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朝練が始まった

 シャっと、勢いよくカーテンが開けられ、朝日が差し込んできた。


「おはようございます、まつりさん! 朝ですよ!」


 ユニスが私を起こしに来たのだ。


「――ん、ううーん……。まだ早いよー……」


 布団を頭まですっぽりかぶる。早い。あまりに朝が早い。時計とか、この世界にはないけれど(日時計はあるみたい)、私の体感ではまだ、朝の六時とかその辺だと思う。

 私はいつも、七時半起きだ。


「もうちょっと寝させてー……」

「ダメですよ! ささ、急いで着替えて下さい。朝の稽古に行きますよ!」

「朝の稽古……。聞いてない」

「ただの日課ですからね。ご飯を食べたりするのと同じですよ」

「……やらなきゃだめ?」

「だめ」

「……はい」


 私は素直に従う事にした。だってユニス、怒らせたら怖いし。

 ユニスが用意してくれた稽古着に着替え、銀髪ロングをポニテに結んで、一階の食卓へと降りていく。

 すでに準備万端なユニスが私を出迎えてくれた。


「いつもはお母さんが一番早起きなんですけど、今日はまつりさんが最後ですね」


 軽くため息をつきながらユニスが言った。ちょっと怒ってる。


「すみません」


 とりあえず謝っておく。


「おじいちゃんはもう、お散歩に行っちゃいましたよ」

「ああ、そうなんだ」

「私達も行きましょう」

「はいはーい」


 ユニスの手には木刀が二本。朝っぱらから、木刀を振るのか。私はうんざりしながら、ユニスに付いて家を出た。

 グランフォース家は、マルス王国の王都マルサムのややはずれに位置している。

 家自体は、地下一階、地上二階建ての質素な造りではあるが、裏庭がだだっ広い。ざっとサッカー場ぐらいの広さはあって、畑があったり果樹が植えられたりしている。その開いたスペースが訓練場というわけだ。


「まずは走りましょう! はい、裏庭十周。レッツゴー!」

「マジ!? 走るのは苦手で……ってか、あっ、ちょっと待って。――ああ、もうっ!」


 有無を言わさず走り去っていくユニスを追って、私も走る。私は運動が苦手だ。部活はやっていたけど運動部じゃない。私は、美術部だ。


「はっ、はっ、はっ……。ユニスの奴、速過ぎるっしょ!」


 銀髪ショートボブが見る見る内に、遠ざかっていく。私も、必死にユニスに付いていく。ジョギングのレベルじゃない。ほぼほぼ短距離走だ。

 付いて行くのなんて絶対無理、って思っていたけど、ユニスに大分遅れはとったが意外といけた。


「はあ、はあ、はあ……。ナーシャさんの身体、すごい」


 ただのJKで美術部員の北野まつりとは比べようもないぐらい、身体能力が高い。多少疲れはしたけど、まだ余裕はある。途中、ちょっと楽しくなってきたぐらいだ。


「次は、柔軟体操ですよ。身体の柔軟性はとても大切で、怪我の防止にもなりますし、そのまま剣術の質の向上にもつながります」

「了解しました、ユニス先輩!」

「何ですか、それ。まあいいや。はい、前屈から」


 ユニスが、長坐位の姿勢になった私の背中を押してくる。


「お。おおっ! 身体が、畳まれたー!」


 頭が余裕で、膝に付いた。ナーシャさんの身体、めっちゃ柔らかい。

 股割りもできるし、Y字バランスもできた。何これ、新感覚。


「ストレッチ楽しすぎるよー!」


 調子に乗ってバク転とかやってみた。普通にできた。


「ナーシャさん、身体能力おばけじゃん!」


 バク転、バク宙、走り幅跳び、反復横跳び、全力疾走などなど。一通り、ナーシャさんの身体を堪能してみた。どれも異次元の出来前だ。ユニスが生暖かい目でそれを見ている。


「まつりさん。いいんですよ? お母さんの身体との親和性を高めるのはとってもいい事なんですけど、その身体、お母さんの恵まれた才能と努力の結晶ですからね? そこんとこお忘れなく」

「わ、分かってるよ……! そんな、遊びでやってるわけないじゃん! 色々確認してんじゃん!」

「ですよねー」

「ま、まあねー……」


 ユニスの顔に、笑顔が張り付いている。怖い。


「そろそろ、聖闘気の訓練に移りますか。ここからが本番です」

「でた、聖闘気」

「聖闘気が扱えなければ、勇者の末裔として話になりません。聖剣術も聖闘気ありきですからね。……とは言っても、いくらお母さんの身体を持ってしても、何も知らないじぇいけーのまつりさんにやってみて、って言うのは酷な話。まずは私が手本を見せます」

