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アラン・グランフォース

 俺の名は、アラン・グランフォース。

 いずれ魔王を倒し、グランゼシアを救う者だ。


 俺は幼い頃、母さんが話してくれた、魔王を倒した勇者の英雄譚が大好きだった。

 毎晩寝る前に、俺がしつこく話をせがむから、母さんはその頃ずっと寝不足だったらしい。

 だって、仕方ないだろう。

 魔王を倒した勇者の血が、俺にも流れているって聞かされたんだからさ。

 勇者とは、かつて魔王を倒した英雄の末裔にのみ、名乗ることを許された称号だ。

 物心ついた時にはもう、俺は将来、勇者になる事を決めていた。

 勇者として、魔族の脅威に怯えているグランゼシアの人々を救うのは俺しかいない、と。


 母さんの稽古は厳しかった。血反吐を吐いて、泥水をすすり、何度も何度も死にかけた。その度に、俺は強くなったと思う。

 正直、妹のユニスの方が、俺より戦闘のセンスはあると思う。事実、模擬戦でもほとんど勝ててない。

 でも、それがどうした。

 センスがないからって、諦めるなんて選択肢は俺にはない。

 なりたい自分になる。やりたい事をやる。

 それが俺の生きる道だ。


 母さんから、成人を迎えるまでは冒険の旅に出ることは禁止されていた。

 そして待ちに待った、十六歳の誕生日。

 俺が勇者として、冒険の旅に出る日。

 待ちに待ちすぎて、俺はあろうことか寝坊してしまったのだ。

 朝食を急いでかき込み、家族との別れも早々に家を出た。約束していた王様との謁見の時間は、もう過ぎていた。せめて走って王城まで行こうと思い、走りかけた直後。

 俺は何かにつまづいて、盛大にすっ転んだ。

 見ると、じいちゃんの杖が地面に落ちていた。


「しょうがねえな。戻しといてやるか」


 俺は、最近物忘れがひどくなったじいちゃんの杖を、いつもの杖置き場に戻そうと、手にとった。右手にじいちゃんの杖、左手には雷の聖剣を持っていたと思う。

 その時、

「おーい、アラン! 何やってんだ、遅刻だぞ!」


 声の主は、俺と共に旅立つ事が決まっている、王都の第一騎士団副団長のガストルだ。


「悪い、寝坊した!」

「馬鹿野郎! いつまで経ってもお前が来ないから、俺が呼びに来たんだ! ラグヌス王がお怒りだぞ!」

「やべっ」


 俺は、ガストルと共に王城へと向かおうとした。が、その前に。


「ちょっと待ってくれ。すぐ行く!」


 じいちゃんの杖を、いつも置いてある場所に放り込んだ。そして、雷の聖剣を背中におさめて、俺はガストルと共に王城へと駆けて行った。


 ――つもりだった。


 ラグヌス王はお怒りだったが、半ば呆れている風でもあった。「お主という奴は……。母君を見習え!」などという、ありがたいお言葉を頂戴した。


「すんません」


 返す言葉もなかった。

 ラグヌス王とは、幼い頃から面識があった。グランフォース家は、マルス王国唯一の勇者の末裔であり、代々王族や王国騎士団の剣術指南役を務めていたからだ。現王も、亡くなったばあちゃんの教え子だ。

 ラグアス王からは旅の資金と、若くて将来有望な三人の人材が与えられた。


「申し訳ありませんでした、ラグヌス王! アランには私が、きつく叱っておきますゆえ!」


 一人は、先ほど俺を呼びに来た、王都第一騎士団副団長のガストルだ。

 若干二十歳にして、第一騎士団副団長を務めるガストル。筋骨隆々で、身長は二メートル近い。百七十センチちょっとの俺よりも、ガストルは頭二個分でかい。自分の身長程の極太のバスタードソードを愛用し、ひと振りで巨木を両断できるほどの使い手だ。剛剣のガストルとの異名を持っている。


