A面・喋る犬の飼い方~第5話「職業選択の自由」
私のアパートのリビングは、仕事場兼寝室でもある。今日もPCを使って単行本の装丁のデザインをしている。その間、ポテはベッドに寝転んで「犬たちのハローワーク」という本を読んでいた。
「なあ、ねーちゃん。わし働こう思うねやんかあ」
「働く?ペットなのに?」
「けど世間では、ペットでも立派に働いとる犬がおんねん。ほら」と、警察犬や盲導犬の写真を見せる。
「ポテやんは、何になりたいの?」
「やっぱオス犬の憧れいうたら、警察犬ちゃう?」
「…無理」
「え?なんでなんで?」
「だって、ポテだもん」
私はイメージする。冬の東尋坊。荒れ狂う波。警察犬ポテが、犯人を崖に追い詰める。
「そこまでだ!」
「くそ。国家のイヌめが!」
犯人は振り返り、拳銃を取り出す。
「ふふふ。犬の瞬発力を甘く見るな」
ポテの目がキランと輝き、犯人の拳銃目がけて飛びかかる。
「銃を捨てろ!」
しかし小型犬の上に短足なので、拳銃には届かなかった。仕方なく犯人の足元でぴょんぴょんジャンプする。
「ほら、ワンちゃん。おやつだよ」と、犯人が懐から犬用のガムを取り出して放り投げる。
「あ、ミルク味のLサイズ!ついに出たんやあ」
放り投げたガムを嬉々として追いかける。ガムは転がって崖の下へ。ポテも一緒に落下していく。
「あああああああああ」
「ひいい、命あっての物種やなあ」
ポテも谷底に落ちていく自分の姿を想像して、前足で目を覆う。
「もっと他の職業を…あ、これは?」
「なになに?」
「麻薬犬」
今度は空港をイメージする。税関職員がポテに命じる。
「ポテ号。怪しいやつを見つけたら、即座に報告したまえ」
「了解!」
と、見るからに怪しげな男が、スーツケースを引いてくる。
「む。このにおい…」
ポテが脱兎(犬だが)のごとく駆け出して、男の脚に噛み付く。職員も駆けつける。
「うわあ!」
男が手放したスーツケースが倒れる。蓋がパカっと開く。
「こ、これは?」
中に入っていたのは、大量のミルク味のガムだった。
「あふ♪あふあふ」
ポテは中毒患者のようにそのガムを貪り食い始めた。
どうイメージしてもポテやんにはムリ。私はぱたっと本を閉じる。
「…ないね」
「え、ほんなら、これはこれは?」
盲導犬のページ。
「あんたに命を預ける人間はいない」
私は作画の仕事に戻る。
「え、なんなん?わしがせっかく、ねーちゃんの負担減らそう思てるのにい」
私の椅子を前足でガリガリして、ぎゃんぎゃん吠えるポテ。
(ポテやんの一番の仕事は、そうやって喋ることよ)
『喋る犬の飼い方⑤ 身の丈に合った仕事を選びましょう』