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風雷天女

 母さんからは、「もう少し、頭を使って戦いなさい」と、口をすっぱく言われていた。

 なるほどな。

 その意味が、ようやく実感できたよ。

 実力差が離れている相手だと、正面突破でゴリ押しして勝てるけど、ベルゼスのような実力が計り知れない奴相手には通用しない。

 俺は、一分一秒ごとに成長する男だ。同じ過ちはしない。

 上体を屈め、半円を描くようにベルゼスに向かって行く。デカブツ狩りにはきっと、フットワークが大事なんだろうよ。


「――ガアァッ」


 ベルゼスがするどい氷柱を放ってきた。先ほどまで俺がいた場所に、氷柱が突き刺さる。人、一人分はある氷柱だ。俺の軌跡をなぞる様に、次々に突き刺さっていく。

 射線を外しながらステップで躱す。奴の狙いは正確だ。俺は、右に避け、上体を屈めやり過ごし、低い弾道には飛んで躱した。

 着地。

 罠だった。

 目の前には、氷柱の先端。


「おらあっ!」


 一刀両断してやった。

 そのまま接近して、前足に横なぎ一閃。離脱。反撃を躱す。ヒットアンドアウェイ作戦成功だ。


「ちっ、ちょこまかと!」

「へへっ。俺はこういう戦い方もできんだよ。器用だからな」


 イメージは、ユニスの戦い方だ。足でかく乱してフェイントを混ぜ、気づいたら打ち込まれている。反撃しようにも、既にその場にはいない。

 俺は、何度も翻弄されてきた。


「もういっちょいくぜっ!」


 接近して、一太刀入れて離脱。ベルゼスはでかい図体のわりに、かなり俊敏だ。しなやかな体躯から繰り出される魔爪による反撃は、細心の注意を払って躱さなくてはけない。


「甘い!」

「やべっ……!」


 魔爪は躱した。が、捕らえられた。左腕に、灼熱の激痛が走る。


「ぐっ……! ああああっ!」


 左腕がベルゼスの顎に喰われた。上腕に食い込む牙。千切れそうだ。


「は、離せ……!」


 引っ張るほどに、激痛が走る。まずい。早く脱出しなければ。

 右手に持ったライトニングセイバーを打ちつける。――力が出ない。剣先を、牙に押し付けて顎を開こうとしても、左腕が余計に痛むだけ。顎を蹴り上げる。手ごたえなし。

 左腕を捨てるしかないのか。

 やべぇ。

 魔爪が迫ってくる。

 くそっ。

 諦めるな。

 あがけあがけあがけあがけ! 

