ユニスの葛藤
港から、昨日宿泊していた宿まではほんの数分で着くことができた。通りから庭園に入る。まつりさんは――あ、いた。
「……っ! まつりさん! ああっ、愚連隊の……! だ、大丈夫ですか!?」
庭園には、まつりさんと副隊長のヤドニス。二人は傷は負っているようだが無事のようだ。倒れてるのがディランとグロッサとドノバンだ。
「ユニス! ああ、そっか。アランとバトンタッチしたんだね! あいつ、私に雷の聖剣がどこにあるか聞いたら、すぐにそっち行ったからね」
「そうだったんですね! ――十魔剣将の第八席が来てます! 危ない所をお兄ちゃんに助けてもらって、そのまま変わってもらいました! あのままやっても私では勝てそうになかったので……。ってゆうかそれよりも――」
まつりさんの衣服が、出血したのか赤く染まっている。ちょっとやそっとの血ではない。大量出血だ。ヤドニスは傷だらけで見るからに満身創痍。他の三人はすでに虫の息だ。
「すぐに回復術をかけます! まつりさん、傷を見せて下さい!」
「え。あー、私はいいよ。平気」
「そんなわけないでしょ! こんなに血が出てるんだから! 早く傷を見せて下さい!」
「いやいや、大丈夫だって! これは血じゃなくて、まあその、なんてゆうか……」
「いいから、服を脱いで!」
「ちょっ、やめてよー」
嫌がるまつりさんの服を無理矢理脱がせようとした時、不快な臭いがツンと鼻孔を刺激した。
「臭っ! な、何のにおいですかこれ!? 血じゃないの!?」
「だから言ったじゃん……」
「これって……」
「はいはい。私が吐いた後です。すいませんでした。ちなみに魔族にやられたとかじゃないからね。後は察してちょうだい」
そう言う、まつりさんの口がとてもお酒くさい。
「あなたって人はこんな大事な時に! 一体なにしてたんですか!」
「だってしょうがないじゃん! 魔族が攻めてくるなんて誰が予想できるのよ! ユニスだって知らなかったじゃん!」
「そうですが!」
「ってかさ、ユニスこそ血だらけじゃん! 胸の傷ヤバいよ!? それ大丈夫なの? 人の心配より自分の心配しなよ!」
「私は自分で処置したからいいんです!」
「話の途中で失礼いたす! ユニス嬢、儂らはよいので、ディラン達の回復をお願いできるか! こやつら、今にも命の灯火か消えようとしております故に!」
ヤドニスが、私とまつりさんの話に割って入る。
そうだ。今はまつりさんと不毛な話をしている場合じゃない。
「すみませんでした! すぐやります!」
倒れている三人は、一刻を争う程の重症だ。そうこうしている間にも血が流れ続け、もはや絶命寸前といったところだ。
「まずはディランさんから! ――ふうぅ……いきます!」
これほどの重症だ。私ができうる最大限の回復術でなければ追い付かない。集中。身体に残っている聖闘気をかき集めて回復術へと変換させる。
「『アルテミットヒー――』」
「や、止めて……くだ、さい……!」
患部に当てがった私の手を、ディランが掴んだ。回復術が中断される。
「どうしてっ!?」
「ユ、ユニス様……肩で息してる、じゃないですか……。僕なんかに、もったいない、ですよ……」
「な、何を言ってるんですか! このままだと、ディランさんは死んじゃいますよ!?」
「でも、ここでユニス様が消耗してしまったら……もっと、多くの命が失われる……!」
「……っ!」
反論したいのに、できない。
ディランの言う事は、紛れもない事実だからだ。
私の聖闘気は、先のベルゼスとの戦いで多くを失った。正味、残りは半分を切っていると思う。アルテミットヒールはアルテア流聖体術の奥義であり、聖闘気の消費も激しい。
今ここで、ディランとグロッサとドノバンを助けることは可能だ。
その代わりに、私の聖闘気は残り僅かとなってしまうだろう。
――でも。
目の前の命を見捨てる事なんて、私にはできない!
「大丈夫ですよ? 私、まだまだ元気ですから! さあ、もう一度、回復術を行います!」
「止めて下さいっ! 僕達は……僕達は、ユニス様の足を引っ張るために、付いて来たわけじゃないっ!」
ディランが血の混じったつばをまき散らしながら言い放つ。
「…………っ!」
「……へへっ。ディランの、言うとおり、だぜ……。俺達のせいでユニス嬢がヘロヘロになっちまったんじゃあよ……死んでも死にきれねぇよなあ……」
グロッサが、血の気の失せた顔で笑った。
「……同意だ」
ドノバンが、消え入りそうな声でつぶやいた。
「くっ……! お主らの覚悟、しかと受け取った! ユニス嬢、彼らの意を汲んで下さらぬか!」
ヤドニスが迫る。命の選択を。
「で、でもっ……!」
決断できない。
悩んでいる時間なんてないのに、答えがでない。
「ユニス」
「まつりさん……私、どうしたら……」
「行きなさい」
「ですが、目の前の命を見捨てる事なんてできません!」
「愚連隊の奴らは覚悟を決めてここにいるのよ。死ぬ覚悟をね。でも町の人達はそうじゃないでしょ? 覚悟もなしに理不尽に蹂躙されてさ。そういう人こそ、ユニスの助けが必要なんだよ」
まつりさんの言葉が、深く心に染み入る。
何も、反論の言葉が出てこない。
「……はい」
「――ってのがさ、こういう場面においての定番の説得方法なんだよね。覚悟の違いを説くってやつよ。よくあるパターン」
「はい?」
まつりさんは何を言っているのでしょうか?
「私に考えがある。出来るかどうかはわからないけど、試してみる価値はあるよ。えっとね――」
まつりさんが、私に耳打ちしてきた。
ごにょごにょごにょ……。
「……さ、さすがです、まつりさん。私には到底考えつかない事です」
「へへっ。これならユニスも安心して行けるでしょ」
「安心は出来ませんが、少し、気は楽になりました」
まつりさんが提案した事は、無茶苦茶な事だった。
でも、今はそれにすがるしかない。
「よし。そんじゃあ、さっさと行きな! みんなユニスの助けを待ってるよ!」
「はい! あっ、風の聖剣を下さい!」
「はいよ。持ってけ持ってけ!」
「代わりにこれをあげます」
「え。いいよ別に。何か汚いし」
「それをまつりさんが言いますか。お兄ちゃん曰く、意外と使えるらしいですよ」
「ああ、そう……」
と言って、私は祖父が愛用していた杖を無理矢理まつりさんに持たせた。
「ユニス嬢! まずは中央広場へ行って下さらぬか! 愚連隊と冒険者ギルド、町の騎士団が総出で魔族の侵攻を食い止めております。あそこが一番の激戦地であるが故!」
「わかりました!」
風の聖剣を片手に、私は立ち上がる。
「ぼ、暴君ユニス……万歳ッ!」
「ば、万歳……っ!」
「ユッニッスッ! ユッニッスッ! がはっ……!」
しゃがれた、途切れ途切れの声援。
嬉しさと切なさがこみ上げてきて、胸がいっぱいになる。
泣いてる場合じゃない。
「行ってきます!」
「頑張れユニス! あんたなら出来る! 私が保障する!」
「はい! まつりさんも、よろしくお願いします!」
「オッけ。こっちが何とかなったら、私達も行くからさ」
「はい!」
「あはっ。いい返事」
涙をぬぐい、私は中央広場へ駆けだした。




