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襲来

 トリプルスター宿の最上階、貴賓室にて。

 寝室に置かれたキングサイズのベッドの一つに、セリンが穏やかな寝息を立てながら眠っている。

 四十畳はあろうリビングには豪奢な調度品が置かれ、壁一面の窓を開けるとそこには、ポルトリースの港やそれに続く海が見渡せるテラスが突き出ていた。

 眼下の眺めは、オーシャンビュー。

 絶景なり。

 私は、下々にいる人々の営みや、漁にでる船を眺めながめつつ、午後のティータイムに余念がない。

 ポルトリースに来て、二日経った。私達は昨晩からこの宿に泊まっている。ユニスは朝食を終えると、「暇なので稽古してきます。セリンちゃんの事をよろしくお願いします」と言って、部屋を出ていった。私はというと、もうずっと部屋でまったりしていた。


「――ねえ、ディラン。ディランはいる?」

「はい。ナーシャ様、ここに」


 ディランは、私達が乗っていた馬車の御者を務めてくれていた、メリルローズ愚連隊の若手メンバーだ。蛮族の集まりである愚連隊だが、彼はわりかしシュッとしている。

 モーガンの計らいで、今日は一日、私の付き人をしてくれるらしい。


「ブドウ酒がなくなったわぁ。もう一本持ってきてー」

「もう一本ですか!?」

「そうよー。なんか文句ありゅー?」

「……ないです。すぐにお持ちします」


 日本では、私は十八歳のJKだったため飲んだことなかったけど、今の私は三十代半ばの妙齢の女性だ。お酒を飲むのに何の障害もない。

 試しに頼んでみたブドウ酒なるものが、めっぽう美味しかった。芳醇なブドウの薫りに、ツンとした酸味の二重奏。この深紅の液体はまんま、赤ワインだ。アルコール度数は分からないけど、グラス一杯でんなんだかほわーっとした気分になってきた。

 何杯飲んだだろう。記憶があいまいだけど気づいたらボトル一本開けていた、みたいな。お酒は美味しいし、海風が気持ちいいいし、気分は上々。

 ぼんやりと外の景色を眺めながら、ブドウ酒に舌鼓を打つ。

 今しがた、港から巨大な帆船が一艘、出港したようだ。一日一便出ている、グランゼシア本土と、マルス王国領を行き来する、王国所有の帆船だ。

 本来なら、アラン達一向はとっくにあの船に乗って、グランゼシア本土に渡っていた事だろう。


『キンキンキンキンキンキンキンキン!』

『うおおおおおおおぉ!』


 宿の庭園からは、金属音の弾ける音と、蛮族どもの野太い声が聞こえる。

 ユニスと愚連隊の奴らが稽古している音だ。ほんの少し耳障りだが、今の私は気分がいいので、気にしない。


「ちょっと酔っ払ってきたかなぁー? 世界が揺れてるよぉー」

「もうその辺で止めておきましょう、ナーシャ様。ユニス嬢に怒られますよ?」

「えー。いいじゃんよー。ディランのけち! 今まで頑張ってきたんだからさー、自由にさせてよー」

「もう。あと一杯だけですよ!」

「はーい」


 気分はいいけど、世界がぐわんぐわん揺れている。これが酔う、って感覚か。物が二重に見えるし、何だか幻覚みたいな物も見えている。


「海の向こうの方に……鳥がいっぱい見える……。おっきな黒い鳥が……いっぱい」

「そんな鳥いませんよ――。って、あ、あれ? 何だろう……空に、黒い鳥の大群……? あ、あれは……?」

「あれー? 黒い鳥から何か落ちたみたいよー? 王国の船に落ちて……。あれー? ドカーンってなって船が燃えちゃってるよー。ウケる」

「なっ!? どういう事ですか!? 王国の船が炎上しているではないですか!?」

「黒い鳥に人がみんな乗ってるねー……。人ってゆうか、人っぽいのが……。何だ?」

「あれは……。間違いない! 鳥の魔獣に乗った魔族の大群が、空からやってきてるんですよ!」

「うそやん」

「どう見てもそうでしょう!」

「……うそ、でしょ?」

「本当ですよ! 現に、王国の帆船が炎上しているでしょう! 奴らの手によって! これは、とんでもない事ですよ! 魔族が大群で攻めてくるなんて、マルス王国の歴史上、初めての事です!」

