等しかった。
「邪魔だ」
金剛は、錫杖を振り下ろす快然の腕を掴むと、軽々とその巨体を投げ飛ばす。
苦無を手に迫る桔梗の攻撃も、ただ腕を振るうだけで生じた風圧が、彼女の小さな身体を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
「きゃっ……!」
仲間たちが、なすすべもなく打ちのめされていく。
それでも、夜凪は動けなかった。
自信の源であった絶対的な力が通じなかった衝撃は、彼の心と身体を完全に縛り付けていた。
「月読の力も、大したことはないな」
金剛が、夜凪の目の前で足を止める。
その巨大な拳が、ゆっくりと振り上げられた。
岩石の塊と化したその一撃を受ければ、人の身などひとたまりもないだろう。
死。
その一文字が、脳裏を埋め尽くす。
為す術は、もはや、どこにも残されていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
五行衆が一人、「土行・金剛」。
その圧倒的な防御力の前に、快然の法力も、桔梗の技も、そして夜凪の絶対的な切り札である「言霊」すらも、いとも容易く砕け散りました。
最強の力が通じない。その残酷な事実が、夜凪の心を絶望の底へと叩き落とします。
仲間も倒れ、為す術を失った一行。この最大の窮地を、彼らはどう乗り越えるのでしょうか。
次回、ご期待ください!
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