第11章 毒を断つ知恵
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第11章「毒を断つ知恵」をお届けします。
五行衆・常盤の力の前に、絶体絶命の窮地に追い込まれた夜凪たち。
個々の力では到底敵わない強敵を前に、三人は仲間を信じ、それぞれの役割を全うすることで活路を見出します。
逆転劇の始まりです。
死。
その一文字が、夜凪の脳裏を冷たく掠めた。
足元から迫り来る巨大な食人花の顎。
甘い毒に蝕まれた身体は、鉛のように重く、回避行動を拒絶している。
これまで幾度となく死線を越えてきた彼だったが、これほどまでに明確な「終わり」を予感したのは、初めてのことだった。
常盤の甲高い嘲笑が、まるで鎮魂歌のように耳に響く。
(ここまで、か……)
復讐も、宿命も、何もかもがこの飢えた森に喰われて終わる。
夜凪が、ぐっと奥歯を噛み締め、最期の抵抗を試みようとした、その刹那。
「――させるかぁっ!」
地を揺るがすような、快然の咆哮が轟いた。
夜凪がはっと顔を上げると、そこには金色の光を全身から迸らせる、仁王の如き快然の姿があった。
彼は、錫杖を天に突き上げ、ありったけの法力を解き放っていたのだ。
「不動金剛の法! 悪しきモノは、この内に入ることを許さん!」
金色の光が、三人を包み込むようにドーム状の結界を形成する。
食人花の巨大な顎が、その光の壁に激突し、凄まじい音を立てて弾き返された。
結界に触れた蔦や枝は、聖なる光に焼かれて黒い煙を上げて霧散していく。
常盤の森羅万象を操る術が、快然の絶対的な防御の前に、初めて押し返されたのだ。
「な、なんじゃと……!?」
常盤の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
「小癪な坊主めが!」
彼女がさらに霊力を高めると、森の猛攻は一層激しさを増した。
結界に、無数の枝や根が叩きつけられ、みしり、と嫌な音が鳴り響く。
快然の額からは、滝のような汗が流れ落ちていた。
「くっ……! こ、の……化け物婆めが……!」
「快然さん!」
「心配ご無用! ですが……長くはもちま……せんぞ!」
歯を食いしばる快然の姿に、夜凪は唇を噛んだ。
この結界は、永遠ではない。
快然が、文字通り命を削って稼いでくれた、ほんのわずかな時間。
この時間を、無駄にはできない。
夜凪は、再び常盤を討つべく孤月を握りしめた。
だが、その肩を、桔梗の小さな手がそっと掴んだ。
「待って、夜凪さん」
「……!」
「今のあなたが行っても、結果は同じ。まずは、この毒を何とかしないと」
桔梗の瞳は、絶望的な状況下にあっても、冷静な光を失っていなかった。
彼女は結界の中から森の様子を窺うと、懐からいくつかの薬草を取り出し、匂いを嗅ぎ分ける。
その動きには、一切の迷いがない。
「この甘い香りの元は、あの赤い花……。幻覚と、身体を麻痺させる毒ね。でも、それだけじゃない。いくつかの毒を混ぜ合わせて、効果を増幅させているんだわ」
「……解毒できるのか」
「やってみる。この森にある薬草も使えば、おそらく……」
桔梗は、結界のすぐ外に生えていた、何の変哲もない草を指差した。
「快然さん! あの草だけ、結界の内側に入れて!」
「おお、お安い御用!」
快然が気合と共に結界の一部を操作すると、その草だけがするりと内側へ滑り込んでくる。
桔梗は、それらを素早く摘み取ると、持っていた薬研で力強くすり潰し始めた。
その姿を見ながら、夜凪は葛藤していた。
(俺は……待つしかないのか)
突撃し、己の力で道を切り開く。
それしか知らなかった。
誰かを信じ、その結果を待つなど、考えたこともなかった。
