第10章 飢えたる森
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。
第10章「飢えたる森」をお届けします。
前回、その存在が示唆された闇御門最強の実行部隊「五行衆」。
ついにその一角、自然そのものを操る恐るべき老婆が、夜凪たちの行く手を阻みます。
格上の敵との初戦闘、お楽しみください。
東海道を進む一行の前に、一つの鬱蒼とした森がその巨体を横たえていた。
昼なお暗く、一度足を踏み入れれば方向感覚を失ってしまいそうなほど、木々が密集している。
旅人たちがこの森を避け、大きく迂回していくのも無理はないと思えた。
だが、夜凪たちが追う闇御門の気配は、確かにこの森の奥深くへと続いている。
三人は、互いに頷き合うと、意を決してその闇の中へと足を踏み入れた。
「……それにしても、気味の悪い森ですな」
快然が、周囲を警戒しながら眉をひそめる。
彼の言う通りだった。
森の中は、不自然なほどに静まり返っている。
鳥の声も、虫の音も、獣の気配すらも一切感じられない。
ただ、自分たちの踏みしめる枯葉の音だけが、やけに大きく響いていた。
「ええ……。それに、この甘い香りは……?」
桔梗が、鼻をくん、と鳴らした。
どこからか、花の蜜のような、それでいてどこかむせ返るような甘い香りが漂ってくる。
それは、人の理性をわずかに、そして確実に麻痺させるような、危険な香りだった。
夜凪は、何も言わずに孤月の柄に手をかける。
彼の鋭敏な感覚が、この森に潜む強大な邪気を捉えていた。
(……来る)
それは、これまでに対峙してきた術者たちとは比べ物にならないほど、濃密で、邪悪な霊力だった。
森全体が、一つの巨大な生命体であるかのように、どろりとした気配を放っている。
その、まさに次の瞬間。
世界が、一変した。
「――ッ!?」
地面が、まるで生き物のように脈動を始めた。
足元から、無数の木の根が蛇のように飛び出し、三人の足に絡みついてくる。
同時に、周囲の木々の枝がしなり、まるで鞭のように鋭く三人へと襲いかかった。
森が、突如として彼らに牙を剥いたのだ。
「なっ……なんだこれは!?」
「きゃっ!」
快然が錫杖で根を薙ぎ払い、桔梗が飛来する枝を苦無で叩き落とす。
だが、切りがない。
倒しても倒しても、次から次へと森の攻撃が襲いかかってくる。
そして、先ほどから漂っていた甘い香りが、急速に濃度を増していく。
「二人とも、この香りを吸い込んでは駄目! 毒よ!」
桔梗の叫びも虚しく、甘い毒は確実に三人の思考を鈍らせていく。
視界が霞み、身体が鉛のように重くなっていくのを感じた。
夜凪は、舌を強く噛むことで、かろうじて意識を保つ。
口の中に広がる鉄の味が、麻痺しかけた感覚を無理やり引き戻した。
(これは……術か……! 森そのものを操っているのか!?)
信じられない光景だった。
自然そのものが、明確な殺意を持って襲いかかってくる。
それは、恐怖を通り越して、もはや絶望的な光景だった。
夜凪が孤月で足元の根を断ち切った、その時。
森の奥深くから、老婆のものとは思えぬ、甲高い笑い声が響き渡った。
「くくく……かかったな、小童ども」
声のした方を見れば、一番大きな木の枝の上に、一人の老婆が腰掛けていた。
腰は深く曲がり、その顔には深い皺が刻まれている。
だが、その瞳だけが、闇の中で爛々と妖しい光を放っていた。
闇御門五行衆が一人、「木行・常盤」。
その老婆こそが、この地獄絵図を描き出した元凶だった。
「わらわの森へようこそ。お前たちの血肉は、この子たちの良い肥やしとなろうぞ」
「……貴様が、五行衆か」
夜凪が、憎しみを込めて吐き捨てる。
常盤は、その言葉に満足げに頷いた。
「いかにも。そして、お前たちがここで朽ち果てるのを見届ける者じゃ」
常盤が指を鳴らすと、森の猛攻がさらに激しさを増す。
蔦はより太く、より鋭い棘を宿し、地面からは食虫植物のような巨大な顎が次々と現れた。
「南無三!」
快然が、法力の障壁を展開し、降り注ぐ枝の雨から仲間を守る。
だが、その障壁も、森の圧倒的な物量の前では長くはもたない。
バキバキと、結界に亀裂が入る音が響く。
もはや、この森から生きて出ることは不可能なのではないか。
そんな絶望感が、三人の心を支配し始めていた。
「どうした? もう終わりかえ?」
「くっ……この化け物め……!」
「桔梗殿! 毒はじわじわと身体を蝕みますぞ! 長くはもちませぬ!」
常盤の嘲笑が、彼らの心をさらに深く抉る。
これが、五行衆。
これまでの敵とは、格が違う。
自然という、抗いようのない絶対的な力を操る、本物の化け物だ。
夜凪は、歯を食いしばり、術の元凶である常盤を睨みつけた。
この森全体を相手にしていては勝ち目はない。
やるなら、本体を直接叩くしかない。
「……桔梗、快然! 俺があの婆を止める! 一瞬でいい、隙を作れ!」
「しかし、夜凪殿!」
「やるしかない!」
夜凪の決意に満ちた声に、二人は頷く。
快然が最後の力を振り絞り、法力を一点に集中させた。
「おおおおおっ!」
金色の光が、一瞬だけ森の攻撃を押し返す。
その隙を突き、桔梗が煙玉を地面に叩きつけた。
白い煙が、常盤の視界をわずかに遮る。
ほんの、一瞬の隙。
だが、夜凪にはそれで十分だった。
彼は、煙の中を一直線に常盤へと向かって駆ける。
そして、その唇から、渾身の言霊を解き放った。
「……砕けろ」
だが、その言葉は常盤には届かなかった。
夜凪の目の前に、巨大な木の壁が瞬時に出現し、言霊の力をすべて受け止めてしまったのだ。
壁は粉々に砕け散るが、常盤は無傷のまま、嘲笑を浮かべている。
「無駄じゃ、無駄じゃ。この森にいる限り、わらわは無敵よ」
「なっ……!」
「さあ、終わりじゃ」
常盤が手をかざすと、夜凪の足元から巨大な食人花がその顎を開いて出現した。
避けきれない。
喰われる。
夜凪の心に、初めて、拭い去ることのできない死の予感がよぎった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
闇御門五行衆が一人、「木行・常盤」。
その圧倒的な力の前に、なす術なく追い詰められてしまった夜凪たち。
渾身の言霊すら破られ、絶体絶命の窮地に。
このまま、なすすべなく終わってしまうのか。
それとも、この逆境を覆す一手は残されているのか……。
次回、ご期待ください!
面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、ぜひブックマークや、↓の☆☆☆☆☆で評価していただけると、執筆の励みになります!
感想もお待ちしております。
X(旧Twitter)では更新情報や裏話などをポストしていますので、よろしければフォローお願いします!
酸欠ペン工場(@lofiink)