「マジか……」


 タイミングが悪いにも程がある。

 頭はぐわんぐわんしてるし世界は揺れているけど、私の意識はお花畑から、一気に現実の元へと浮上した。

 魔族の大群が、ここ、港町ポルトリースに攻めてきたのだ。


「あの、ディラン。これって、けっこうヤバい事態、だよね?」

「ええ。これだけの数……。空を埋め尽くすほどの飛行魔獣と魔族……。ポルトリースは……壊滅するでしょうね」

「そ、それなら早く逃げ――」

「――ですが! この町には今、ナーシャ様がいます! 十代半ばでグランゼシア本土にてSランク冒険者となり、十魔剣将の一角を討伐し、風雷天女と呼ばれたあの伝説の勇者が!」

「ハードルが爆上がりしたよ!」

「ユニス嬢もいますし!」

「ユニスの負担が重すぎる!」

「ナーシャ様とユニス嬢がいれば、魔族の大群にだって負けるはずありません! 僕達、メリルローズ愚連隊も力を貸します! 行きましょう、ナーシャ様! 僕達で、ポルトリースを守るんです!」

「圧が強いって! ちょっと待って。とりあえずお水を下さい」


 マジで、どうしてこうなった!?


※ ※ ※ ※ ※

 

 ――ナーシャ・グランフォースとの決闘から半月後、バストロニーの屋敷にて。


「結局、潰れた左目は元に戻らんかったねー。角も折れたままやし」

「ふん、かまわん。右腕が使えるようになっただけでもマシだ」

「義手やけどねー。けっこうお高いんスよ、ダンナ?」

「分かっている。まとめて全部後払いだ」

「まいどありんすー」


 ナーシャとの決闘において、瀕死の重傷を負ったベルゼスは、バストロニーの屋敷で療養していた。

 折れた額の角と潰れた左目はそのままであったが、複数カ所の骨折、および内臓の損傷、その他全身の打撲等、日常生活では問題ない程度までは回復させる事ができた。

 極上魔精薬の多量摂取あっての事ではあるが。

 千切れた右腕には、肘から先に義手が付いている。肘を起点に、いくつもの植物の茎がらせん状に伸びて上腕や手部を形作っている。

 人型に擬態する魔大陸の植物、アラウネの種を植えることで義手替わりにしているのだ。強度はかなり落ちるが、宿主から栄養を得ているため再生能力は高い。


「マルス王国への侵攻の準備を始める」

「ふぁっ!? いくら何でも早すぎとちゃうん!?」

「問題ない。――ぶち殺したくて仕方んねんだよ。俺を、こんな無様な恰好にしやがった銀髪女をよ」

「負けフラグビンビンやん」

「ああん!? 殺すぞ!」

「さーせん」

「ふん。――侵攻の手はずは考えてある。バストロニー、お前んとこの飛行魔獣を貸せるだけ貸せ」

「え。普通に無理。ってかベルゼーちゃん持っとらんの? 飛行魔獣」

「俺の配下は狼魔族を中心とした地上部隊だ。魔獣も含め飛べる奴は少ねんだよ。マルス王国へ行くなら海を渡る手段がいるだろ」

「確かにー。うーん、どうしよっかなー」

「……何体貸せる? 金に糸目はつけん」

「ほうほう。――まあ、百体ぐらいならいいよん。一体につき大金貨十枚ね」

「三百体貸せ」

「三百体もおらんしー。うちら黒鳥魔族で飼ってる飛行魔獣全部集めても足りんよー。たぶん。知らんけど」

「ちっ。――二百だ」

「二百体ぐらいなら、まあ……。ちなみに百体以上は一体に付き大金貨に二十枚ね」

「それでいい」

「まいどありんす。ベルゼーちゃんおっ金持ちーっ!」


 マルス王国への瞬間移動に、多量の極上魔精薬にアラウネの義手、飛行魔獣にと、べルゼスは実に、財産の八割を失う事になった。

 狼魔族の族長として魔大陸に君臨すること数百年。十魔剣将の一角としては十数年。築き上げてきた財産や、プライドを捨ててまでも成したい事がある。


「世話になったな、バストロニー。俺は今から領地に戻って、狼魔族の精鋭二百体の編成と侵攻の準備に取り掛かる。お前の方も早急に集めておけ」

「魔族使いが荒いなー」

「ふん。じゃあな」

「ばーい」


 飛行魔獣に飛び乗り、領土へと戻っていくベルゼス。

 あの日の屈辱が、業火のように胸を焼き、発狂してしまいそうだ。


「――すぐに殺しにいくからな。待っていろよ、銀髪女!」


 リベンジに燃えるベルゼスが、夜空に吠える。


「貴様のガキども親族縁者全て! ぶち殺す!」

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