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第4話:疫病の兆しと煎じる真実

王都の朝は冷たく、薬草の香りも鋭く感じられた。小さな市場でさえ、微かに異臭が混じる。前回の薬材汚染事件から数日、私は宮廷で調合と観察に追われながらも、ある違和感を覚えていた――人々の体調が、微妙に揺らいでいるのだ。


「ユリさん……最近、侍女や下働きの様子がおかしいわ」

ミコが困った顔で報告してきた。微熱、倦怠感、軽い吐き気。量は少なく、表面上は風邪や疲労に見える。しかし、私の嗅覚は告げている。これは単なる自然発生ではない、と。


「疫病の兆候ね……でも、自然な病ではなさそう」

私は小瓶を手に取り、微量の薬草を煎じる。匂いの変化、湯気の色、煎じた液の香り――手に伝わるわずかな差異が、混入の種類と意図を教えてくれる。微量の痕跡、しかし人為的。誰かが意図的に体調を崩すために仕組んだ痕跡だ。


フェルが書類を広げながら入ってきた。

「ユリ、報告が入った。小規模ながら、宮廷内で似た症状が出ている。広がれば王族にも影響する可能性がある」

私は湯気の中の匂いを嗅ぎ、目を細める。

「ここまで来ると偶然じゃない……誰かが、王都全体を動かそうとしているわ」


その日の午後、ルイが私を宮廷の中庭に呼んだ。皇太子の表情は冷静だが、目には鋭い光が宿る。

「ユリ、君に頼みがある」

「はい?」

「今回の症状の原因を突き止め、広がりを食い止めてほしい」


私は小さくうなずき、調合室へ戻る。今回の課題は、前回以上に微細で巧妙だ。感染性のある成分は含まれていないが、摂取者の免疫や体調をわずかに揺らす薬草の混合――巧妙で、目立たない毒だ。煎じれば症状が出るが、誰もそれを疑わない。まるで“影の毒”のようだ。


私は湯気の中で匂いを確認しながら、混入の手口を順に追う。調合の順番、乾燥の度合い、水の温度――全てが手掛かりになる。微量の成分でも、時間と方法によって人の体調に影響する。前世で学んだ知識と、転生後の嗅覚が、ここで活きる瞬間だ。


煎じた液を少量味見し、反応を確認する。微妙に苦みが変化している。これは、意図的に配合された薬草の証拠だ。

「フェル、見て。これが混入の形跡よ」

彼は眉をひそめ、私の指先の動きと匂いの変化に注目する。

「なるほど……計算されているな。王都に潜む誰かの仕業だろう」


夜、宮廷の図書室で、私は古い文献や薬草記録を読み比べた。使用された薬草の起源、入手経路、調合の微妙な変化――それらを突き合わせると、犯人が商人会の影で暗躍している可能性が浮かぶ。ティア――影の商人の名が、私の頭をよぎる。まだ正体は不明だが、宮廷内外で手を回していることは確かだ。


「ユリ……君が煎じれば、必ず見える」

ルイの声が背後からした。皇太子の冷たい瞳の奥に、微かな期待がある。

「でも、真実を煎じれば、人を傷つけることもある……」

「それでも、やるしかない」

私は小さく息を吐き、薬草の匂いを嗅ぎ分ける。微量の混入、微妙な香りの変化――全てが語りかけてくる。煎じれば真実は出る。だが、誰の都合を崩すかは、私次第だ。


その夜、私は小さな薬箱に新しいラベルを貼った。

「疫病の兆し……これも煎じて解く」

ミコがそっと手を添え、微笑む。

「大丈夫、ユリさん。あなたならできる」


外の月明かりが、王都を銀色に染める。薬草の香りとともに、宮廷に潜む陰謀の気配が漂う。私は静かに煎じ続ける――小さな薬舗の娘だった私が、王都の影に触れるために。


煎じれば、真実は出る。

でも、その真実は、誰を救い、誰を傷つけるのか――その答えはまだ、霧の中だった。

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