終戦
銀狼だった魔族の亡骸の前で、私は立ち尽くしていた。
「――まつりさーんっ!」
向かいから、ユニスが走ってくるのが見える。
息を切らして、駆け寄ってきた。
「……やあ」
「無事ですか!? ベルゼスが暴走して追いかけて来たら、遠くから聖闘気の輝きが見えてそれで――」
ユニスが早口でまくし立てる。
「こいつ、ベルゼスって言うの?」
「……っ! ま、まつりさんが、やったんですか?」
ベルゼスとやらの亡骸に、ユニスが目を見開いている。
「うん」
「ううっ……! まつりさんすごいですっ! よくぞやってくれましたあぁ!」
ユニスが、涙を流して抱き着いてきた。
「まあ、必死だったよ」
本当に、必死だった。
「さすがだな、母さん。結局、最後は母さんに助けてもらっちまったな!」
アランが、少し遅れて駆けつけて来た。
「ああ、アラン。――お疲れ様。そいえば、さっき助けてくれてありがとね」
私が、宿の前で魔族とやり合っている時、アランが助けてくれなければ一体どうなっていた事か。
「助けたつもりはないけどな。母さんには敵わねぇよ」
「あんたは、十分強いよ」
アランとユニスは、ベルゼスとやらを相手に勇敢に立ち向かって、今の今まで、町へと近づけさせなかった。
私はこいつを前にして、ビビッて動けなかったのにさ。
土壇場になってようやく恐怖を乗り越えることができたけど、その代償はあまりも大きかった。
「愚連隊の皆さん……」
ユニスが、色を無くした顔で、周りを見渡している。見るも無惨な死体が、あちらこちらに転がっている。
「彼らがさ、私を守ってくれたんだ。彼らがいなきゃ、勝てなかったよ。本当、大した奴らだった」
「ううっ……! くっ……」
奥歯を噛み、拳を握りしめて震えている。
「あ……ありがとう、ございましたっ!」
晴天に、ユニスの声が響き渡った。
その後は、遅れてやってきたセリンと共に、町の各地に溢れている負傷者の救助や、手当を行った。
町の、中央広場より南、港方面の被害は甚大だった。
魔族にやられた者や、潰された家屋の下敷きになった者がいたが、早めの避難が幸いして、住民の被害は意外にも少数だった。
被害の多くを占めるのは、魔族と戦ってやられてしまった町の冒険者、騎士団、そしてメリルローズ愚連隊のメンバーだった。
「グランフォース家の方々ですね。この度は、ポルトリースの危機を救って頂き、感謝いたします」
中央広場で救助活動をしている合間に、無精ひげを蓄えた初老の冒険者に声を掛けられた。
「冒険者ギルドポルトリース支部長のダスティンです。グランフォース家と、あなた達が連れてきて下さったメリルローズ愚連隊のおかげで、被害を最小限に抑えることができました」
愚連隊の奴らは、率先して最前線で魔族の軍勢と戦っていたとの事だ。
町の冒険者や騎士団に比べてとりわけ、愚連隊の被害は大きかった。
総勢三十二名いた愚連隊で、生き残っているのはわずか八名だけだった。
「彼らは全員、私の弟子です。命を懸けて、町の皆さんを守ったのでしょう。彼らの遺体は、私達が責任をもって丁重に、弔います」
ユニスが、凛とした姿勢で言い切った。
「…………。では、そのように、お願い致します」
深く、お辞儀をするダスティン。その後は、何も言わず再び救助活動へと戻っていった。
私達は、愚連隊のメンバーを中心に遺体を回収し、負傷した者の治療を担当した。
戦いの後処理は、その後も何日も続くのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「あちゃあー。最期の最期で銀髪女の登場ですかー。銀狼ちゃんもついてないなー」
遠くの空から、こっそり戦況を覗いていたバストロニー。
「いくら暴走した銀狼ちゃんでもさ、あんだけの量の聖闘気もらっちゃったら、そりゃ無理って話よ。完全にのまれてたかんなー。元々ボロボロやったし」
先ほどの戦いを回想している。
「お話の落ちとしては完璧なんよなー。やっぱり主役は銀髪女やったかー。美味しい所もってくもんなー。なかなか面白いもん見させてもらったよー。うんうん」
この、千年を生きる観測者には、娯楽というものが少ない。
「ベルゼーちゃんには助演男優賞をあげちゃいましょう! 最後のやられっぷりは特に良かったです。はい。もう一回、ベルゼーちゃんに大きな拍手を! パチパチパチパチ」
どうやら、ナーシャ・グランフォースとベルゼス・ベルガザードから始まった、一連の騒動の終焉に、満足したようだ。
「さてと。帰るとしますかなー。あの母娘おっかないかんなー。長居は禁物よ」
ゆるりと、黒い翼をはためかせる。
「バイバーイ。また会う日までー」
港の沖合に旋回して待機していた黒鳥魔族共々、彼方の空へと飛び去っていった。