 考えろ。

 母さんが言ってただろ。

 頭を使え、と。

 俺は、頭に聖闘気を集中させた。上体を限界まで後ろに逸らし、腹筋、胸筋、頚部の筋群全てを全力収縮させて、思いっきり叩きつけてやる。


「アルテア流聖体術! 『アルテミットヘッドバットッ!』」


 ベルゼスの尖った獣の鼻に、クリティカルヒット。


「グアアアアァッ……!」


 かなり効いたようだ。さすがのベルゼスでも鼻は鍛えられないのだろう。のたうち回っている。

 左腕がもげるかと思ったけど、ギリセーフ。ベルゼスが離すほうが一瞬、早かった。


「――ふざけやがって糞ガキがああああぁ!」

「これは母さんの教えだ! 頭を使えって言ってたからな! ――あれ、違ったか? 忘れちまった!」


 ちなみに、アルテア流聖体術に「アルテミットヘッドバット」なんていう技はない。俺が創始者だ。

 ともあれ。


「はっ。絶対絶命ってやつだなこりゃ……」


 左腕は、灼熱の痛みが消え、今はもう肘から先の感覚がない。ただぷらぷらと繋がっているだけだ。

 雷帝サンダーエンペラーモードで飛ばし過ぎたせいで、聖闘気は残り僅かといった所か。傷の修復も遅れているし、火力も落ちている。

 だいぶ痛めつけたと思うけど、ベルゼスの野郎はまだ余力がありそうだ。


「まっ、何とかなるだろ」


 俺が死ぬまでに、ベルゼスを倒せなかったら後は母さんにでも任せればいい。


「――何ともならないから」

「おお!?」


 聞き慣れた声に振り返ると――誰もいなかった。

 鮮やかな緑色をした聖闘気の残滓がただ、舞っており、


「――『残風剣舞』」


 俺の横を、一陣の風が通り過ぎた。


「ああん、何だ? ……っ!? ガハッ!」


 風は、ベルゼスを通り抜けた。遅れて、ベルゼスの身体の複数カ所から血しぶきが上がった。

 ベルゼスは、自分に何が起きたか理解していないようだ。周囲を見渡しているが、そこにはいない。

 いるのは真上だ。

 上空に留まった風の暴威は、手を緩めない。

 あいつ、完全にキレてやがる。


「『エアリアルインパクトッ!』」


 上空から真下へ、高密度に圧縮された空気の塊が放たれる。


「ガアアアアァァッ……!」


 ベルゼスの巨体がへしゃげて、地に押し付けられる。地面が割れる。

 不意打ちに、怒り心頭のベルゼスが、地面に埋もれながら吠える。


「――銀髪女かああああぁ!」

「まさか。もう忘れちゃったんですか?」


 ベルゼスが、頭を上げ声の主を見る。


「貴様は……!」


 ベルゼスが振りむいた直後、


「はああああぁ、『旋風裂波斬っ!』」


 翼をはためかせ高速滑空しながら、エメラルドグリーンの聖闘気が渦巻く剣閃が、ベルゼスの頚部に振り下ろされた。


「グフッ……」


 頚部から大きな血しぶきを上げ、ベルゼスは再び地面にうつ伏した。

 空から地へ、舞い戻りベルゼスを見下している。


「き、貴様は……本当に、雌ガキ、か……?」

「はい。用事が済んだので、戻ってきましたよ」

「――クソっ……がはっ……」


 さすが、仕事が早い。

 まるで、お使いにでも行っていたかのような言い方だ。


「だから言ったろ。ユニスは俺より強いってよ」

「…………」


 ベルゼスが沈黙している。ユニスの連続攻撃は、確かに奴を追い詰めている。


「早かったな、ユニス」

「お兄ちゃんが心配だったからね。ここまでよく頑張ったよ」

「はっ。ありがとよ。町の状況は?」

「魔族は全て殲滅した。残りはベルゼスだけ」

「了解だ」

「あとね――。いいよ!」


 ユニスが、何やら合図した。

 すると――。


「『サンライトグレイスヒールッ!』」


 遠く聞こえた声、遅れて光の奔流に包まれた。


「これは……セリン!」


 振り向くと、少し離れた位置、光の中心にセリンがいた。


「ここに来る途中で会ったんだよ。説得して待ってもらってたの。大変だったんだから!」

「そうか。やっぱすげぇなセリンは」


 離れた位置から。これほどの回復術。使い物にならなかった左腕に、感覚が戻ってくる。ベルゼスにやられた痛みが、嘘みたいに引いてきた。

 後でセリンに謝らないとな。

 俺は大事なものを、二つも忘れていったわけだ。

 結局今、それらに助けられている。

 雷の聖剣――ライトニングセイバー。

 セリン。

 もう絶対、離さない。


「そろそろ終わらせよう、お兄ちゃん。私も長くは持たない」

「そうだな」


 ユニスはベルゼスと戦い、町を蹂躙していた魔族を殲滅してきたのだ。セリンの回復魔術で傷は癒えたとしても、聖闘気は残り僅かだろう。

 当然、俺もだ。

 地に伏していたベルゼスが、よろよろとその身を起こした。未だ衰えぬ、殺意ある眼光が俺達を捕らえる。


「――ガアアアアァッ!」


 なりふり構わず飛び掛かってきた。魔爪の軌道には、俺とユニス。


「だらあっ!」


 剣で受け止める。ベルゼスの超重量に、足が地面に埋まってしまいそうだ。魔爪のラッシュが止まらない。受けきれるか。噛みつき攻撃を必死で避ける。


「『烈風十字斬!』」


 上空に逃れたユニスから、援護射撃。

 ベルゼスの攻撃に、瞬の間。


「ボディががら空きだっ!『雷光爆連撃!』」


 隙をつき、連続で切りつけていく。深追いはしない、その場を離脱。

 上空からユニス、地上からは俺。

 淡い緑と白黄色の聖闘気が、互いを侵食することなく重ね合い、共演を果たしている。

 物心つく前から一緒に稽古してきたんだ。

 ユニスの動きなんて、手に取るように分かる。

 アイコンタクトすらいらない。

 俺達は、ベルゼスの猛攻をかい潜りながら、攻撃を加えていく。

 ベルゼスが大きく跳躍し、距離と取った。息を吸い込み、魔障の氷を放ってくる。狙いは上空のユニスだ。無数の氷の弾丸を、ユニスは翼をはためかせ、まるで空中でダンスを踊っているかのように、華麗に躱す。


