上級神官、セリン
「セリン! 中央広場はもうすぐそこだよ!」
「はい! ――これはこれは、腕がなりますねぇ!」
中央広場には、壮絶な光景が広がっていた。
血の海となった中央広場で、愚連隊、冒険者達、町の騎士団がそれぞれの負傷者の手当をしている。神官もいる。ポルトリースの聖テレミス教会の者だろう。
魔族の凄惨な遺体が散乱している。
先に行っていたはずのユニスの姿がない。きっとユニスが、大立ち回りを見せて、魔族を殲滅したのだろう。
「セリン。大仕事だよ? いける?」
「当然! 本気だしちゃいますよぉ!」
そう言うとセリンは、首をこきこき鳴らし、腕を頭上に組んで、うーんと背を伸ばせながら中央広場の真ん中まで歩いていった。
その様子に、忙しなく広場で手当てを行っていた者達の何人かが気をとめる。
「神官の女の子か? 助かる」
「ちっ、この忙しい時に、悠長にしやがって」
「あれは……王都の上級神官殿では!?」
教会の神官の間では、セリンは知られた存在のようだ。
所定の場所まで来ると、セリンは手を胸の前で組み、膝を突いた。
「――わたしの名前はセリン。聖テレミス様の敬虔なる使徒なり……。わたしに、聖なる光の力をお分け下さい……」
まるでスポットライトを浴びているかのように、セリンに黄金の光が振り注ぐ。
「聖なる光よ、戦い傷ついた全ての者を癒したまえ! 『サンライトグレイスヒールッ!』」
セリンを包む黄金の光が、まるで波紋ように広場一帯に広がっていく。暖かい光だ。晴れた日に、縁側で日向ぼっこをしている気分。足首と腰の痛みが引き、酔いも完全に覚めてきた。
突然訪れた光の奔流に、忙しなく動いていた者達の手が止まる。
ひと時の間を置いて、負傷していた者達に変化が訪れた。
倒れて意識を失っていた者は目を覚まし、血を流して青白い顔をしていた者には赤みが差し、死を待つだけだった者は息を吹き返し、軽傷だった者は飛び跳ねて身体の調子を確かめていた。
「すごっ。やるじゃん、セリン」
セリンは、中央広場にいた人々をみんなまとめて回復させたのだ。
「なんだ? 何か知らねぇが、傷が治ったぞ!」
「あの神官の女の子、何者だ? とんでもねぇな!」
「これぞまさに神の奇跡だ!」
広場全体が、歓喜に包まれている。軽く野球場ぐらいはある広場だ。その立役者が、まだ十代半ばの女の子だと知っている者は多くない。が、気づいていた者達は皆、セリンに殺到している。
「ありがとうございます! あなたは命の恩人だ!」
「助かったあ! さっすが光の姐さんだぜ!」
皆、セリンの神業に、これでもかってぐらい感謝の言葉を述べている。
その中の一人が、
「セリン上級神官殿が来て下さっていたとは、ポルトリースにとってはまさに僥倖! さすがは法王候補の一人に数えられるお方だ。御見それしました!」
なんて言っていた。
セリンってそんなにすごい人だったんだね。高低差が激しくて耳がキーンってなっちゃうよ。
セリンはさすがに疲れたのか、殺到した人々に対して塩対応だ。うんとかすんとかしか言ってない。
「セリンさん! やっぱりあなたでしたか!」
疲れて塩対応していたセリンが、はっと顔を上げる。
「あ……え? ミ、ミゲル君!? 何で?」
どうやら知り合いのようだ。ミゲルと呼ばれた魔術師風の優男は、筋骨隆々の大男に肩を貸してセリンの元にやって来た。
「ガストル君も!?」
「おう。ありがとうな、セリン。すぐに分かったぜ? こんな芸当が出来るのはお前しかいねぇもんな。おかげで命拾いしたぜ!」
ガストルと呼ばれたマッチョな男もセリンの知り合いらしい。しかもけっこう親し気だ。
あれ。
この二人の名前、聞いたことある。
「なななな、何でいるの? まだ来てなかったはずでしょ!?」
「ああ、そうですね。まずは、セリンさんに謝らなくてはいけませんね。僕も、ガストルとの情事にかまけていてセリンさんが馬車に乗っていない事に気がつきませんでした。置いていってしまってすみません」
「すまんかった、セリン! その上、命まで救ってもらってよぉ!」
「それはいいから! そんな事はもうどうでもいいの!」
あ、この優男と大男、セリンの仲間だ。つまりアランの仲間。
あれ? わざと置いていったわけじゃないの?
