北野まつりの戦い
アランが港にいる事を知ったセリンが、なりふり構わず駆けて行ってしまった。
すでに、姿は見えない。セリンって足、速かったんだね。興奮剤の影響かもしれない。
ミゲルとガストルと話した後、私もセリンを追いかけて港へと行こうとした時、
「ナーシャ様! 俺らもお供しやすぜ!」
声をかけてきたのは、モーガンだ。その後ろに、メリルローズ愚連隊の面々がぞろぞろと連なっている。
「止めといたほうがいいよ。今から向かうのは、一番ヤバい魔族がいる所だから」
私だって、出来れば行きたくない。でも、アランが町の住民のために必死になって戦ってくれているのだ。セリンが余計な事しないか、見張ってなくちゃいけない。
「そんなら、尚更、行かなきゃあいけねぇなあ! 俺たちゃ、あんたの舎弟だぜ? 親分が命張ってんのによ、俺たちがこんな所で遊んでるわけにはいかねぇだろうがよ! なあ、お前ら!」
「うおおおおぉ! ナーシャ様についてくぜっ!」
「俺らがぶっころしてやるぜぇ!」
「ぶっちゃけもう暇になったからな!」
「ナーシャ様に続けぇ!」
愚連隊のメンバーは、三十人程はいた。今、この場にいるのは十二名。中央広場には、セリンの回復魔術が必要なかったメンバーもいる。すでに亡くなっていた者だ。
「死ぬかもよ?」
実際、大勢の人達が亡くなっている。特に、戦闘の激しかった中央広場の被害は甚大だ。町民、冒険者、騎士団、愚連隊……。
「俺たちのことなめちゃいけねぇぜ、ナーシャ様。俺たちゃあな、ナーシャ様のお供をしてぇって気持ちもあるが、それ以上によ、同胞を殺されてはらわた煮えくりかえってんだよ! 魔族のボスに一矢報いてやりてぇんだ! 覚悟ならとっくにできてんだよっ!」
「モーガン……」
私ですら、愚連隊のメンバーがやられて怒っているのだ。モーガン達の怒りは、その比ではないだろう。
「分かった。でも約束して。決して、命を粗末にしない事。ヤバくなったら逃げる事。いいね!」
「ああ。――ありがとな。俺たちの意を汲んでくれてよ」
「いいよ。どうせ断っても勝手に行くんでしょ」
「はっはー! さすがナーシャ様だ! よく分かってんじゃねぇかよ! 何なら、弾よけにでも使ってくれていいぜ?」
「馬鹿! 聞いてた? 私の話」
こいつらは、見た目はイカつい蛮族だし、違法な薬物を扱ったり、セクハラしちゃったり下衆な所もあるけど、仲間思いで、私やユニスやセリンにも優しくて、わりといい奴らなんだよ。
ユニスとの稽古も真面目に取り組んでたしさ。
正直、こいつらとの旅は悪くなかった。
――嘘。
けっこう楽しかったよ。
「ぐずぐずしてる暇はないよ! 行くよ!」
「おおっ! 行くぞ、お前らっ!」
『うおおおおおっ!』
「弔い合戦だあああああぁ!」
蛮族の集団を引き連れて、私は港へと走った。
港が近づくにつれて、魔瘴気の気配が強くなっていく。改めて、とんでもなく強大で禍々しい気配だ。おしっこちびりそうだよマジで。
アランは無事か。
ユニスは今どこで何してる?
セリンはとっくに港に着いてる事だろう。
私も、勇者の母ってやつがずいぶん板についてきたもんだ。
魔族は怖いけど、それ以上にあの子たちの事が心配でたまらない。
これは母性なのか? ただの仲間意識か?
どっちでもいいか。
大事な人達には変わりないからさ。
港へ向かう途中、私は異変に気がついた。
「みんなストップ!」
慎重に気配を探る。間違いない。強大な魔瘴気の気配が消えいった。
アランが魔族の長を倒したに違いない。
「どうしたんでぇ? ナーシャ様」
「勝った」
「勝った? ってゆうのはあれか。勝ったってことか」
「たぶんそう。アランが魔族の長を倒したんだよ。魔族の気配が消えた」
「マジかよ!? 聞いたかお前ぇら! 英雄アランが、魔族の長を倒したんだってよぉ!」
『うおおおおおぉ! 俺たちの勝利だあああああぁ!』
歓声を上げる愚連隊の面々。
信じられない。
完全に魔障気の気配が消えている。アランが勝ったんだ。セリンも港に行っているはず。そっか。セリンは邪魔しなかったんだ。それどころか、アランを助けている可能性もある。良かった。私の取り越し苦労で、本当に良かったよ。
ともあれ。
「どうする? あんた達。私はこのまま港に向かうけどさ」
「俺たちも着いてくぜ。ひと目、見ときてぇからな。同胞の仇ってやつよを」
「了解。もう危険はないと思うけど、まあぼちぼち―――」
瞬間。
全身があわ立ち、鼓動が跳ねた。
嘘でしょ。
魔障気の気配が、復活した。
それも、乱雑で、より邪悪な魔瘴気の気配だ。
「みんなストップストップストーップ!」
ヤバいヤバいヤバい。
なんで。
強大な魔瘴気の気配が、一旦は完全に消えたのに。
アランが倒したんじゃなかったの!?
