ユニス・グランフォースVSベルゼス・ベルガザード
雷の聖剣――ライトニングセイバーから発せられる、ホワイトイエローの聖闘気。
上体を屈め、ベルゼス目がけて打ち込んでいく。
「『雷鳴一閃突き!』」
雷の聖剣術、最速の突き技だ。しかし――。
「あまい。予備動作が見え見えだ」
「……っ! まだです!」
最速で放った突き技は躱されけど、手は緩めない。次々と連続で突きを放っていく。届かない。ベルゼスに軽妙なバックステップで間合いを支配されている。あと一歩が届かない。
「どうした雌ガキ。そんなものか?」
「いいえ!」
距離を取り、魔術に切り替える。
「『サンダーボルト!』」
直撃。
「ぬるいわ!」
効果は薄い。見せ技だ。想定内。
「はあああぁ、『雷光斬!』」
回り込み、ベルゼスの背中に振り下ろす。
「ちっ、小賢しいマネを……っ。おらあっ!」
手ごたえはあった。しかし、致命傷には全く至らない。振り向きざまに蹴りを放たれるが、聖剣でブロック。
「雌ガキ。やってくれたな」
「何を言いますか。あまり効いてないようですが?」
「ふっ。分からんぞ? あと百回同じのをくらったらな」
「冗談に聞こえませんね」
「冗談を言ったつもりはないが」
「そうですか。では、お望みどおりにっ!」
雷の聖剣術の基本戦術は、雷の特性を生かした素早い攻撃が主体だ。隙が少なく、高速で放てる技や魔術が多い。お母さん曰く、攻撃一辺倒の剣術だそうだ。
たくさん練習してきたし、実戦での経験もそこそこある。
自分で言うのも何だけど、私は器用だ。
雷の聖剣だって、初めからある程度は使えたし、お兄ちゃんよりも技を覚えるのは早かった。
でも、途中で成長が止まった。
一定以上の聖闘気を、雷の聖剣に送り込むことが出来なかったのだ。
それは、聖剣術の威力に直結し、結果、私が扱う雷の聖剣術は火力不足が課題となった。
マルス王国領に巣くう魔獣相手であれば、問題はなかった。
しかし、ベルゼス相手には――。
「はあああっ!」
ライトニングセイバーを叩き込んでいく。三連撃、四連撃。ベルゼスの手刀をかい潜り、横なぎ一閃。
「『ホリゾンタルスラッシュ!』」
アルテア流聖剣術の基本技で、ベルゼスを吹き飛ばす。間髪入れず、
「『トリプルサンダー!』」
ベルゼスの上方、水平に展開された三角の頂点から放たれる雷。硝煙の匂いがする。ダメージは――。
「これは効いたぜぇ、雌ガキよぉー」
所々、焼け焦げた皮膚。
それだけだ。
Bランク程度の魔獣であれば、消し炭にする事が出来るのに。
剣撃は、全てではないが当たっている。実際、ベルゼスの身体には無数の切り傷が刻まれているが、どれも薄皮一枚、切った程度だ。
「……っ! 自分の非力さが嫌になりますよ……」
嘆いていても、仕方ない。
今ある武器で、戦うしかない。ダメージは少ないが、全く通ってないわけではない。幸い、攻撃速度や移動速度は私の方が幾分かは勝っている。
もっと、もっと速度を上げて何度も何度も地道に、攻撃を加えていけば勝機はある。
勝機はあるけど……。
「『電光、石化っ!』。
身体中の筋肉に、電気信号を強制的に流す。身体を、限界を超えた速度で稼働。自己強化の聖剣術だ。
「お? おお!? やるな雌ガキ。目で追う事ができんぞ」
「……ちっ!」
速く、もっと速く。
時間がない。
私が、もたついている間に、一体どれほどの命が失われているのか。
幾重にも連なる、人々の泣き叫ぶ声。建物が破壊される音、魔族どもの嬌声。
耳にこべりついて離れない。心が削られる。
五連撃、六連撃。全て、当たっている。反撃する暇など与えない。連撃を加えては離れてのヒットアンドアウェイ。
途方もない作業だ。しかし少しずつではあるが、着実にダメージは蓄積されている。この調子でベルゼスを倒すまで繰り返してそして――。
