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まさかの追い抜き

 アラン達が泊まっていると思われる宿探しは、私達がポルトリースに着いた当日と、次の日にかけて行われた。

 メリルローズ愚連隊総勢約三十名。人海戦術の策が功を奏し、一日半でほぼ全ての宿の捜索を終えることができた。

 夕方になって、成果の報告場所に決めてあった、冒険者ギルドポルトリース支部にて、続々と愚連隊の面々が集まってきた。


「次の方どうぞ」

「へい。南城門付近一帯の宿にはいませんでした。すんませんユニス嬢」

「分かりました。ご苦労様でした。では次の方」

「おう。俺の担当は北東の貴族街付近の宿だったんだがよ、残念ながら英雄アランはいなかったぜ」

「……そうですか。ご苦労様でした。では次の方」

「さーせん、ユニス嬢。港近郊の宿にはいなかったっス。周辺にいた人達に、聞き込みもしたんスけど、英雄アランを見た人はいなかったっス」

「……ご苦労様です。次の方」


その後も続々と愚連隊の面々が報告に来た。彼らは宿以外にも周辺の人々に聞き込みまで行ってくれていたが、全てスカだった。


「中央広場近辺の宿にも、英雄アランの痕跡はなかったぜ。見かけた奴もいないときたもんだ」

「……ありがとうございました。モーガンさん、あなたで最後でしたね。ご苦労様でした。もう行っていいですよ」


 最後の報告を終えたモーガンが、冒険者ギルドを出て行った。

 結果。アラン達はポルトリースのどの宿にも滞在していないどころか、見かけた人すらいなかった。


「アランの奴、まだポルトリースに来てないな……」


 これだけ探しても、全く手掛かりがないのだ。そういう事だろう。


「ですね。でも、お兄ちゃんは私達よりも三日も前に、メリルローズを発ったはずです。とっくに着いているはずですが……一体、どこで何してるんでしょうか?」

「たぶんだけどさ、宿場町に寄った時にそこの住人に頼まれごとでもしたんじゃないのかな? ほら、セリンから聞いたじゃん。アラン達の旅の話」


 セリンと初めて会った日、彼女からこれまでの旅の道程を聞かされた。

 アランは行く先々の宿場町で、住民達と積極的に交流を持ち、いつの間にか仲良くなっていたそうだ。その流れで、住民から色々な頼み事を受けていたとの事だ。

 畑を荒らす魔獣の討伐や、食料のための野生動物の狩りの手伝いの他、飼い猫の捜索や、庭木の剪定までやっていたそうな。

 本来なら、王都マルクスから港町ポルトリーズまでは、馬車で二十日もあればたどり着ける。実際、私達は二十日程度で着いた。しかしアラン達一向は、私達よりも一か月も早く王都を発ったのに、まだたどり着いていない。十日前まではメリルローズの町にいたのだ。


「まあ、困っている人を助けるのはいいけどさ、道草するのにもほどがあるでしょ」


 まさかの追い抜き。

 私達の方が早く、ポルトリースに到着するなんて誰が想像するよ。


「お兄ちゃんは昔から道草が好きなんですよ。子供の頃なんて、夕飯のお使いに行ったと思ったら、どういう訳か隣町で魔獣の討伐をしていたなんて事もありましたからね」

「それは……道草なの!? わけわからん」

「そうなった経緯を聞いた私にも、分かりませんでした」

「そう。――とにかく、あと数日もすれば、アランがポルトリースの来るのは間違いないんだから、ここは待つ一択でしょ? それでいいよね、セリン?」


 私とユニスの横で呆然としていたセリンに問いかける。アランの不在が余程ショックだったのか、目はうつろで、先ほどから一言も発してしなかったが。


「――やだ。いやいやいや! やだあぁ! 今すぐ戻って、アラン君の所に行くからあああああぁ!」

「セリンちゃん!? 落ち着いてっ!」


 冒険者ギルドにセリンの叫び声が響き渡る。

 うへぇ。周りの人達ドン引きしてるし、受付のお姉さんは生暖かい目で見てるし。勘弁してくれよ。


「ちょっと黙ろうか、セリン」

「もう待つのは嫌なのおおおおおぉ!」

「そんな事言ったってね、待つしかないのよ! 今から街道を戻っても、アランがどこの宿場町で道草してるかも分かんないし、すれ違いになるかもしれないでしょ? 分かる? 冷静になって考えてみなよ。待つのがベストなんだよ。ほんの数日よ? たぶん」

