最上位の謝罪フロムジャパン
アランの銅像が乗っている台座のふもとで、セリンが号泣している。
「アラン君……! どうしてわたしを捨てちゃったのっ……! 置いてかないでよおおおお……!」
ユニスが必死に宥めているが、セリンはせきを切ったように泣き続けている。
「お兄ちゃんに捨てられたって、一体どういう事ですか!?」
「うわあああああーん……!」
興奮状態のセリンには、ユニスの声が届いていない。
「ユニス。色々と聞きたい事はやまやまだけど、取り合えず、落ち着かせる事が先だよ」
「……っ! そう、ですよね……。ごめん、セリンちゃん。大丈夫だからね。落ち着きましょう。ほら、よしよし。いっぱい、不安だったよね。もう大丈夫だから、私がいますから……ね?」
背中をゆっくりさすりながら、セリンに寄り添うユニス。徐々に、落ち着きを取り戻していったセリンは、ポツポツと語り出した。
「ううっ……ひっく。……ユニスちゃん。と、ナーシャさん。わたし、わたし……アラン君に、捨てられちゃったのっ……!」
「……うん。それは……どういう理由で、そうなったの?」
ユニスの眉が、一瞬ぴくっとなった。キレかけたんだと思う。でも、自制した。ここでキレては、話が進まない。
ユニスと私は、セリンの言葉を傾聴した。
セリンは長々と、これまでの冒険の旅路やら、メリルローズでアランが英雄と呼ばれるに至った経緯など話していたが、捨てられた理由はよく分からなかった。
分かったことは、宿に戻ってきたらアラン達がいなかった。という事だけだった。
私は何となく――というか、確信していた。
アランの奴、セリンを捨てたんじゃなくて、シンプルに連れて行くのを忘れたのだろう。あいつ、ただの馬鹿だから。
「……っ! 我が兄ながら、酷すぎる! セリンちゃんの何がいけなかったの!? 何も言わずに黙ってセリンちゃんを捨てていくなんてっ! 最低ですよっ!」
セリンの話を聞いて、ユニスが激高している。ユニスは、セリンが何らかの事情があって捨てられたと思っているらしい。
「あの、ユニス。たぶんアランはセリンが嫌いになったとかじゃなくて、ただ単に連れていくのを忘れたんだと思うよ――」
「違うのっ!」
私の言葉を遮ってセリンが言った。
違うのか?
「アラン君はきっと……気づいてたんです……」
「何に?」
「私のお腹に……アラン君との間にできた赤ちゃんがいるってことに……」
「はあっ!? あ、赤ちゃんがいるの!?」
何言ってんのこの子。
「セ、セリンちゃん? 嘘、ですよね?」
ユニスもこれには面食らっている。
「嘘、じゃない。わたしとアラン君は結婚する予定で……少し前からその行為も毎晩のようにしていたんです……」
「行為って……。そ、そうなんだ。しかも結婚の約束までしてたんだね……。知らなかったなあ……ははっ……」
こんな時、ナーシャさんなら何て返したんだろう。中身ただのJKで、生娘の私には平静を装うので精いっぱいだ。
「……あの、まつりさん。その……行為って何ですか? 私、そういうの知らなくて……。教えて下さい」
ユニスが、こっそり聞いてきた。
「え。ああ……。ユニス、それはね――」
年下で、肉体的には娘であるユニスに聞かれては答えないわけにはいかない。私はさも、経験済みですよってな具合に、ユニスに耳打ちして教えた。S〇Xを。
「なっ……! そ、そんな破廉恥な――い、いえ、尊い行為、ですよね……。子供をつくる事は、尊い行為ですから……。その……行為を、お兄ちゃんとセリンちゃんは、していた、という事でいいんですよね?」
「うん。毎晩、寝るときに」
ユニスの顔面が、真っ赤に染まっている。ちなみにたぶん、私も。
アランとセリンは恋仲にあって、結婚の約束までしているという。そして、セリンはすでに妊娠している。
「ねえ、セリン。アランには、セリンが妊娠している事って、言ってないんだよね?」
「はい……。でも……気づいていたんだと思います。じゃないと、おかしいの! 捨てられる理由がないからっ!」
「……事情はだいたいわかったよ」
アランは、セリンが妊娠している事を知っている。
妊娠したから捨てたって事か。
冒険の旅に支障がでるから、とか。
結婚の約束までしていたのに、それを反故にして。
セリンが嘘を言っているとは、思えない。
であればアランの奴、馬鹿野郎なんかじゃなくてくそクズ野郎じゃないか。
事情が分かるにつれて、怒りと申し訳なさが溢れてきた。
私は今、ナーシャさんとしてセリンと相対している。
アランに対しては、大いに怒っている。一人の女性として許せない。しかし、今はアランの母親として、息子のくそクズ行為に対して謝罪をしなければいけない。
私は地面に膝をついて両手をそろえ、頭を垂れた。
最上位の謝罪フロムジャパン。土下座だ。
「大変申し訳ありませんでした、セリン! アランの不始末は、母である私の責任です! 少しでもセリンの気がおさまるなら、私をどの様にしてもらっても、かまいません!」
別に、アランのために謝罪をするわけではない。
純朴な少女が、身も心も深く傷つけられたのだ。私は、セリンと同世代。気持ちはわかってるつもり。
私の謝罪によって、少しでもセリンの気を晴らす事が出来れば良い、と思っての事だ。
「頭をあげて下さい、ナーシャさん! わたしが、至らなかったんです! アラン君は、悪くないんです!」
「セリン……」
あれだけの事をされてもまだ、セリンの心はアランの元にあるようだ。