「やれやれ。全く、アランさんには先が思いやられますねぇ」


 二人目は、魔法兵団所属のミゲルだ。

 通常、魔術師は一ないしは二属性の魔術しか使えないが、ミゲルは四つの属性を扱える、天賦の才を持った魔術師だ。ちなみに俺は、雷属性の魔術しか使えない。

 細身の身体に、栗色の長髪、丸眼鏡という、一見やさ男風に見えるがこいつはバリバリの武闘派だ。ガストルと同じ二十歳で、二人は幼馴染で異様に仲がいい。

 ガストルとミゲルは、俺と共に旅に出るためにそれぞれの所属にて、厳しい選抜試験を突破してきたのだ。

 最終的には二人とも満場一致で選ばれており、俺としてはこれほど頼もしい仲間はいないと思っている。


「あわわわわ……。すいませんすいません。ア、アラン君、お、王様に失礼だよ。もっと真剣に謝って……っ!」

 三人目は、教会所属の神官、セリンだ。

 彼女は、ユニスの友達で家にもよく遊びに来ていたから面識がある。俺やユニスが稽古で怪我をした時、回復術の練習だとか言って何度か治してもらった事もある。確か孤児で、教会で育ったと言っていた。黒髪で、後ろで二つ結びをしている小柄な女性だ。

 この国では、女は家庭を守るものという謎の考えが主流で、王国の外に出ることは滅多にないが、教会の神官は別だ。教会の教えとして、生涯、結婚は許されていないからだ。

 教会の神官は回復魔術のスペシャリストだ。それゆえ、俺の旅にも一人同行するようにと王からお達しがあったのだろう。


「まあ、よい。――アランよ」

「はい」

「ここいらは比較的安全であるが、グランゼシア本土では、魔大陸より侵攻してきた魔族どもと各地で激しい争いが繰り広げられていると伝わっている。国をあげて、魔族どもを討伐したいところではあるが、如何せん、魔族どもには通常の攻撃や魔術が効き辛いのだ。さらに、魔族どもの攻撃は我々には致命的だ。それ故、お主にばかり負担をかけてしまうのは、申し訳ないと思っておる」


 魔族は、魔瘴気という禍々しい気を帯びた攻撃、ないし術を使ってくる。

 魔瘴気を帯びた攻撃は、人体を内部から破壊、汚染し、通常の回復術では傷は治せても、汚染された組織は治せないのだ。その度に生命力が低下し、やがて死に至る。

 対抗手段は、聖闘気による相殺。逆もまたしかりで、聖闘気を帯びた攻撃――聖剣術は魔族の魔瘴気を打ち消し、有効なダメージを与える事ができるのだ。


「全然問題ないっすよ、王様。そんな事は、元より承知の上。お金もいっぱいくれたし、心強い仲間も紹介してくれたし。十分すぎるっすよ」


 有効な攻撃が聖剣術のみである以上、少数精鋭で挑む事がベストだ。ぞろぞろ大人数で向かっては、負傷者が増え、足を引っ張る事になる。


「そうか。ならば、もう何も言うまい。アランよ――」

「はい」

「マルス王国、国王ラグヌスが命ずる。これより王国を旅立ち、見事、魔王を打ち倒してこい! そして、グランゼシアに再び、平和を取り戻してくるのだ!」

「御意!」


 膝まづき、ラグヌス王からの勅令を拝命した。


「行くがよい、勇者アランよ!」


 謁見の間は、先ほどまで厳かな雰囲気とは打って変わって、活気に満ちていた。側方に控えている第一騎士団の面々から歓声が飛ぶ。


「頼むぞ、アラン!」

「グランゼシアを救ってくれ!」

「アランを任せたぞ、ガストル!」


 叱咤激励を受けながら王城を出た俺たちは、その足で城門へと向かった。旅の準備はすでにできていた。少なくとも、ガストル、ミゲル、セリンは完璧にできていた。

 俺達は、ラグヌス王が準備してくれた馬車に乗り込み、王都を出た。

 

