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まつりの選択

 ユニスが、中央広場に向けて颯爽と走り去っていった。

 私も、すぐに動かなければいけない。

 ディランもグロッサもドノバンも、命の灯火が消えるまで一刻の猶予のないのだ。


「あんた達、ちょっと待ってて! 私が戻ってくるまで死なないでよっ!」

「ナーシャ様、何処へ!?」

「いい考えがあるの!」


 そう言い残し、私は先ほどまで居たトリプルスター宿へ、引き返していった。


「階段、辛すぎる……」


 宿泊していた部屋は、最上階である十階の貴賓室。

 まだ若干、目は回るし足はふらつくし気持ち悪いけど、吐き気は収まった。ってゆうか単に、胃の中のものを全部吐き切っただけだろうけど。


「あー、ユニスが言った通り、ハロルドさんの杖、けっこう使えるわ……。杖、超便利」


 私は、左手に手すり、右手に杖を突いてなんとか十階の貴賓室までたどり着いた。


「ふうぅー、やれやれ。――では、さっそく」


 四十畳はあるリビングを通り、寝室へ向かった。

 寝室にあるキングサイズのベッドには、町の状況など露程も知らぬセリンが、穏やかな寝息を立てて眠っていた。


「寝てるとこ悪いけど、あんたの力が必要なんだ」


 セリンに起きてもらって、負傷した者達の傷を治してもらう。

 これが、私の考えた案だ。

 その方法だって、すでに織り込み済みだ。

 取り合えず、布団をめくって身体を揺すってみる。けっこう強めに揺すってみる。


「起きろ起きろ起きろ!」


 起きない。

 耳元で声を掛けてみる。


「朝ですよー。起きようかセリンちゃーん。ご飯できてるよー」


 起きない。

 けっこう大きな声で、声を掛けてみる。


「起きろーセリン! 魔族が来たぞー!」


 全く起きない。

 爆睡している。


「知ってた。まあ、想定内」


 セリンは、モーガンが持っていた魔薬である強力な鎮静剤によって眠らされている。モーガンによると、最低三日は目覚める事がないらしい。

 モーガンは、他にも薬を持っていた。

 三日間寝ずに魔獣を狩る事もできる興奮剤と、とめどなくオーガズムを繰り返す媚薬だ。

 私は昨日、それらを全部没収して、ポケットに入れたままにしていた。今も持っている。


「興奮剤飲ませれば、プラマイゼロで目覚めるはず! たぶん!」


 閃いた私は、天才かもしれない。

 試してみる価値は、十分にあると思う。

 セリンの身体に負担をかけてしまうけど、この際、仕方ない。

 私は、ポケットに入れたままにしてあった小袋を取り出し、中を開けた。


「えっと、どれどれ――。はあ? どれがどれよ!?」


 小袋の中には、さらに小分けにされた三つの小さな袋が入っていた。中には、水色の錠剤が数個、ピンク色の錠剤が数個、赤色の錠剤が数個入っていた。


「うーん、鎮静剤はたぶん水色だよね。イメージ的に。問題は、ピンクと赤の錠剤よ」


 どちらかが、とめどなくオーガズムを繰り返す媚薬で、どちらかが、三日間寝ずに魔獣を狩れる興奮剤。

 飲ませるのはもちろん興奮剤だ。


「第一印象としては、赤いのが興奮剤なんだよなぁ。で、ピンクが媚薬。イメージ的にね。でも、鎮静剤は水色。つまり淡い青。鎮静剤と興奮剤って対になると思うから、興奮剤が淡い赤であるピンクって可能性もなきにしもあらず……。ってゆうか、その方が商品としてのブランディングとしてイケてるんだよなぁ。水色が鎮静剤で、ピンクが興奮剤で。ニコイチ、みたいな? 媚薬が赤色ってのも、全然ありなんだよね。真っ赤なクスリ飲んでホットな夜を過ごそうぜ、なんてね。あれ? これもう確定じゃね?」


 飲ませるのは、ピンクの錠剤だ。

 ピンクの錠剤が、興奮剤だ。

 私は、リビングに残っていた水差しからコップに水を汲んで、セリンの元に戻った。ピンクの錠剤を一粒、セリンの口に入れて、水で流し込む。


「お願い! 寝覚めて、セリン!」


 しばらくすると――。

 セリンがベッドの中でくねくねと奇妙な動きをしだした。


「…………はぁ、はぁ、はぁ……。アラン、くん……。あっ、ダメ……。こんなところで……」


 寝言だ。

 夢を見ているのだろう。

 手を股にやり、くねくねしながら恍惚とした表情をしている。


「ああんっ……!」


 私は、持っていたピンクの錠剤が入った小袋を床に叩きつけた。


「媚薬じゃねえかよっ!」


 間違えて、とめどなくオーガズムを繰り返す媚薬をセリンに飲ませてしまった。

 くねくねしていたセリンは、夢の中で絶頂に達すると静かになったがしばらくするとまたくねくねしだした。

 見ていられない。

 ごめんセリン。

 あんたの痴態は私が墓場まで持っていくよ。

 ともかく。

 くねくねしているセリンを押さえつけ、私は赤い錠剤の興奮剤を飲ませた。


「はっ、はっ、はっ……。うーん……。ううっ……」


 セリンがうめき声をあげながら右へ左へ、激しく寝返りを打っている。が、まだ目覚めない。興奮剤は効いているようだ。


「もう一粒、いっときますか!」


 やりすぎかもしれないけど、仕方ない。

 だって、人命がかかっているんだし。

 激しく体動するセリンを押さえつけ、私は興奮剤をもう一粒飲ませた。

 やがて――。

 セリンが勢いよくベッドから身を起こした。


「ああ、よかった! やっと起きたねセリンちゃん。おっはー――」

「アランくーんっ!」

「なっ!? うっぷっ……!」


 セリンがいきなり抱き着いてきて、私の唇を奪った。


「……っ! ちょ、やめいっ!」


 私は、セリンを振りほどきベッドに叩きつけた。唇を腕で拭う。


「はあぁ、はあぁ、はあぁ……。何なのこの娘」


 ベッドに横たわったセリンは、しばらく放心していたが私を見ると、


「あ、あれ? ナーシャさん? あの、わたし、何して……? ここは、どこ?」


 どうやら正気に戻ったみたいだ。


「……おはようセリン」

「おはよう、ございます……?」


 すぐに諸々の事情を説明したい所だけど、少し待ってほしい。

 ファーストキスをセリンに奪われた衝撃で頭がいっぱいだ。セリンは女の子だし、寝ぼけていたし、カウント外かもしれないが、ちょっとびっくりしちゃったよ。

 いったん落ち着け私。


「ふうぅー」


 大きく息を吐き、状況を整理する。

 よし。


「ごめんセリン。色々とごめんマジで。いきなりだけど、説明させてもらうわ。今の状況とこれからの事――」

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