「『雷鳴一閃突き!』」


 ユニスの気を取られている隙に、最速の突き技を放つ。ベルゼスの喉元を突き刺さる。


「グフッ! ――ガアアアアァ!」

「やベっ! うわあっ……!」


 死角から、魔爪の薙ぎ払いを食らってしまった。宙に投げ出される。が、


「ナイスキャッチ」


 ユニスに、捕まえてもらった。


「お兄ちゃんの馬鹿っ! 攻撃終わりが一番危ないんだって!」

「すまん」


 上空からベルゼスを見下ろす。白銀の体毛に覆われていた身体は、もはや大部分が血の色に染まっている。

もう、何度、剣を斬りつけたか分からない。強靭な身体だった。一歩一歩、確実にダメージを蓄積させていき、あともう一歩という所まで、追い詰めている。

 ――しかし。


「ユニス。あとどれぐらいいける?」

「……あと一撃ならなんとか」

「はっ。ってことは、次で決めなきゃ、俺達の負けだ」


 俺の聖闘気も、もう残っちゃいない。雷帝サンダーエンペラーモードを維持するので精いっぱいだ。


「なあ、あれやろうぜ」

「あれって何?」

「あれだよ。母さんのやつ。今の俺達ならできんだろ」

「……うん。できる、はず。――やりたい」

「決まりだな。最期を飾るのにふさわしい技だ」

「でも、どうやって当てるの? 躱されたら終わりだよ?」

「そこはだな、まあ、あれだ。俺が何とかして隙を作る。お前は、奴を引きつけといてくれ」

「適当すぎる!」

「よっしゃ。って事で、ユニス。うまい事やってくれ! 頼んだ!」

「もう! 分かったよ!」


 そう言い残し、俺は地上へと降りてきた。

 未だ、地上は一面、氷の世界だ。

 直後、ユニスが滑空してベルゼスの前に踊り出る。


「――無様な姿ですね、ベルゼス」

「……っ! 雌、ガキが……」

「図体だけ大きくなって、さっきより弱くなってませんか? 機動力が落ちてますよ。これじゃあ、お母さんの出る幕はありませんね」

「殺すぞ雌ガキがああああぁっ!」


 ベルゼスの怒りが爆発して、魔瘴気が過剰に溢れ出ている。ユニスに飛び掛かり、魔爪を振り下ろす。空中で、ひらりと躱すユニス。


「ガアアアアッ!」


 ひらり、ひらりと、最小の動きでいなしている。


「そんな直接攻撃が届くわけないでしょう。私は空中にいるんですよ? 全てお見通しですよ」


 ユニスの奴、容赦ねえな。昔から、ユニスは口喧嘩が強かったからな。剣術では勝てる事もあったけど、口喧嘩では勝てた記憶がない。

 おっと。回想してる場合じゃねえ。ベルゼスの隙を作らないとな。どうする。いっその事、このままぶちかますか? うーん。まともに当たる気がしない。血みどろで多少緩慢になったとはいえ、的が動き過ぎている。一瞬でもいい。奴の動きを止めることができればいいんが……。雷の魔術はもう使えない。聖闘気が空になってしまう。

 どうしたもんか――。


「――ガアッ!」


 ベルゼスが息を吸い込み大きく顎を開け、空中にいるユニスに氷柱を放つ。

 ずいぶんこじんまりした氷柱だ。先ほど俺に放ってそこらに突き刺さっている氷柱よりも一回りは小さい。

 お。

 そうだ。

 いい事思いついた。

 あれを引っこ抜いて――。


「ベルゼスっ! 俺もいる事を忘れるなっ!」


 ベルゼスが、ユニスに氷柱を放つ直前、注意を俺に向けさせて振り向かせる。標的を俺に向ける。顎を大きく開けたベルゼス。体内で魔障気を氷柱に変換させる一瞬のためを逃さず、


「おらああああっ!」


 俺は、地面に突き刺さっていた氷柱を、ベルゼスの口腔めがけて全力投てきした。


「――ガッ、ガガッ……!?」


 命中。

 ベルゼスが瞬の間、完全停止。

 上を向いて、喘いでいる。

 胸部が、がら空きだ。

 今しかない。

 残りの聖闘気を、全て燃やし尽くす。

 聖闘気全開。

 ライトニングセイバーに、ホワイトイエローの聖闘気が迸る。地面を踏み切り、ベルゼスに向かって一直線。


「うおおおおおっ!」


 俺の挙動を察したユニスが動く、エメラルドグリーンの聖闘気が膨れあがり、ストームデスパーダを構え、滑空の態勢に入る。


「はあああああっ!」


 母さんは、二刀流だった。

 右手に雷の聖剣――ライトニングセイバー。

 左手に風の聖剣――ストームデスパーダ。

 二振りの聖剣を手に、グランゼシア本土で数々の偉業を成し遂げてきた。

 十代半ばで、十魔剣将の上席を討伐した事は、その最たることだろう。

 二十年近く経った今も、風雷天女の偉業はグランゼシアの民にとっては形草となっている。


 ――「風雷天女」。


 誰が言い出したのかは知らないが、間違いなく、母さんの代名詞ともいえる技から連想されたものだろう。

 ベルゼスの手前で踏み切り、ライトニングセイバー振り上げ、斜めに切り下ろす。


「『風雷――』」


 バチバチと激しくスパークする白黄色の剣閃が、ベルゼスの胸部を抉り、


「『――天翔』」


 それを、淡い緑の剣閃が、強力無比な風圧をもって上から直角に押し込んでいく。


「「『斬っ!』」」


 雷光と旋風が交差する、必殺の二重奏。


 ――風雷天翔斬。


 母さんの異名。「風雷天女」の由来となった技である。


「グアアアアアァァァッ…………!」


 斜め十字に刻まれた剣閃から、どばっと大量の血しぶきが上がる。

 ベルゼスは、二足立ちで小刻みに痙攣した後、糸が切れたかのように、力なく地面に倒れ伏した。

 完全に沈黙。


「俺達の、勝ちだあぁっ!」

 

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