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日ノ本を喰らう者 -黒き血の宿命-  作者: 酸欠ペン工場


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第12章 軒下の約束

最新話へお越しいただき、ありがとうございます。

第12章「軒下の約束」をお届けします。


五行衆との激しい戦いを終え、束の間の休息を取る夜凪よなぎたち。

今回は戦闘のない、静かな雨の夜のお話です。

桔梗ききょうの優しさが、復讐のためだけに心を閉ざしてきた夜凪の胸に、小さな波紋を広げます。


それでは、本編をお楽しみください。

常盤との死闘を終え、飢えたる森を抜けた一行は、偶然見つけた一軒の廃寺で雨宿りをしていた。

屋根は半ば崩れ落ちていたが、軒下だけはかろうじて、しとしとと降り続く初夏の雨を凌ぐことができた。

遠くで響く雷鳴と、地面を叩く雨音だけが、世界のすべてであるかのような静かな夜だった。

激しい戦いの疲労からか、快然は壁に寄りかかったまま、豪快ないびきをかいて眠りこけている。


(……)


夜凪は、そんな快然を一瞥すると、黙って自身の腕の傷を手当てしていた。

常盤の蔦に抉られた傷は、浅くはない。

彼は、着物の袖を破って作った即席の布で、無言のまま傷口をきつく縛り上げる。

痛みは感じない。

いや、感じないように、心を殺しているだけだ。

この程度の傷は、復讐の道においてはただの障害に過ぎない。


「……じっとしていてください」


静かな声が、すぐ側から聞こえた。

いつの間にか、桔梗が彼の隣に膝をつき、心配そうにその傷口を覗き込んでいた。

その手には、小さな革袋と、清潔な白い布が握られている。

「そんな乱暴な手当てでは、傷が化膿してしまいます」

「……余計な世話だ」


夜凪は、反射的に桔梗の手を振り払おうとした。

だが、その手は思いのほか力強く、彼の腕を掴んで離さない。

「余計なお世話です。でも、放ってはおけません」

桔梗は、有無を言わさぬ強い口調で言うと、夜凪が巻いた布を丁寧にほどき始めた。


(……何なんだ、こいつは)


夜凪の心に、戸惑いと、ほんのわずかな苛立ちが渦巻く。

優しさ。

気遣い。

そういったものは、彼がとうの昔に捨ててきたもののはずだった。

他人に触れられること自体、ひどく落ち着かない。

だが、桔梗の指先から伝わってくる温かさに、なぜか身体の力が抜けていくのを感じていた。


桔梗は、革袋から取り出した軟膏を、傷口にそっと塗り込んでいく。

薬草のすっきりとした香りと共に、ひんやりとした心地よい感覚が広がった。

それは、不知火の里に伝わる秘薬なのだろう。

傷の熱が、すうっと引いていくのが分かった。

彼女は、黙々と作業を続けながら、ぽつりと呟く。


「……無茶、しすぎです」

「……」

「あの時、快然さんの結界が間に合わなければ、あなたは……」

「別に構わなかった。あの婆を倒せるならな」


夜凪の言葉に、桔梗の手がぴたりと止まった。

彼女は、ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐに夜凪の瞳を見つめた。

その瞳には、怒りでも、呆れでもない、ただ純粋な悲しみの色が浮かんでいた。


「……もう少し、自分を大事にしてください」


静かな、だが芯の通った声だった。

その言葉が、夜凪の心の最も硬い部分を、鋭く、そして深く貫いた。

自分を、大事にする?

何を言っているんだ、この女は。

この命は、復讐のためだけに燃やすと決めたはずだ。

そのために、今まで生きてきた。

それなのに。


「……お前には、関係ないことだ」


夜凪は、吐き捨てるように言った。

それは、彼の精一杯の反発だった。

だが、桔梗は怯まない。

彼女は、再び手当てを続けながら、さらに言葉を重ねた。


「関係なくなんて、ありません」

「……!」

「あなたが死んでしまったら、あなたの復讐は、そこで終わりです」

「……」

「それに……私たちも、困ります」


私たち。

その言葉に、夜凪ははっとした。

桔梗は、清潔な布で傷口を優しく、しかし確かな手つきで縛り終えると、ふわりと微笑んだ。

「もう、あなた一人だけの戦いじゃないんですから」

その笑顔は、夜の闇を照らす月明かりのように、穏やかで、そして温かかった。


夜凪は、何も言い返すことができなかった。

胸の奥が、ちりちりと痛む。

それは、傷の痛みではない。

もっと別の、今まで感じたことのない、甘く切ない痛みだった。

戸惑い。

その一言では、到底言い表せない感情の波が、彼の中で荒れ狂っている。


(俺は……何を、考えている……)


桔梗の優しさが、彼の心を揺さぶる。

快然の屈託のなさが、彼の孤独を溶かしていく。

仲間。

その言葉が、もはやただの便宜上の関係ではなく、確かな重みを持って彼の心に根を下ろし始めていた。

それは、復讐という唯一の道標を、わずかに、しかし確実に揺るがすものだった。


「……終わったわ。これで、明日には少し楽になるはず」

「……あぁ」


夜凪は、短くそれだけを答えるのが精一杯だった。

ありがとう、という言葉が、喉まで出かかって、消える。

そんな言葉、何年も口にしたことがなかったからだ。

桔梗は、そんな夜凪の葛藤を見透かしたように、くすりと小さく笑うと、眠っている快然の隣へと静かに戻っていった。


一人残された夜凪は、巻かれたばかりの布に、そっと指で触れた。

そこにはまだ、彼女の温もりが残っているような気がした。

雨音は、いつの間にか少しだけ弱まっている。

復讐の炎は、まだ消えてはいない。

だが、その炎の隣で、小さな、温かな灯火が、確かに灯り始めていた。

夜凪は、その新しい光に戸惑いながらも、なぜかそれを、不快だとは思わなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「もう、あなた一人だけの戦いじゃないんですから」

桔梗の言葉が、夜凪の心に確かな温もりを灯しました。

仲間という存在が、彼の孤独な復讐の旅を少しずつ変えていくのかもしれません。


束の間の休息を終え、一行は再び京を目指します。

しかし、闇御門やみのみかどが彼らを放っておくはずもなく……。

次回、新たな五行衆の刺客が、その姿を現します。ご期待ください!


面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、ぜひブックマークや、↓の☆☆☆☆☆で評価していただけると、執筆の励みになります!

感想もお待ちしております。


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