セリン2
アラン君とユニスちゃんと出会ってから、五年が経った。
迎えた、アラン君の十六歳の誕生日。
聖テレミス教会マルス王国支部にて、屈指の聖光術の使い手となっていた私は、念願叶ってアラン君と共に旅立つ権利を得る事ができた。
とうに、私に嫌みを言ってくる神官などいなかった。私は、その子らを実力で黙らせてきたのだ。取るに足らない事だったけど。
魔王を倒す旅は、苛烈を極める事だろう。
でも私は、不安や恐怖よりも、期待や喜びの方が断然、大きかった。
教会という閉ざされた空間を抜け出し、広い世界に羽ばたいていく。それも、私を変えてくれて人と一緒に。
旅の仲間は、アラン君の他に二人いた。第一騎士団副団長のガストル君と、魔法兵団所属の魔術師、ミゲル君だ。二人は幼馴染で異様に仲が良かった。なんでも、幼い頃から、絶対に二人でマルス王国を出ようって約束をしていたみたい。
たまたま、アラン君が魔王を倒す旅に出る機会があったため、ガストル君とミゲル君はそれに便乗して、公式に王国を出る事にしたそうな。
その話を聞いた時、私は、二人は本当に仲がいいんだな、ぐらいしか思わなかったけど、旅に出てから数日経ったある日。
私は見てしまったのだ。
馬車の中で、ガストル君とミゲル君が抱き合ってキスをしているのを。
「な、何してるんですかっ!?」
私に声に気がついた二人は、一瞬気まずそうにしたけど、「まあ、なんつーか……そういうわけだセリン」「驚かせてすいませんセリンさん。僕達はそういう関係なんですよ……」と、隠す事なくカミングアウトしていた。
その日の夜。私達は、話し合いを持った。
元々、ガストル君とミゲル君は恋人同士だったのだ。マルス王国では同姓で付き合うことは禁忌とされている。しかし、グランゼシア本土には、同姓同士でも結婚できる国があるとのことだ。
あり得ない。
教会育ちの神官で、異性との結婚すら許されていない私にとっては、理解の範疇を越えた途方もない話だ。
二人は、グランゼシア本土に渡り結婚するためにアラン君の仲間になった、と言った。動機が不純すぎる。
「……っ! そんな理由で仲間になるなんて――」
言いかけた私を、アラン君が止めた。
「別に、いいんじゃね?」
アラン君は、平然と言ってのけた。
「アラン……お前、俺達が気持ち悪くないのか?」
「アランさん……。僕達は、君を利用したのですよ? 僕達の幸せのために……!?」
ガストル君もミゲル君も、叱責される事を覚悟していたようだ。実際、私はしようとした。しかしアラン君は――。
「お前ら二人が恋人同士だと、何か冒険に支障が出るのか?」
「…………」
考えてみた。
特に、何も思い浮かばなかった。
「ないだろ? 俺は気にしない。つーかどうでもいい。たぶん明日になったら、この話自体、忘れてるかもな。ははっ」
「アラン、お前ってやつは……!」
「アランさん……。ご配慮、感謝致します……」
ガストル君とミゲル君は、手を取り合って涙を流していた。
「いやお前ら、何でそこで泣く必要がある!? 変な奴らだな」
アラン君は、涙のわけが本当に分かってないみたいだ。
私は、自らの偏見を恥じた。
私の世界は、未だ閉ざされた狭い教会の中にあったらしい。
アラン君の常識はすでにマルス王国領を越えて、グランゼシア本土を基準としているのに。
私も、意識を変えなくてはいけない。
アラン君の隣に、並び立つためには。
「ガストル君、ミゲル君。すみませんでした。これからは、堂々とイチャイチャして下さい。私も何も、気にしません」
「お、おう……。悪いな、セリン」
「そう、面と向かって言われると困りますけどね……」
その件以来、ガストル君とミゲル君は所かまわずイチャイチャするようになった。自然と、仲間内でガストル君とミゲル君、アラン君と私というペアが作られるようになった。
馬車での移動中は、ガストル君が御者を務め、その隣にミゲル君。荷台にはアラン君と私。宿では、ガストル君とミゲル君が同室で、アラン君と私が同室で……。
以前は、私だけ別の部屋だった。でも、アラン君が「お前ら、二人で部屋使っていいぞ」と言ったから、そうなった。「いいだろ、セリン? 俺と同室でも」、とアラン君が言ったから、私は頷くしかなかった。ここで、拒否の姿勢を示してしまえば、私がガストル君とミゲル君の仲を認めていない事になると思ったから。
その日以来、私は寝不足になった。
宿の壁は、たいてい薄かった。
夜、寝静まる頃に毎回、隣の部屋から声が漏れ聞こえてくるのだ。ガストル君か、あるいはミゲル君の声が……。
「いくぞミゲル、覚悟しろ」「ええガストル。もっと、もっと来てください」「おおおお」「ああああ」。
きしむベッドの音。二人はこんな夜中に、秘密の特訓でもしているのだろうか。でも聞こえてくる声は、普段の声とも、魔獣との戦闘時との声とも違う、甘やかで甲高い声だった。
その声を聴くと、なぜだか不思議と胸が疼き、下腹部が熱くなってくるのを感じた。やり場のない、悶々としたこの気持ちは何だろうか。
満足に眠れない日々を何日か過ごし、朝から晩までガストル君とミゲル君のイチャイチャに晒されている内に、私は、一つの考えに思い至った。
――私だけ教会の決まりに従っている必要はないのではないか、と。
