実質、スローライフみたいなもんだ
午後の訓練は、聖闘気を部分的に纏う事から始まった。手や足に纏う事は比較的簡単にできたけど、頭や胸、背中など普段、意識を集中させる機会のない部分は苦労した。
時間はかかったけど、身体全体にそれぞれ聖闘気を纏う事ができた後は、いよいよ、木刀を持っての稽古だ。
まずは、木刀に聖闘気を纏えるようにする訓練をした。ユニスからは、「木刀も身体の一部である、とイメージするのですよ」と、アドバイスをいただいた。
「木刀が身体の一部ねぇ……」
いまいちピンんとこない。案の定、うまくできなかった。そもそも、私は人生で初めて木刀を握ったのだ。それを身体の一部だなんて、ねぇ。
「まつりさんはすでに、自分以外の物に聖闘気を纏う事はできてるんですよ?」
「そうなの?」
「ええ。服やズボン、靴にだって纏えているでしょう?」
「ああ、確かに」
「だったら、木刀にだって纏えるはずです」
「なんかできそうな気がしてきた」
大事なのはイメージ力。服やズボンや靴は、考えるまでもなく身体の一部だと認識していた。
木刀を身体の一部だと、イメージする。私は美術部。想像力には自信がある。
木刀は身体の一部。木刀は友達。木刀、大好き。好きすぎて、手から生えているみたいな。
「――できました、ユニス先輩。想像力の勝利です」
「素晴らしいです、まつりさん! お母さんの身体ってのもありますが、まつりさんって、案外センスあるかもしれないですね!」
「へへっ。まあね」
所々引っかかる言い回しだけど、素直に嬉しかった。初めて、私自身が褒められたからだ。
「では、このまま聖剣術の型の稽古に移りましょうか」
「どんとこい」
聖剣術は、初代皇帝アルテアさんの、七人の子供達――魔王を倒した勇者達が編み出した剣術だ。勇者達は、アルテアさんに敬意を表しそれを、「アルテア流聖剣術」と名付けた。
アルテア流聖剣術には、いくつかの種類がある。
まずは、基本の型。これは聖剣所持者でないものにも扱える型であり、聖闘気を介在させなくてもよい、一般的な剣術だ。ナーシャさんが第一騎士団に教えているのはこの、「アルテア流剣術」だ。
「私達、聖闘気を扱える者は、基本の型でも聖闘気を纏いますけどね」
聖闘気を扱える者にとっては、アルテア流聖剣術となるのだ。
「当面の間は、基本の型の習得を目指していただきます」
「はーい」
「基本の型が習得できたら、次は実際に聖剣を使っての型に移りますね。これは、我がグランフォース家にだけ伝わっている型です」
「はあ。だけ、ってどういう事?」
「うちに二本ある聖剣に特化した剣術ですよ。一本はお兄ちゃんが持っていったので無理ですが、まつりさんにはもう一本の聖剣――風の聖剣の聖剣術の習得を目指していただきます。聖風術とも呼ばれていますね」
「風の聖剣術……。それって、必要? 私がそこまでする意味あるの?」
「必要ですよ! 風の聖剣術は、お母さんが天界にいる今、私しか使えないんですよ! 私にもしもの事があったら誰が後世に伝えるんですか! 私もまだ全然未熟ですけど、教えることはできますから!」
ユニスの圧がすごい。それほど大事なことなのだろう。
「ああ、はいはい。わかったよ、やるよ。ちなみにさ、ユニスしか使えないって言ってたけど、アランは使えないの? 風の聖剣術」
「お兄ちゃんは、風の聖剣とは相性が悪かったみたいで、もう一本の聖剣――雷の聖剣術しか使えませんよ。私は、どっちも使えるんですけどね。得意なのは風の聖剣術なんですけど」
「ふーん、そうなんだ。じゃあちょうど良かったじゃん」
「はい、まあ」
グランフォース家にあるのは、風の聖剣と雷の聖剣だ。
聖剣は全部で七本あって、それぞれがグランゼシアの自然を司る力を持っているらしい。風と雷の他に、火、水、土、闇、光。
創生神の力を与えられた人神――アルテアさんの化身と言われている聖剣。グランゼシアの自然を司るとの言われも、間違いではないのだろう。
そんな力をもった聖剣が一本、グランフォース家にある。現在の使い手はユニスだけ。死蔵していると言ってもいい。
「あのさ。ちなみに聖剣は七本全部揃わないと、魔王に勝てないとかいう設定はないわけ?」
「……それはわかりません。聞いた事ないです」
「あっ、そう」
追及はほどほどに。ナーシャさんの方針に乗っ取って、強制はしない。
「……お話はこれぐらいにして、そろそろ稽古に移りましょう」
「はいよー」
午後の稽古は、繰り返し基本の型の稽古に終始した。稽古は日が落ちる頃まで続けられて、終わった時にはもうクタクタで、家まで帰るのも億劫だった。
ユニスの奴、マジで鬼教官すぎる。
こんなに疲れていては食事も喉を通らない、ってわけでもなく、ユニスの作った夕食はたいそう美味しく、ペロリと完食してしまった。
グランゼシア生活三日目終了。
これが、グランフォース家の日常なのだろう。朝練して、家事や畑仕事をして、午後練をする。ほどよい疲労感と充実感。意外と楽しかったりする。
高校生活は別に嫌じゃなかったけど、進路や受験勉強やらで、常に何かに追われている感覚はあった。それに比べたら、なんとゆったりとした生活なんだろう。
正直、ユニスには悪いけど、私には全てにおいて所詮は他人事、って感覚がある。事実、十年間の期間限定なのだ。だから、心持ちにゆとりがあるのだと思う。
稽古も真面目に取り組んではいるけど、言ってしまえば暇つぶしだ。
ナーシャさんとして過ごす十年間。
それなりに忙しそうだけど、この調子なら私にとっては実質、スローライフみたいなもんだ。
まあ、のんびり過ごさせてもらうとするよ。
――なんて、思っていた時もありました。