ああ……。
聞こえる。
人々の泣き叫ぶ声が。
広範囲に拡大している。
「ううっ……くっ……!」
歯を食いしばり、目の前の戦いに意識を集中させる。
考えるな。
心を無にして繰り返せ。
この単純作業を――。
「つまらん」
「……っ!? 何、ですか」
殺気とでも言うべきか。ベルゼスの気が変わった。危険を察知し、距離をとる。
「底が見えた。所詮はガキか。銀髪女の足元にも及ばん」
「い、言ってくれますね……」
「遊びは終わりだ。魔剣の力の一端を見せてやろう」
「なっ!?」
「――半顕現。魔爪フェンリルッ!」
ベルゼスの身体から、魔瘴気が霧のように溢れ出す。姿が、変わっていく。成人男性程だった体躯が一回りか、二回りか……。少なくとも私の二倍以上はある。
四肢は丸太の様に太くなり、人間と大差なかった顔の造形はまるで狼のような造りとなっている。上半身の衣服は引き千切れ飛び、白い体毛が露わになっていた。
狼人間とでも言うべきか。
腕には、その体躯に合わせて巨大化した爪が変わらず装備されている。黒く、禍々しい爪。あれが、魔剣と呼ばれるものなのだろう。
「…………っ!」
全身がひりつくような、圧倒的な魔の気配。
気づけば、私は一歩、後ずさっていた。
「あの世で誇るがいい、雌ガキよ。俺に魔爪フェンリルの力を使わせたのだからな!」
「くっ! 『電光石化っ!』はああああっ!」
怖気をかき消し、ベルゼスに向かって行く。私が出しうる、最速で最大限の力で。七連撃。フェイントをまぜ、八連撃。アウェイ。
「――くっ」
「遅い」
バックステップについてくる。魔爪が、目の前で鈍色に閃き――。
「うああああっ…………!」
私の胸を容赦なく抉った。衝撃で吹き飛ばされ、私は無様に地面を転がり落ちた。
「はあーっはっはっー! 少しでも勝機あると思ったかぁ? 馬鹿め。あるわけねぇだろうが! 魔剣の力を侮ったな、雌ガキよぉ? 元より、勝機はゼロだ!」
「……はぁ、はぁ、はぁ…………。くっ…………」
胸部から大量出血。肋骨もいくつか折れている。まずい、早く回復しなければ死んでしまう。
「…………『アルテミット、ヒール……』」
聖闘気が、ごっそり持っていかれる感覚。アルテア流聖体術における、回復技の奥義だ。
出血は止まったけど、流れた血は元に戻らないし、傷や骨折を治すには時間が足りない。
でも――。
「ああん? まだ立ち上がってくるのか? 死にぞこないが」
まだ動けるし、戦える。
私の気持ちは折れてない。
「勇者って、名乗ったじゃないですか。そういうことですよ」
「知るかよ」
「私はあなたを倒して、町の人々を救いにいきます」
「イラつくなぁ……。――殺す。ぶち殺してやるぞ、雌ガキがぁ!」
ベルゼスが、魔爪を振り上げ迫りくる。
私は残っている全ての聖闘気を燃やして、迎え撃った。
「くっ……」
情けないが、防戦一方だ。
手刀や蹴りを躱すことに、全力を注いでいる。
反撃する隙がない。
私は、なんて弱いのだろう。
「ふっ、ははっ。雌ガキ、貴様、泣いているのか? そんなに痛かったか?」
「違うっ! なめるなっ!」
私が弱いせいで、人々の命が失われていく。
情けない。
お母さんだったら、あっという間にベルゼスを倒して町の人を助けに行けたのに。
私がもっと強かったらよかったのに。
せめて、風の聖剣があったらよかったのに。
悔やんでも、悔やみきれない。
「――あっ」
ベルゼスの魔爪が閃き、雷の聖剣を弾き飛ばした。
ライトニングセイバーがまるでスローモーションのように、くるくる回転し遠くの地面に突き刺さった。
「終わりだ。雌ガキ」
迫りくる魔爪。
私は、ただ見ている事しかできなかった。