いや、今はそれよりも。
ここで私は、割って入った。
「さあさあセリンちゃん! 町にはまだ負傷者がいっぱいだからさ。次行ってみよう!」
セリンを、アランの元に行かせてはいけない。
「ナーシャさんは黙ってて!」
「わっ!? 痛っ」
割って入った側から、セリンに振り払われる。私は尻もちを突いた。
あかん。
これはマズい。
「アラン君はどこっ!? どこなの!? 来てるんでしょ!?」
セリンがミゲルの襟元を掴んで締め上げる。
「セ、セリンさん、落ち着いてください! アランさんも悪気があって置いていったわけじゃないのですよ! 彼は、ただ単に――」
「アラン君の居場所を吐け!」
アランは今、町の命運を左右する戦いの真っ最中だ。この、正気を無くした状態のセリンが行っても、邪魔になる未来しか見えない。
「言うな――」
「あいつは港だ」
遅かった。
この筋肉ダルマめ。
町が亡びたら、お前の責任だからな!
「アラン君っ! 今、行くからねええええっ!」
そういい残し、セリンは港の方に駆けて行った。
「ああ、行っちゃったよ……」
仕方ない。
追いかけるか。
「まさか、ナーシャ様までいらしているとは思いませんでしたよ」
「んあ?」
ミゲルが、私に声を掛けてきた。そっか。私とは初対面だけど、ナーシャさんとは面識あったんだね。
「ユニスさんが、何やらアランさんに忘れ物を届けに来ている事は聞かされていたのですよ。セリンさんも一緒だったのですね。彼女とはどこで合流したのですか?」
「ああ。セリンとはメリルローズで会ったんだよ」
「そうですか……。ご足労おかけして、申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに……。信じられないかもしれないですが、アランさんも、僕もガストルも、皆、セリンさんを連れて行く事をすっかり忘れていたのですよ……」
「うそやん」
そんなことある!?
あるか。
アランは馬鹿だし、このミゲルとガストルはきっと恋人同士だ。さっき情事にかまけていたとか言ってたし、異様に密着しているし。二人きりの世界にいて周りが見えていなかったのだろう。
でもさ。
「私はてっきり、セリンが邪魔になったから置いていったんだと思ってたけど?」
「いいえ! それはあり得ません! セリンさんは、大事な仲間ですから! ――どの口が言うんだって話ですが……。申し訳ありません」
セリンの話では、セリンが妊娠して、冒険の邪魔になったからアランに置いて行かれたって事になっているけど。
やっぱりアランの奴、ただ単に連れてくのを忘れただけだったんだ。
であれば、セリンが言っている事は嘘なの?
うーん。
嘘と断定するには、あまりに真実味がある風な話しぶりだった。アランとセリンの間で大きな認識のずれがあるのだろう。結局、お互いに話し合って解決してもらうしかない。
でもそれは、今じゃない。
「私はセリンを追いかけるよ。話はその後」
「そうですね。すみませんが、よろしくお願いします」
「うん。そんじゃ、後はよろしく」
セリンが、アランの邪魔をしないように見張っていなくてはいけない。
町の命運が掛かっている。
私は、セリンを追って港に向けて走り出した。




