先走っちゃいましたね
兄と力を合わせて、何とかベルゼスを撃破することができた。
もう、聖闘気の欠片も残っていない。
天空の支配者モードが解除され、私は地面に座り込んだ。
聖闘気がからの状態は、極度の睡眠不足時や空腹時に似ている。脱力感が半端ない。
「アランくーんっ!」
セリンちゃんが、聖闘気を使い果たして大の字で仰向けになっている兄に、駆け寄り抱きついた。
「おわっ!? セリン! 重てぇって!」
「アラン君っ! 無事で良かったよぉ! 死んじゃうかと思ったよおおおおおぉ!」
「セリンのおかげだ。ありがとな」
私と兄だけじゃない。もちろん、セリンちゃんの回復術あっての勝利だ。
「――ああ、それと。本っ当にごめん! 置いてっちまってよ!」
兄が謝っている。
起き上がり、セリンちゃんと向き合い、兄は語る。
「メリルローズを発つ時に俺が御者してたんだけどよ、俺はてっきりセリンが馬車に乗ってるもんだと思ってたんだ。あいつらはあいつらで、セリンが俺の横にいるもんだと思っててよ――」
あれ?
わざと置いて言ったわけじゃない、と。
でも、置いて言った事には変わりない。
結果、セリンちゃんは悲しんでいる。勝手に妊娠して、捨てられたと言っていた。
分からない。
殴るべきか。
どうしよう。
「その日の夜にセリンがいない事に気づいて、次の日に俺達はメリルローズに引き返したんだ。で、泊まってた宿とか、その辺を探してみたんだけど見つからなくてよ、相談した結果、ポルトリースで落ち合おうって事になったんだ。目的地は共有してあったからさ」
「その日、セリンちゃんは私とまつ――お母さんと合流して、別の宿に泊まっていたから見つからなかったんだよ。それか、すれ違いになったのかも」
「そうだったんかー。まっ、どっちにしろ、俺が全て悪い。ごめん」
深く頭を下げて、謝罪する兄。
果たして、これは謝って済む事だろうか。
まつりさんは言っていた。
甘やかしてはダメだと。このままでは兄は、はちまるごーまる事件の被害者になってしまう。うちは、勇者の家系からにーとの家系になってしまうと。
そもそもセリンちゃんの妊娠の話はどこにいったのだ。
私から切り出すべきか。
いや。
それは違う気がする。
頭が混乱してきた。
取り合えず、一発、殴ってから考えよう。
私は、握りこぶしと作り、力を込めた。
「お兄ちゃん。歯を食いしばって――」
「アラン君。わたし、できちゃったの!」
私の事を遮って、セリンちゃんが言った。
ここで言うんだ。私はセリンちゃんの告白に、固唾を飲んた。
「できちゃった? 何が?」
平然と聞き返す兄。
兄は察しが悪い。直接言わなきゃ分からない。
「それはもちろん……赤……」
「あか?」
「うん。あのね……わたしと、アラン君の……。えっとね……。ふふっ」
セリンちゃんは何だかもじもじして、恥ずかしそうに言い淀んでいる。
一世一代の告白だ。兄の察しが悪すぎてもどかしい。
少し、助け船をだそう。
「あの、お兄ちゃん。心当たりあるでしょ?」
「何が?」
「いやだからさ、できちゃったんだって。セリンちゃん」
「何がだよ」
「あれだよ。……してたんでしょ? 毎晩、セリンちゃんとさ……」
「してた? 俺がセリンと? 何を?」
「……本当に、分からないの?」
「さっぱり分からん。俺に関係する事なのか?」
あれ?
兄は嘘が下手だ。
それは、一緒に育ってきた私が一番よく知っている。
この様子だと、セリンちゃんが妊娠しているなんて事、微塵も思っていない。
毎晩のように子作りしてて、相手ができちゃったって言ったら、察しの悪い兄でもさすがに分かると思うんだけどな……。
うーん……。
果たして、本当に兄はセリンちゃんと毎晩、子作りしていたのだろうか。
兄の様子から、してない気がする。
セリンちゃんが嘘ついてる可能性はないだろうか?