「お願いします。ユニス先輩」

「では――」


 ユニスは楽な姿勢にかまえて、静かに目を閉じた。一つ、大きく息を吐くと、身体が白銀のオーラを纏い始めた。


「今、私は身体にある聖闘気の源流を、体外に開放しました。聖闘気は、体内におさめている状態では意味がありません。体外に開放してこそ、実用できるのです」

「ほえー。かっこいいじゃん」


 白銀のオーラを纏っているユニスは神々しくて、思わず見とれてしまう。


「聖闘気を扱う上での、基礎中の基礎ですね。この状態で、今、私の身体能力は平時の2~3倍程度は向上しています。まつりさんには、まずはこの聖闘気の開放を習得していただきます」

「わかった。やってみる」


 ユニスと同じように、楽な姿勢をとった。足を肩幅に開いて、腕もやや開く。


「聖闘気は、血液に宿ります。目を閉じて、心臓の鼓動に集中。血液が全身に行き渡るのを感じて……」


 心臓の鼓動は当然感じれるし、血液が全身に行き渡るのもイメージできる。そこに聖闘気も一緒に流れているイメージを追加する。赤血球とか、白血球とかと一緒に、白銀の、キラキラしたものが――。


「うっ」


 あれ? 何か……。何だろう。胸とか、手とか、足先がむずむずする。身体の中で、力の塊みたいなのが行き場をなくして、駆け巡っているみたいな。


「さすがですね。そのまま一気に開放しちゃいましょう。イメージとしては、全身の毛穴がら汗が噴き出る感じです。さあ!」

「うん」


 行き場をなくした力の塊――聖闘気に、出口をつくってやる。開け、私の毛穴。限界まで。


「いいですいいです! 聖闘気が、出てきましたよ!」


 見ると、私の身体から白銀のオーラがビンビンに溢れ出していた。


「おお、これがマイ聖闘気! すごい。スーパーな人になった気分」

「まだ終わりじゃないですよ! 今度は、開放しっぱなしの聖闘気を、身体の周りに定着させるのです。このままだと、聖闘気を無駄に放出しているだけになっちゃいますよ」

「確かに……。何か、疲労感がすごい」

「コツは、身体の周りに薄い膜が張られているイメージです。聖闘気が、これ以上は外に出ていけないぞっていう、不可視の防波堤をつくるのです!」

「薄い膜、薄い膜、薄い膜……。薄い膜と言えばコンドーム。コンドームといえばS〇X……」


 ――はっ!?


「聖闘気が乱れていますよ! 集中してください!」


 何考えてるんだ私は。

 私は美術部だ。

 想像力が豊がだから仕方ないじゃないか。

 ってゆうか今の私は二人の子持ちだ。S〇Xどころか、出産も経験済みだ。精神的には未経験だけど、身体的には経験済み。経験済みの定義って何? 聞かれたら何て答えればいいんだろう。

 って、今はどうでもいい!

 集中!

 気を取り直して。

 イメージは合っているはず。コンドーム……じゃなくて、ぶかぶかのゴム手袋を全身に纏っているイメージだ。駄々洩れの聖闘気を、収束させてゴム手袋の内におさめて……。

 私はゴム手袋を纏った、全身ゴム手袋人間。

 聖闘気の漏れは、絶対許さない。

 ――おさまれ、聖闘気。

 力が、徐々に凝縮されていくのがわかる。

 聖闘気が溢れ出てゴム手袋が破裂しそうになったら、より強固なゴム手袋をイメージしてやる。


「――完璧な、ゴム手袋人間が仕上がりました。どうっスか? ユニス先輩?」

「言ってる事はよくわかりませんが、まつりさん。合格です。ほとんど一発でできちゃいましたね」

「へへっ、まあね。私、天才かもしれない」

「調子にのらないで下さい。元々出来ていた事ですからね? 新たに習得するってよりは、思い出す作業に近いですよ」

「わ、分かってるよ!」


 ナーシャさんの身体に刻まれていた記憶。これほどすんなり聖闘気を開放して、纏うことができたのも、身体が覚えていたからだろう。その辺は、本当に分かっているつもりだ。


「では、レッスン2! 次の段階にいきましょう」

「はーい」


 ユニスとの朝練は、まだ続く。

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