「行かねえのか? ナーシャ様よぉ?」
「いや……行く、けどさ……。魔障気の気配が復活してんのよ! 魔族の長はまだ生きてる!」
「なんだと!? 本当か!?」
モーガンを始め、愚連隊のメンバーがざわついている。激しく、動揺している。
「くそがっ! お前ら、気合入れなおせっ! 戦いはまだ終わっちゃいねぇ!」
『……う、うおおおおっ!』
モーガンの一声で、愚連隊に活気が戻りつつある。
中には、未だ動揺し不安が隠しきれず、無理矢理、気合を入れている者もいる。
アランは無事か? セリンはどうなった?
魔族の長との戦いに、大きな変化があったのは間違いない。
それも、悪い方向に――。
「あ、あれ? 魔瘴気の気配が……近づいてきてる……?」
どんどん、近づいてきている。
早い。
え、嘘でしょ。
このままでは、あと数十秒の内に私達とかち合っちゃう。
「み、みんな! 魔族の長が、正面からやってくる! 逃げてっ!」
どうしてこうなった!?
いや、考えてる暇はない!
何とかしないと。
ここは、町の中央部へと続く通りだ。民家の比較的少ない港方面から、この通りを抜ければ、民家や店舗が密集した町の中心部。魔族の長を、ここから先に行かせるわけにはいかない。
「わ、わ、私が…………っ!」
食い止める。
――言えない。
私にできるのか?
自信がない。
現に、恐怖で足がガタガタ震えている。
声が喉につかえて、うまく言葉がでない。
くそっ。
威勢よく魔族の長の元に行こう、だなんて意気込んでいたけど、真の恐怖を目前にして、完全にビビっている。
アランもユニスも必死で戦っているのに、いざって時になって一歩踏み出す勇気が出せない。
くそっ。
ちくしょ……!
「……っ! き、来た……」
遠目でもわかる。
禍々しい黒色の魔瘴気に包まれた巨大な獣が、通り向こうから、無軌道に暴走してこちらに向かっている。
「――グオオオオオォーンッ!」
大気が張り裂けるような、雄たけびだ。正気の沙汰じゃない。
金縛りにあったかのように、私は、その場から一歩も動けない。
「――はっはー。待ってたぜ、この時をよぉ!」
私の、傍らにいたモーガンが一歩前に出て言った。
「モ、モーガン?」
「あちゃあ! でっけえ狼だな! ぶっ殺しがいがあえぜ!」
愚連隊のメンバーが一人、一歩前に出て言った。
「町へは行かせねぇからなあ!」
「本当はよ、英雄アランに手柄盗られて悔しかっただぜ!」
「仲間の仇じゃ! 覚悟しろや、狼野郎が!」
愚連隊のメンバーが、私の前に続々と踊り出てくる。
「む、無茶だって! 逃げてよっ!」
私の静止も聞かず、愚連隊の面々は、私を遮るように前に出てくる。
これではまるで、私が彼らに守られているみたいじゃないか。
「…………っ!?」
違う。
正に、守ろうとしているだ。
「どきなさいっ!」
聞いちゃいない。
「どけっ!」
全くもって、聞いちゃいない。
「最期ぐらい格好つけさせてくれよ?」
「俺たちゃ、舎弟だぜ? あんたの盾になるなら本望さ」
「ユニス嬢にはよろしく言っといてくれよな!」
そんな捨て台詞、聞きたくない!