それも違う気がする。
であれば――。
「わたしのお腹には……わたしとアラ――」
「待ってセリンちゃん」
「んーんー……」
言いかけたセリンちゃんの口を塞ぎ、耳打ちした。
「――セリンちゃんが言っていたあの、お兄ちゃんと毎晩、赤ちゃんをつくる行為をしていたのは本当ですか?」
「――ぷはっ。何よユニスちゃん。本当だよ。してたの!」
「――それは、どのように……?」
「え、聞きたいの? ふふっ。恥ずかしいな。えっとね――」
セリンちゃんが、私に耳打ちして打ち明けた。
「――毎晩、寝ているアラン君にこっそり、キスしてたの。きゃっ、言っちゃった!」
「…………」
ああ。
先走っちゃいましたね、セリンちゃん。
セリンちゃんは知らなかったんだ。赤ちゃんがどのようにしてできるか。
かく言う私も、先日まつりさんに教えてもらうまで知らなかったけど。
ここは私が、教えてあげるしかない。
赤ちゃんをつくるという、尊い行為を。
「――あのねセリンちゃん。赤ちゃんはキスではできないの」
「嘘だ!」
「――本当です。私がまつ――お母さんに教えてもらったのはね、えっと――」
私は、赤ちゃんができる行為を、セリンちゃんに耳打ちした。
「そ、そんな! え、ええええっ! 嘘でしょ!? 無理だってそんなの!?」
「信じられないかもしれないですけど、本当なんですよ。お母さんから聞いたので、間違いありません」
「……っ! ナーシャさんが言うのなら……そう、だね……」
衝撃の事実を知って、愕然としているセリンちゃん。その気持ちは良くわかるよ。私もそうだったから。
「あのよ。お前らさっきから何話してんだ? 俺にも教えろよ」
「お兄ちゃんには関係ないからいいの!」
「関係ありそうな感じだったじゃねえかよ」
「うるさい! さっきのやり取り全部忘れて! 殴るよ!」
「何でだよ!」
「アラン君は――」
セリンちゃんが、何が憑き物が落ちたような顔で言った。
「わたしが嫌になったから置いていったわけじゃなかったんだね」
「だからさっきからそう言ってるだろ。セリンは、俺にとってなくてはならない存在だ! もう絶対、離さないからな!」
「……っ! アラン君……!
」
わあ。
聞いてる私が、何だか照れてきちゃった。
「雷の聖剣もセリンも、俺にとっては魔王を討伐するために必要で――」
「アランくーんっ! ずっと一緒にいようねぇっ!」
「そりゃそうだろ! 魔王を倒すまでは――。つーか、重てぇってセリン!」
セリンちゃんは感極まっていて、兄の言葉をちゃんと聞いているのかよく分からない。
少し、ほんの少しだけ、兄とセリンちゃんの認識に齟齬があるような気がしないこともないけど、まあ、いいや。
今それを指摘するのは、違うと思うから。
「これにて、目的は全部達成しましたね」
ベルゼスを倒し、町を蹂躙していた魔族は一掃した。
兄とセリンちゃんの誤解も解けた。
殴るのはまあ、勘弁してあげよう。
でも、やる事はまだ残っている。
「さあ、セリンちゃん! 町にはまだ負傷者が溢れていますよ! 行きましょう!」
「うん! ――わたしは、勇者アランの仲間にして、聖テレミス教会所属の上級神官、セリン! やったりますよおおおおぉ!」
「はっ。頼もしいな! 最高だ!」
立ち上がり、港を後にしようとした。
瞬間、背筋が凍った。
「……っ!?」
否応なしに感じてしまう、魔瘴気の気配。
私は、再び絶望の淵に降り立ったのだと悟った。