元々、信心深い方ではない。たまたま、産まれてすぐに教会の前に捨てられただけで、自ら進んで入信したわけでもない。
教会から外に出た今、誰が見ているわけでもないし、私もガストル君とミゲル君のように自由に恋愛や結婚というのを考えてもいいのではないか。
脳裡には、アラン君の姿がはっきりと思い浮かぶ。最近は、いつも一緒にいるアラン君。元より、きっと好きだった。封印していたけど、五年前から好きだった、と思う。
その後も、何日は我慢していたけど、ある夜。
私はついに、気持ちを抑える事が出来なくなってしまった。
アラン君は、ベッドの中に入るといつも、何秒も立たない内に寝入っていた。そして朝まで起きる事はなかった。
私は自分のベッドを出て、寝ているアラン君の元に行った。
そして、キスをした。
この身を、アラン君に捧げる事には何の躊躇もない。
私はアラン君と結婚してしまったのだ。
教会では、結婚式がよく行われていた。夫婦の証としてテレミス様に誓い、キスをする。私は、テレミス様に誓ってアラン君と夫婦になってしまった。
ガストル君とミゲル君は、「魔王を倒す旅だが、俺達にとっては新婚旅行みたいなもんだな」とか言っていた。グランゼシア本土では、新婚旅行という風習があるらしい。
それなら、私とアラン君も新婚旅行だ。二組の新婚さんで色んな所に行って、結果、魔王を倒してグランゼシアを救う事が出来れば、最高の新婚旅行になるのではないか、なんて思ったりして、アラン君の腕にしがみついてみる。
アラン君は、「何だよ。暑苦しいだろ」なんて言って、私の腕を払いのけるけど、きっと照れ隠しだと思う。アラン君は、私と結婚した事はまだ知らないけど、グランゼシア本土に着いたら言おうと思う。一応、マルス王国領内では、私の事を知っている教会の神官に見つかる可能性もあるから。
私の一連の行動はたぶん、背信行為だろうなとは思ってた。でも、やってしまったのは仕方ない。私は、冒険の旅に出て色々な世界を知ったのだ。
ガストル君やミゲル君からは、恋愛とは、理性や制度によって止められるものではないと言う事を学んだ。
アラン君からは、細かい事は気にするな、という事を学んだ。アラン君は聖剣を家に忘れても平気な顔をしていたし、ガストル君とミゲル君の関係にも寛容だったし。
だから私も気にしない事にした。
一つ、懸念があったのは、聖光術が使えなくなるかもしれない、という事だ。
聖光術とは、テレミス様への信仰心によって、その力の一部を借り受ける事で使える術なのだ。テレミス教に背いた今、もう使えないじゃないか、と思ったが、普通に使えた。
そもそも、幼い事からいっぱい稽古してきたのだ。たかがこれぐらいで、聖光術が使えなくなるはずはないと思っていたし、テレミス様がこんな熱心に稽古している私を見捨てるはずがないと思っていた。
冒険の旅は続き、私はアラン君に毎晩キスをした。これだけ、毎晩キスしているのだ。おそらく私はすでに、妊娠しているだろう。
結婚した夫婦にはやがて子供ができる。自然にできるとは、さすがに思えない。であれば、どうやって子供はできるのか。考えた結果。答えは、キスだろう。それ以外、考えられない。
私のお腹には、アラン君との赤ちゃんがいるのだ。
――なのに。
メリルローズの町にて、激闘の果てに鉱山に巣くう魔獣を討伐した私達は、町を救った英雄として大層、持てはやされた。
その後も、アラン君の意向で、高ランク帯の魔獣を根こそぎ討伐していった。そして、アラン君の銅像が広場に作られるのを見届けて、町を出立する事となっていた。
出立の時間を決めたのは私だった。どうしてもアラン君の銅像を観たかったからだ。
アラン君は、「なんで自分の銅像なんて見なきゃいけねんだよ」とか言って興味なさそうだった。ガストル君は「ミゲルの銅像だったら、見てぇけどな」と言って、ミゲル君は「僕もですよ、ガストル」と言っていた。
銅像の除幕式は、正午に行われた。
私は、アラン君の銅像を拝むのが楽しみすぎて、みんなで朝食をとった後、すぐに中央広場にやってきて、最前列で待っていた。
徐々に人が集まり始め、正午を迎える頃には大勢の人だかりで広場はいっぱいになっていた。アラン君達とは、あまりの人の多さに合流出来なかったけど、きっとどこかで見ているのだろう、と思っていた。
大盛況のうちに銅像の除幕式は終わり、私は宿に帰った。
結局、アラン君達とは合流出来なかったけど、まあ、先に宿に帰っているものだと思っていた。
しかし。
宿には、アラン君もガストル君もミゲル君も、誰もいなかった。荷物もなかった。
宿にいた受付のおじさんに聞いたら、朝食を終えた後、勘定をして出て行ったとのことだった。
きっと、勘定をした後に、中央広場での除幕式に参加したのだろう。私とはすれ違いになってしまったのだ。であれば、ここで待っていれば、その内会えるだろう。と思っていた。
いつまで経っても、アラン君達は来なかった。
私は、待ち続けた。
次の日も私は、町中を探し回った。
足が棒になるまで、探し回った。
疲れ果て、気づけば中央広場のアラン君の銅像の元にいた。
台座の上のアラン君は、遠くを見据えていた。遥か彼方、グランゼシア本土。あるいはその先の魔大陸か。
その旅路に、私はいない。
ようやく悟った。
私は、捨てられたのだと。
全身から力が抜け、私は台座のふもとにへたり込んだ。