今すぐにでも、この結界を飛び出し、あの老婆に一撃を喰わせたい。
そんな焦燥感が、胸の内を焼く。
だが、先ほどの失敗が、その衝動を抑えつけていた。
あの時、自分の力は確かに通じなかったのだ。
ちらりと、仲間たちの顔を見る。
全身全霊で結界を支える快然。
自分の知識と技術を信じ、懸命に薬を練る桔梗。
二人は、自分の成すべきことを、ただひたむきに成している。
その姿が、夜凪の心に深く突き刺さった。
仲間。
その言葉の意味を、彼は今、初めて理解し始めていたのかもしれない。
(……信じる)
夜凪は、短く息を吐くと、心を決めた。
彼は、桔梗の前に立ち、孤月を構える。
その切っ先は、常盤ではなく、結界の外から襲い来る脅威へと向けられていた。
桔梗を守る。
快然を信じる。
それが、今の自分にできる、唯一にして最善の選択だった。
「……できたわ!」
やがて、桔梗の切羽詰まった声が響く。
彼女の手には、緑色の練り薬が握られていた。
「これを! 気休めかもしれないけど、飲めば少しは動けるようになるはず!」
三人は、弾かれたようにその解毒薬を口に含む。
苦い薬草の味が、口いっぱいに広がった。
すると、どうだろう。
鉛のように重かった身体が、急速に熱を取り戻していく。
霞んでいた視界が、クリアになっていくのが分かった。
「おお……! 力が……戻ってくる!」
「……ああ」
快然の結界が、限界を示すように激しく点滅を始める。
だが、もう十分だった。
夜凪は、桔梗と、そして快然と、強く視線を交わした。
言葉はいらない。
次に何をすべきか、三人は完全に理解していた。
「――行くぞ!」
夜凪の叫びと共に、快然が結界を解き放った。
溜め込まれていた法力が、光の奔流となって森の木々を薙ぎ払う。
その一瞬の隙を突き、三人は常盤へと向かって同時に駆け出した。
それは、反撃の狼煙だった。
「な、生意気な……!」
常盤が、再び森を操り、三人の前に巨大な茨の壁を作り出す。
だが、毒から解放された彼らの動きは、先ほどまでとは比べ物にならない。
「そこかっ!」
桔梗が、茨の僅かな隙間を見抜き、苦無を投擲してその連結部を破壊する。
壁が崩れたその先を、快然が錫杖の一撃でこじ開けた。
「道は、開けたぞ!」
「……助かる!」
仲間が作った道を、夜凪が駆ける。
もう、彼を遮るものは何もなかった。
常盤の驚愕に歪んだ顔が、目の前に迫る。
夜凪は、孤月を振りかぶり、仲間への信頼を力に変えて、最後の一撃を放った。
「お前の森ごと、塵になれ」
言霊と共に振るわれた刃が、常盤の身体を深々と両断する。
断末魔の叫びを上げる間もなく、老婆の身体は光の粒となって消え去った。
主を失った森は、急速にその敵意を失い、ただの静かな森へと戻っていく。
木々の隙間から、穏やかな日の光が差し込んできた。
静寂の中、三人は肩で息をしながら、互いの顔を見合わせた。
そして、誰からともなく、笑みがこぼれる。
個々の力ではなく、仲間への信頼が生んだ、初めての勝利。
その確かなカタルシスが、夜凪の心を温かく満たしていく。
復讐の道は、もはや孤独なものではなくなっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
快然の「守護」、桔梗の「知恵」、そして仲間が切り開いた道を駆けた夜凪の「一撃」。
三人の力が一つになった時、ついに五行衆の一角を打ち破ることができました。
仲間と勝ち取った初めての勝利。孤独だった夜凪の心にも、温かな変化が訪れたようです。
しかし、五行衆はまだ四人残っています。次なる刺客とは……。
三人の旅はまだまだ続きますので、ご期待ください!
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