「冷静になんて考えれないっ! ――今すぐ会いたい。会いたくて会いたくて、震えが止まらないよおおおおおぉ!」


 勝手に震えてろよ。

 なんて一瞬思ったけど言えるはずもなく。

 そもそも悪いのはアランだし、それほど精神に異常をきたすほど傷つけられたセリンが哀れで仕方ない。


「まつりさん……。セリンちゃんが可哀そうです。どうしたらいいでしょうか……?」


 今にも飛び出してきそうなセリンを、必死になだめすかしているユニス。


「……うーん。街道を戻る事でセリンが落ち着くならそれもやむなし……かな……」


 苦肉の策だが、セリンの状態が深刻なので仕方ない、かも。

 と、そこで。


「――話は聞かせてもらいましたぜ、ナーシャ様」

「ああ。あんた、まだいたの」


 愚連隊のリーダー、モヒカン頭のモーガンがしれっとやってきた。


「すいやせん。扉の前で待機してたもんで、聞こえてしまいやした」


 最後に報告に来たモーガンは、冒険者ギルドの扉の外にまだいたらしい。そして、私にこっそり耳打ちしてきた。


「――いい考えがありますぜ。まっ、ここは俺に任せてくだせぇ」

「――本当?」

「――ああ。悪いようにはしねぇ」

「――信じる事にするわ。どうせ私にはお手上げだし」

「――まあ、見ててくだせぇ」


 するとモーガンは、どこから持ってきたのか水の入ったグラスを、セリンに差し出した。


「光の姐さんよ。水でも飲んで落ち着いたらどうだい。ささ、ぐびっと、一飲みで」


 怪しさ満載の水だったが、心ここにあらずのセリンは差し出されたグラスを、一気に飲み干した。喚き疲れて喉が渇いていたのだろう。


「へへっ。飲みやしたね」


 しばらくすると、セリンの瞼が徐々に閉じていき、やがて寝息を立てながら眠りに落ちていった。


「セリンちゃん、寝ちゃいましたね」

「へへっ。成功だな」

「睡眠薬!? モーガン、あんたそんなん持ってたの!?」

「ああ。これは一種の魔薬でっせ。界隈じゃあ高値で取引されてるもんだ。おっとこれ以上はいくらナーシャ様といえど言えねえな。効き目は抜群で、一回の使用につき、最低三日は目覚めねぇ鎮静剤だ」

「……あんた、見かけ通りの奴すぎるわ」


 どう考えても違法薬物でしょ。助かった事は事実だけど、これは放置していい案件ではない気がする。すでにメリルローズ愚連隊は私達と浅からぬ関係になっているわけだし。


「モーガンさん――」


 見ると、ユニスが険しい顔をしていた。


「後遺症はないのでしょうね?」

「あ、当たり前だろ! そんな危険なクスリは使わねえよ!」

「それなら……いいです。すいません、助かりました。ありがとうございます」


 素直に、ペコリとお礼を言うユニス。

 一応、目ざめた後の経過観察はしておいた方がいいかもしれない。


「いいって事よ。ちなみによ、三日間寝ずに魔獣を狩る事もできる興奮剤とか、とめどなくオーガズムを繰り返す媚薬なんてもんも扱ってるぜ。俺達の大事なしのぎだ」

「オーガズム……? って何ですか?」

「ああ、それはだなセッ――」

「ス、ストーップ! こらモーガン、ユニスにはまだ早いからっ!」


 なんて言ってる私にも早々だけど。


「す、すまねえぇ。調子乗っちまったぜ……」

「えー、何なんですか、それ。教えて下さいよ、まつりさん! 気になります!」

「気にしなくていいの! ユニスはまだ知らなくていい!」

「そうですか……。残念ですが、まつりさんが言うのであれば仕方ありません……」


 露骨にしょぼくれるユニス。子ずくりの仕方を教えるのとはわけが違う。私には荷が重すぎるって。


「助かったよモーガン。でもとりあえずクスリは没収ね。あんたらが町で妙な事すると私達の信用問題に発展する可能性があるのよ。ほら、全部だしなさい」

「マジですかナーシャ様!? そんな、あんまりだぜ!」

「いいから!」

「分かりやした……」


 落胆しているモーガンからクスリを取り上げる。

 無用なリスクは事前に排除しておくべきだ。


「ともかく。私達はアラン達が到着するまで宿でゆっくりするよ。さすがに数日の内には来るでしょ」

「ですね。早くセリンちゃんをベッドで休ませてあげたいですし。行きましょう」

「ギルドの受付のお姉さんにイイ感じの宿を紹介してもらおっか。ってことで――。受付のお姉さーん、イイ感じの宿紹介してちょうだい! あっ、ちなみに私、S級冒険者のナーシャ・グランフォースね」


 この際、お金に糸目はつけない。私は長旅で疲れているのだ。ポルトリースに着いてからも、アランの捜索で休んだ気がしなかったし。私は頑張った。少しぐらいナーシャさんの威を借りてもいいでしょ?


「え、S級冒険者!? し、少々お待ちください。最高級の宿をご紹介させていただきます!」


 受付のお姉さんに宿を予約してもらい、モーガンにセリンを運んでもらった。宿というか、もはやこじゃれたお城と言っても過言ではない荘厳な建物だった。

 やたらと広い宿の居室に着いた途端、私はベッドに倒れ込んだ。「もう、まつりさん。着替えぐらいして下さいよ」なんて、ユニスの声が遠く聴こえたけど、起きる気力はなかった。そのまま寝入ってしまい、起きたら朝だった。

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