「アラン君はわたしを変えてくれた人で……一番大切な人で……! わたしが……わたしが勝手に妊娠しちゃったからいけないんです!」
「いや、それは……」
ああ、これはあれだ。
テレビや漫画でよく見るやつ。彼氏にDVとか財布にされて、明らかに大切にされてないのに、でもでも彼氏君は優しい所もあるんですよ、とか言っていつまで経っても別れる気配のない彼女、みたいな。時折見せる確信犯的な優しさに、まんまとほだされて許して、また殴られる。私が、悪かったから殴られたと思い込んじゃう、みたいな。
そのパターンの類型だ。
まあ、分かったところで解決策は思いつかないんだけどね。
目を覚ませ! って言ったってきっとセリンはアランを庇うだろうし。そもそも、当事者のアランは私の息子って設定だし。アランはクズだからやめとけ、って私が言ったって、育てたナーシャさん――つまりは私に、ブーメランになって返ってくるだけだ。
はあぁ……。
どうしたもんかねぇ……。
「まつりさん」
「――ん? どうしたのユニス」
私とセリンのやり取りを、黙って聞いていたユニスが言った。
「私もう、我慢できません」
「な、何を?」
「怒りの感情を」
「へ?」
突然、ユニスの右手から煌めく白銀のオーラが膨れ上がった。
「ちょっ、ユニス!? 何を」
ユニスは軽く飛び上がり、聖闘気を纏った拳を、アランの銅像に思いっきり叩きつけた。
「はああああっ!」
重く、鈍い破砕音。必要以上の力で破壊されたアランの銅像は、胸元中心に粉々に砕け散った。遅れて、銅像の欠片が私の頭上に振ってきて、原型を残した頭部が、コロンと前に転がってきた。
「危なっ! 大丈夫、セリン!?」
「は、はい。大丈夫です!」
台座のふもとでしゃがんでいた私とセリン。私は咄嗟にセリンを庇っていた。
「いきなり何やってんのよユニス!」
まじで何やってんのこの娘。中央広場にいた人々が悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすようにささーっと去っていった。周囲の狂騒も何のその。ユニスは泰然と言い放った。
「今からお兄ちゃんを殴りに行きます」
「はあ!? 今から?」
「はい。これからお兄ちゃんを殴りに行きます」
「いやいやいや、それはどうかと思う……」
「では早速。まつりさん、セリンちゃん。行きましょう!」
「待ていっ!」
「ちょっと待って、ユニスちゃんっ!」
判断が早すぎる!
踵を返して去りゆくユニスの腕を、セリンと二人で引き留める。
「アラン君は悪くないの! 悪いのはわたし! だから殴るとかやめて!」
セリンが、泣きながらユニスにすがりつく。振り返って、セリンと向き合ったユニスが、セリンの両肩に手を置いて言った。
「目を覚まして下さい! セリンちゃんは悪くない。一ミリも悪くないです! 百パーセントお兄ちゃんが悪いんです!」
はっきりと、きっぱりと言い切るユニス。
「私は、友達を深く傷つけたお兄ちゃんを許せません。妹として、今まで甘やかしてきたせいもあると思ってます。だから、ぶん殴って反省してもらうつもりです!」
「ううっ……」
「私はそうします。これは家族としての責任です。セリンちゃんはどうしたいんですか?」
「わたしは……」
ユニスの奴、熱いじゃん。
殴ってでも更生させる。私にはその言葉は出てこなかった。どうしようか逡巡するばかりで。これは、過ごしてきた時間の差か、血のつながりか、文化の違いか。それとも私の人間性か。
ユニスの言葉を受けて、セリンが口を開く。
「アラン君と……ちゃんと話がしたい。妊娠してるのを黙っていたのは悪かったし……どうして何も言わず私を捨てていったのか、聞きたいっ……!」
決意のこもった、良い声音だ。
「はい。私も、それがいいと思います。よく言えましたね、セリンちゃん。では、私がお兄ちゃんを殴り倒してから、お話するって事にしましょう!」
「うん……。あの、やりすぎないでね。アラン君と話し合いができなくなっちゃうから」
「それは保証できませんよ。知ってるでしょ? 私とお兄ちゃんの模擬戦。今回は本気の戦いだから、どっちかは間違いなく死にかけると思う」
「ええっ!? それは困るよ! ……でも、ナーシャさんがいるからその辺は大丈夫ですよね!?」
セリンから突然の無茶ぶり。ユニスとアランの本気の戦いを私が止められるわけないんですけど。
「まあ、いざとなったら私が止めるからね……あははっ」
丸く収まりかけた所に、水を差すわけにはいかない。適当に返事しておく。
「決まりですね。では今すぐ――行きたい所ですが実際問題、色々と準備も必要なので今日は宿を取って明日、出発しましょう。港町ポルトリースへ!」
「うん、分かったよ!」
「はいよー……」
ちょっと冷静になったユニスの提案で、明日、アランを追って町を出ることになった。
私は途中から傍観者になってたけど、ユニスがストレートな感情をぶつけて強引に打破してくれたおかげで、何とか旅の指針を得る事ができた。
マルクスの町でうじうじしてた時とは、大違いだ、今のユニスは生き生きとしている。良い事ではあるけれど、私はやることの多さに少し気が滅入っていた。
旅の目的。
その一、アランに聖剣を届ける。
その二、アランの元にセリンを届ける。NEW!
その三、アランを殴る(ユニスが)。NEW!
その四、アランとセリンに話し合いをさせる。NEW!
天界にいるナーシャさんに愚痴りたい。
勇者の母親って、めっちゃ大変なんですけど。




