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B面「しあわせの正体」②


 寧の母で菜穂と名乗る女性が、いま浩史の前で寧のマンガ原稿を読んでいる。第3話「裏切りの応酬」のようだ。

「…昔、家で飼ってた犬の話ね」

「この作品、春の改編で新連載候補に挙がっているんです。その件もあって、なんとか話をしたかったんですが…」

「…ホントに仕事の話だけ?」

 見透かしたように顔を覗かれ、浩史は少なからずうろたえた。

「寧とは、どんなおつきあい?」

「は、はい。結婚を前提に…実は先日、そのうプロポーズをさせて頂きました。お聞き及びではない…んですよね」

「で…あの子、なんて?」

 浩史は何も言わず、頭を垂れて答えた。


「杉本さんは、なぜあの子を選んだの?病気のことは知ってるんでしょ?」

「もちろんです!喉頭(こうとう)横隔膜症(おうかくまくしょう)…生まれつき声だけが出ない病気ですよね。でもぼくは彼女のことを全力で支えるつもりです」

「かわいそうな保護犬を引き取る、みたいな感じでプロポーズしたんじゃないの?」

「まさか!そ、そんな」と興奮して立ち上がる浩史に、菜穂は第3話の原稿を見せて言った。

「…って、この回のお話はあなたに問いかけているのかもね」

 第3話は、保護犬譲渡会で小5の寧がポテやんを選ぶ話だ。

(そうか。このマンガは、寧ちゃんの実体験が散りばめられてるんや)


 菜穂が、今度は第4話のページを示してくる。

「ポテがビーチに入れてもらえない話…これなんか、私には身につまされるわ」

「身につまされる?」

「あの子が中学に上がったばかりの頃、呼び出しを受けたの。特殊養護学校に転校してみてはどうかって。悔しかった。この子は喋れない以外は至って普通の子なんです。授業だってちゃんと理解してます。それなのに、なぜですか!ってね。校長先生は言ったわ。おかあさん。これからは小学校とは比較にならないくらい、授業内容が高度かつスピーディーになっていくんです。例えば質問をしたいときに、筆談や手話でやりとりするだけの余裕は教師側にはありませんし、娘さんにとってもそれがいいことかどうか…こっちに配慮してるような言い訳を、私と寧は黙って聞いていた」

 あぁ、そうか。寧ちゃんはビーチに入れてもらえんかったポテやんみたいに、拒絶されたんやな。他の人に迷惑やからって。浩史は今起きたことのように、唇を噛んだ。

「帰り道私ばかりが怒ってて、寧はずっと無表情だった。でも家に着くなり、いつものように迎えに来たポテを抱きしめて泣いたわ。何があったかなんて犬にわかるわけないけど、ポテは寧の涙をなめながら、あの子を慰めてくれたのよ」

「‥」

「もちろん、ホントのポテは喋ったりしないけど、何かを語りかける度に頷いて、前足で寧の背中をさすったり、傍目からは会話しているように見えたわ。あの子には、ポテの声が聞こえていたのよ。ポテは喋っていたの」

「‥」


「それからはあまり勉強にも身が入らなくなって、ずっと絵ばかり描いてたわね。高校生になると絵画コンクールで入賞し始めて、東京の美術大学を受験することになったの」

「頑張り屋ですよね、彼女」


 その頃寧は、毛布にくるまって風邪気味の身体を休めていた。

「ワン!」

 ぱっと目を覚まし部屋を見渡すと、生後五か月のポテがおすわりしている。

「…あ、うちに来た頃のポテやんだ。ポテ!こっちよ。ほら、ねーちゃんよ」

 何度も呼ぶが、ポテには聞こえない様子で、座ったまま小首をかしげている。

「…聞こえない…そう、そうよね」

 改めて自分の境遇を思い知り、悲しい気持ちになった。


 菜穂は浩史の顔をまじまじと見た。

「…担当さん…杉本さん…杉ちゃん…いや、スギちゃんはワイルド過ぎるでしょ」

「はい?」

「ヒロくん…ヒロぽん…ヒロポンはさすがにヤベえぞって返したら…ヒロやん」

「た、確かにLINEでは、ヒロやん↔ねいちゃん、で話させてもろてます」

「私もあなたのことは、家族LINEで知ってたわ。あの子毎日のようにノロけてくるんだもの。ふふ」

「え?え?」

 寧の母親は、ポケットから鍵を取り出して言った。

「あの部屋の合鍵よ。あとは任せるわね」

 浩史は「…お、おかあはん」と、くしゃくしゃの涙目で受け取った。

「がんばれ、ポテやん!」

 菜穂は相撲とりにするように、バンと浩史の背中を押し出した。



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