「待って! ふざけるなっ! ……っ! 行っちゃだめっ!」
それぞれに勝手な事を口走りながら、愚連隊の奴らが特攻していく。
暴走した銀狼は、もうすぐ目の前だ。
「うおおおおおぉ! こっから先には行かせねぇぜっ!」
愚連隊のメンバーが一人、剣を振り上げて銀狼に切りかかっていった。
邪悪な魔瘴気を放つ爪に引き裂かれ、大量の鮮血が舞う。
「死ねやああぁ! 狼野郎がああぁ!」
メンバーが一人、両手に持った短剣を振り上げた。
上半身を喰われ、壁に放り捨てられる。
「暴君ユニス、万歳――」
言い終わらない内に、踏みつぶされた。
「……っ! や、やめてよっ! お願い、みんな逃げてよおおおおっ!」
裂かれ、喰われ、潰され。
「おららあああっ! 死ねえ――。ごふっ……!」
飛び散る内臓。
愚連隊のメンバーが、一人、また一人と無惨に殺されていく。
私はただ、立ちすくみ見ている事しかできない。
暴走した銀狼が、散っていった者達を無慈悲に踏み潰しながら、私の方に向かってくる。
私の前に、遮る者はもう、誰もいない。
圧倒的な暴力を前に、愚連隊のメンバーは一人を残して皆、死んでしまった。
「――カアアアアァァ!」
銀狼が大きく顎を開けた。喉の奥までよく見える。魔障気が充満し、喉を通って口腔から私に向けて放たれる。
凍てつく冷気の咆哮だ。
私には、なすすべがない。
ああ。
ダメだ。
ごめん。
終わった。
――――。
「へへっ、ナーシャ様よぉ。弾除けにでも使ってくれって言ったよなぁ!」
冷気の咆哮は、私に届かない。
「モーガン!?」
モーガンが仁王立ちして、その大きな背中で冷気を遮っている。
「……あんたらとの、旅……。楽しかったぜ……!」
「……っ!」
モーガンが、冷気の咆哮の餌食になって凍っていく。
「あ、後の…………事はよ、頼んだ、ぜ…………」
「モ、モーガン! ダメだよ! なんで私なんかのために……!」
モーガンの身体全面が凍りついていく。
凍った腕が、割れ落ちた。
「……ああ……後よ、ケツ……触っちまって…………悪かった…………な……」
銀狼の、冷気の咆哮が止んだ。
数秒をおいて、氷像となったモーガンの首が割れ落ち、身体がバラバラに崩れ落ちた。
「グオオオオォォーン!」
銀狼の咆哮が、大気を揺らす。
「――ミツケタミツケタゾ……ギンパツオンナアアアアァ!」
何かしゃべっている。
「コロスコロスコロスコロス……キ、キサマダケハ…………ユルサンコロス。コロシテヤルゾオオオオオォギンパツオンナアアアアァ!」
「うるせええええぇ!」
腰に差していたハロルドさんの杖を抜き放ち、銀狼に向けて構える。
「ふうぅ、ふうぅ、ふうぅ……」
息が荒い。
心臓がバクバク鳴っている。
私にできるのか?
――知らん。
もう、どうでもいい。
ぶっ殺してやる。
怒りの感情が、恐怖を凌駕しちゃったよ。
「聖闘気、全力全開っ!」
私の打てる、最大限の一撃を放ってやる。
「ガアアアアァァ!」
銀狼が、顎を大きく開けて迫りくる。
「はああああああっ!」
ハロルドさんの杖に、ありったけの聖闘気を送り込む。杖から、白銀色の闘気が立ち昇る。全長が何倍にもなったかのように、激しく煌めいている。
それほど難しい技じゃない。
聖闘気を限界まで振り絞った、ただの全力の一撃だ。
杖を上段に構え、狙いを定める。
「アルテア流聖剣術、奥義!」
銀狼の牙が、私に届く瞬間。
「アルテミット、スラアアアアァッシュッ!」
私は、無我夢中で杖を振り降ろした。
白銀の剣閃が、正面から銀狼を断つ。
「――ガアアアア……ガ、アアアアァァ、ァァァ……!」
私を喰らわんとしていた顎が、左右に切り裂かれていく。白銀の剣閃は、極太の頚部を裂き、胸部を裂き、銀狼の頭蓋の半ばまで両断させた。
息がつまるような、か細い断末魔。
降り注ぐ、青紫色をした鮮血のシャワー。
身体の全面を両開きに断たれた銀狼は、糸が切れたかのように地面に倒れ伏した。
「はあぁ、はあぁ、はあぁ……」
やった。
殺ってやった。
力なく、地面にぐったりと横たわっている銀狼。
その身体から、魔瘴気がまるで蒸気のように噴出している。巨大な狼の姿だった銀狼の姿が見る見る内に萎んでいく。姿が、変化していく。
やがて、数瞬の後。魔障気の噴出が止み、そこには胸に斜め十字の傷を負い、身体の全面が裂かれた、一体の魔族の姿があった。傍らには、立派な爪を携えた手甲が転がっている。
「ぺっ」
口に入った、銀狼の血を吐き捨てた。
「まずっ」
銀狼の血は、苦くて、吐き気がするほど不快な味がした。