 一つ目の忘れ物に気づいたのは、王都を出たその日の夜だったか。


「しまった。旅の仕度してくるの忘れちまったぜ」


 俺は、着替えや野営の道具、食料なども全部持ってくるのを忘れていた。こういうのはいつも全部母さんがやってくれてたのに、旅立ちの日に限って何故か準備してくれなかったから忘れてしまったのだ。寝坊して急いでいたのもあるし。


「アラン。お前という奴は、ガキの使いじゃねえんだぞ!」

「はあぁ……。アランさん、あなた正気ですか?」

「えっと、どうしますか? 一旦、帰りますか?」

「いや、問題ないね。今から王都に戻ったら、合計三日分無駄になる。その三日で救える命があるだろう」


 俺は勇者アラン。俺の荷物など、グランゼシアの人々の命に比べたら安いものだ。


「それに俺は、後戻りとかするの嫌いなんだよ」


 俺の言葉を受けて、ガストルもミゲルもセリンも皆、絶句していた。俺の言葉に感銘を受けていたのかもれない。

 その日は、野営の道具もないし俺が夜の見張りを買って出た。


 二つ目の忘れ物に気づいたのは、次の日の昼頃だったか。

 馬車の御者をミゲルが務め、その隣にガストル。俺とセリン、二人で荷台にいた時の事だ。


「ねえ、アラン君……。あの、間違ってたら悪いんだけど……」

「何だ?」

「背中にしょってるのって、聖剣、だよね?」

「ああ。当たり前だろ」

「そうだよね。ごめんね、変な事聞いて。前、ユニスちゃんの家に遊びに行った時、アラン君とナーシャさんが稽古してるの見たんだけどさ、その時に使ってた聖剣と違って見えたから……。何だか、今、アラン君の背中にあるのは杖、みたいだなって思ったの」

「はっ。そんなわけ――」


 そういえば、家を出てからずっと聖剣を背負ったままだった。

 俺は背中に収めていた雷の聖剣を、手にとった。


「…………」


 じいちゃん愛用の杖だった。


「これは、杖だな」

「あの、聖剣って誰も見たことなくて、ガストル君やミゲル君は気づかなかったけど、私は見たことあったから……。ごめん、もっと早く言えば良かったね……」


 セリンは、聖剣を忘れた俺を責めるではなく、気づいていたのに言わなかった自分が悪かったと責めた。


「気にするな。セリンは悪くない」


 当然だが、俺が悪い。


「あの、一旦王都まで戻ってほうがいいよね?」

「いや、問題ない。このまま行こう。聖剣がなくても、聖剣術は使えるからな。これは、神が俺に与えた試練なんだろうよ。聖剣に頼ってばかりじゃなくて、己の身体を鍛えよってゆう啓示なのかもしれない」


 忘れちまったもんはしょうがない。


「で、でも……」

「言ったろ? 俺は後戻りとかするの嫌いなんだよ。なあに、俺も、このままずっと聖剣なしでいけるとは思ってない。いざとなったらユニスにでも持ってきてもらうよ。あいつ、俺が旅に出るの羨ましそうに見てたし」


 母さんに持ってきてもらうと、ついでに半殺しにされそうだしな。


「そうなんだ! ユニスちゃんに会えるのは嬉しいな!」

「まあさ、この件は、ガストルとミゲルには黙っといてくれ。あいつらの説教聞きたくないし」

「分かった。言わないでおく!」

「悪いな」


 どうやら俺は、手ぶらで魔王討伐の旅に出てきたらしい。

 はっ。

 面白えじゃん。

 何も持たずに、勇者は旅だったってか? 

 その方が、俺の英雄譚に箔がつくってなもんだ。

 

 俺の名は勇者アラン。

 いずれ魔王を倒し、グランゼシアを救う者だ。

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