第5話:煎じるは王都の危機
王都の朝は、いつもより重い空気に包まれていた。市場や宮廷内の侍女たちの間で、微熱や倦怠感が広がり始めている。小さな症状だった前回と違い、今回は連鎖的で、宮廷全体の秩序に影響を与えかねない。
「ユリ、状況が悪化している」
フェルが書類の束を抱えながら部屋に飛び込んできた。彼の表情はいつも以上に硬い。
「どのくらい?」
「軽症者を含めて、昨日の夜から倍増した。侍女、使用人、衛兵……範囲は広がっている。医師たちは原因不明と報告している」
私は小瓶を手に取り、前回と同じく微量の薬草を煎じる。湯気が立ち上ると、香りの変化が微妙に手のひらに伝わる。混入された薬草の成分と、その影響範囲が、少しずつ輪郭を見せ始めている。
「やはり……人工的なものね」
小さな声でつぶやくと、ミコがそっと頷く。
「ユリさん、どうするの?」
「まずは広がりを止める。調合で解毒に近い状態を作る。次に、原因の特定――犯人が何を狙っているのかを見極める」
煎じ鍋の中で薬草が踊る。微妙な香りの変化を嗅ぎ分けながら、私は調合手順を微調整する。火加減、水の温度、薬草の浸す時間――全てが結果に影響する。手に伝わる振動や匂いの変化を頼りに、成分を分解し、影響を緩和する方法を見つけた。
「できた……これを各棟に配布すれば、症状を抑えられる」
フェルとミコが協力して小瓶を運ぶ。王都の衛兵や侍女、使用人たちに手渡されるたび、微かに香る薬草の匂いが場を包む。人々はまだ完全には回復していないが、徐々に体調が安定していくのがわかる。
その夜、私はルイの控え室に呼ばれた。皇太子の瞳は、疲労の中にも冷静さを保っている。
「ユリ、今回の件……王都全体に影響を及ぼす前に止められたのは君のおかげだ」
「でも、原因はまだ特定できていない。これは偶然ではない……誰かの意図がある」
ルイは少し間を置いて、小さく頷いた。
「ティア……商人会の影、か?」
「可能性は高い。混入の痕跡、薬草の入手経路、調合の巧妙さ……全て、外部の商人の影が透けて見える。でも、宮廷内に協力者がいる可能性もある」
私は小さく息を吐き、月明かりの差し込む窓辺で薬草を嗅ぎ分ける。影の存在は感じられる。だが、それを炙り出すには、慎重さとタイミングが必要だ。煎じれば真実は出る――でもその真実は、人を傷つけることもある。
数日後、宮廷での調査の過程で、私はある書類に辿り着いた。王都に入る薬草の入手履歴、調合済みの記録、出荷の日時――全てが微妙にずれている。匂いと手触りから、誰かが意図的に操作している痕跡が確認できる。ティアの影は、確かにここにいる。
「フェル、これは……」
「君が推理した通りだ。影の商人の仕業だ。だが、宮廷の中にも協力者がいる可能性がある」
「そう……だからこそ、煎じ方ひとつで安全に調整しつつ、証拠を炙り出す必要がある」
その夜、私は再び煎じ鍋の前に座った。火を弱め、湯気と香りを感じながら、混入された薬草の成分と人為的操作の痕跡を一つずつ洗い出す。煎じれば、真実は必ず見える――だが、それをどう扱うかは私次第だ。
「ルイ、ティアの影は確かに宮廷に入っている。でも、今はまだ露見させない方がいい」
皇太子は静かに頷く。
「君の判断に従う。ユリ、煎じれば真実は出る。その力を信じる」
窓の外に広がる王都の街灯は、静かに揺れていた。薬草の香りと、陰謀の気配が混ざり合う。私は小さく微笑み、煎じ続ける――王都の安全のため、そして真実のために。
煎じれば真実は出る。
でも、その真実を誰に示すか、誰を守るか――その答えは、まだ霧の中だった。