いきなりのカミングアウト
ユニスに言ってしまった。
私が、ナーシャさんの身体を借りている全くの別人だということを。
瞬間、ユニスの身体から白銀のオーラが立ち昇った。
「……っ! まさか、魔族!? お母さんの身体を乗っ取ったのね!」
「え。いや、違う違うっ!」
ユニスは臨戦態勢を取っている。今にも襲い掛かってきそうだ。
何、この娘。先走りすぎだって。
「おかしいと思ったんです! 昨日、あなたは大きな怪我を負って倒れていた。理由を聞いても曖昧な答えしか返ってこない。魔族には奇妙な力を使う者もいると言われてる。きっとお母さんは、魔族と戦って、身体を乗っ取られちゃったんだ! 正体を現わしなさいっ!」
ユニスの聖闘気が膨れ上がり、右手に集中している。
ヤバい。
「ストーップ! 落ち着いてユニス! 私は魔族じゃないよ! ただの日本人で女子高生だよっ!」
「ニホンジン? ジョシコウセイ? 何ですかそれ! ますます怪しいじゃない!」
間違えた。私、焦ってる。ユニスにそんな事言ったって分かるはずない。
「えーっと、一旦落ち着こうかユニスちゃん。とりあえずその聖闘気おさめて――」
「黙りなさいっ!」
ユニスの右手が白銀に閃き、弾けた。
「のわあぁ!?」
爆音が響き渡り、天井に穴が開いた。私は尻もちをついて、呆然とその穴を見上げた。上からパラパラと木片が降っている。
「次は、当てるから」
「……簡便してよ」
前言撤回。
ユニスは聡明なんかじゃない。思い込みの激しい、暴力女だ。
「これこれユニスや。危ないじゃろうて」
「でもおじいちゃん、こいつは魔族で、お母さんの身体を乗っ取ってるんですよ!?」
「はて? わしにはそうは思えんがのぉ。よおく見てみんさい。ナーシャさんからは魔の者特有の気が感じられんじゃろう」
「うう、確かに。むしろ、聖闘気の気配が……」
認知症の義父、ハロルドさんがファローしてくれている。頑張れおじいちゃん。
「この娘さんはナーシャさんではないかもしれんが、悪い人ではないんじゃろうて。まずは、事情を聴いてみんとなぁ。ほっほっほっ」
「……あ、ありがとうごさいます」
認知症なんて言ってごめん。ハロルドさん、めっちゃ優しかった。
「……あなたは魔族ではない。それは認めましょう。魔族に聖闘気は絶対に扱えませんので。それに、思い返してみれば、私達、家族の事もおおよそ知っていたようでしたし、何らかの事情があるのでしょう」
ユニスの身体から聖闘気が霧散する。
「先ほどの無礼、失礼しました」
素直にペコっと頭を下げるユニス。
ユニスが激高して、聖闘気をぶっ放しちゃう気持ちもわかるよ。いきなり、お母さんだと思ってた人が別人だと知ったらそりゃあ、ねえ。
私は心が広いから許してもいいけど、ちょっと消化できない所もある。
だってさ――。
「私、殺されかけたんだけど」
立ち上がり、服についた天井の木片を払う。
「言っとくけど、私が死んだらナーシャさんも、まじで死んじゃうからね。本当にガチで」
冗談っぽくならないよう、ドスの効いた声で言う。
途端に、ユニスの顔が青ざめ、頬を汗が伝う。
「……っ! 大変、申し訳ありませんでしたっ!」
腰を直角に折って謝罪するユニス。
「はあ……。いいよ。許してあげる」
誠意は感じた。ノーサイドだ。
「ありがとうごさいます……。その、では、あなた……えっと」
「北野まつり」
「キタノマツリさんの事を、教えていただけますか? お母さんとどういう関係で、一体、私のお母さんはどうなっちゃたんですか!?」
「うん、オッけ。教える。信じられないかもだけど、全部事実だから心して聞いて。実はね――」
私は、ユニスに全てを話した。
私が日本で死んだこと、天界でナーシャさんに会ったこと、天使と取り決めをしたこと、そしてナーシャさんと約束したこと、全て。
「そんな……嘘、でしょ……」
私の告白を聞いて、ユニスが絶句している。
そりゃあそうね。この世の理を超越してんだからさ。理解しろって言われても無理な話よ。
でも――。
「ユニス。これは事実なの。私だって、未だに理解が追い付いてないけど、事実だから受け入れるしかないの。現に、私がナーシャさんの身体でグランゼシアにいるんだからさ」
「そう……ですよね。受け……入れます。今、受け入れました」
「よし。さすがはユニス。思い込みが激しくて暴力的だけど聡明でいい子だ」
理解が早くて良い。
「……リアクションに困ります。――でも、安心しました。お母さんは天界で生きているのですね」
「まあ、生きてるか死んでるかで言ったら、生きてると思う。生き返ってる最中、かな」
「そうですね。希望が持てました。天使様の寛大な処置と、お母さんの英断に、まつりさんの勇気ある決断。まつりさんが、今、この場にお母さんの身体を借りて存在しているのは、奇跡のような偶然の産物なんですね!」
「へへっ。そう言ってもらえるとありがたい」
ユニスは、胸の前で両手をぎゅっと組んで私をキラキラした目で見ている。この奇跡のような偶然の産物を、めいいっぱい噛みしめているようだ。
「私、決めました」
「うん?」
「十年間、私が責任を持って、まつりさんをお守りします!」
「おお。ありがとう、助かる!」
最強のボディガードができました。
「ね、おじいちゃんも一緒に、まつりさんを守っていこうよ!」
「ほうほう。このわしにまかせんしゃい」
認知症でよぼよぼのボディガードができました。
「嬉しい。けど、ハロルドさんは遠慮しとくわ」
十年経つ前に、ハロルドさんの寿命が尽きそうだ。
「まつりさん、何言ってるんですか!? おじいちゃんはもう引退しちゃったけど元筆頭宮廷魔術師で、実はすごい人なんですよ! おじいちゃんに直々に守ってもらうのって、それこそ王族とか上級貴族じゃないと無理なんですよ!?」
「そう、なんだ。それならありがたくお受けいたします。よろしく、ハロルドさん」
ユニスはハロルドさんのすごさを必死で説いていたけど、残念ながら、私にはいまいち伝わっていない。私を庇ってくれたからいい人なんだけど、禿げてるし腰曲がってるしよぼよぼだし。
「よいてよいて。ところでナーシャさん、朝ごはんはまだかのぉ」
「さっき食べました!」
「あの……おじいちゃんは……少し記憶があいまいだけど……でも本当はすごい魔術師で……!」
目に涙を浮かべて、必死に取り繕うユニス。
「分かったよユニス。みなまで言うな」
ユニスは家族思いのいい子だ。
昨日、今日と一緒に過ごしてきてよーく分かったよ。
そんなユニスが、私を責任持って守ってくれると言ったのだ。
私の、十年生存率は大幅に向上したと言っても過言ではない。これはもう、勝ち確なのでは? へへっ。思わずにやけてしまう。
ユニスの理解も得られた。ハロルドさんもたぶん大丈夫。
これなら何とかやっていけそうだ。
「という事で、改めて。ユニス、ハロルドさん、これから十年間、どうぞよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
「あい。よろしゅう」
こうして、私のグランゼシアでの生活は幕を開けた。