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セリン

 私の名前はセリン。

 親から貰ったものは、たったそれだけ。

 私を包んであったおくるみに「セリン」と書いてあったらしい。

 私は、産まれてすぐに教会の前に捨てられたのだ。


 私を育ててくれたシスターは、とても厳しい人だった。

 物心ついた頃にはもう、聖光術の稽古が始まっていた。

 聖光術とは、私の所属している聖テレミス教会に伝わる癒しの魔術だ。

 聖テレミス教会とは、大昔に魔王を倒した七人の英雄の一人、光の聖剣に選ばれた、テレミス様が創設された教会であり、教会に所属する者は皆、テレミス教の信者だ。グランゼシア全土に支部があり、教会に所属する者は皆、聖光術の習得を目指さなくてはいけないのだ。

 本来、魔族の扱う魔瘴気による攻撃によって組織を汚された場合は、勇者の扱う聖闘気による回復術でないと完全には癒すことができない。

 しかし教会の神官は、偉大なるテレミス様への信仰心から、その力の一部を借り受ける事ができ、勇者の扱う聖闘気による回復術に似た、聖光術を使う事ができるのだ。

 聖光術は、魔瘴気に侵された組織を癒す事が可能であり、テレミス教会の神官は、魔族の脅威にさらされている今、グランゼシアになくてはならない存在なのだ。

 聖光術の稽古は、それはもう厳しいものだった。

 幼い頃は、毎日泣いていたと思う。

 なまじっか、私には才能があったから、聖光術の指導教官は私にだけ特別厳しかった。

 私だけ居残り稽古。私だけ怒鳴られて、私だけぶたれて、私だけ夕食抜きで……。

他の神官見習いの子達からは、私の特別待遇が気に入らないのか、嫌がらせを受けていた。家事を押し付けられたり、嫌みを言われたり。

 稽古も教会も嫌で逃げ出したい日々だったけど、私には逃げる場所なんてなかった。甘えさせてくれる家族なんていなかったし――。


 十歳の頃だったと思う。

 私は、シスターに頼まれて、町の繁華街まで買い出しに来ていた。週に一度の買い出しは、食糧や備品などで大量の荷物になるため、他の子達は嫌がっていたけど、私は好きだった。

 買い出しは、教会の敷地外に出られる数少ない機会なのだ。

 現実逃避。

 教会の外にいる間だけは、辛い現実から目を逸らす事ができたから。

 でもその日は買う物が少なくて、私の現実逃避はすぐに終わってしまった。

 帰ったらまた、日々の雑務に辛い稽古。

 私の足は、自然と教会とは反対方向――町の外れへと向かっていた。

 あてもなく歩いていると、一際、大きな屋敷にたどり着いた。周りに他の民家はなく、たぶん町の外れ。その先には城壁が見えていたけど、大きな屋敷の裏には広い庭があるようだった。

 そこから聞こえる、男の子の声と、若い女性の声。

 何かの稽古をしているようだ。

 私は気になって、のぞいて様子をみる事にした。幸い、屋敷には囲いとかは特になく、すんなりと裏庭まで行けた。そして私は、大きな木の陰に身を寄せた。


「かはっ! ……っ! ちくしょ、まだだ母さん! もう一本!」

「いいわねアラン。その意気よ!」


 泥だらけの姿に、両手で木刀を持って、打ち込みをしていく金髪の男の子。

 それを片手持ちで容易くいなしている銀髪の若い女性。

 どうやら二人は親子で、剣術の稽古をしているみたいだった。

 男の子は、私と同じぐらいの年だろう。アランと呼ばれた十歳ぐらいの男の子が、母親に挑んでは打ち負かされ、泥まみれ傷まみれにされていた。


「……っ!」


 あまりに激しい稽古。

 でも、目を背ける事ができなかった。

 男の子は、何度倒れてもその度に立ち上がって打ち込みにいったから。

 どうして……?

 ダメ!

 これ以上、やったら死んじゃうって!


「ほんと、よくやるよねお兄ちゃん。あんなにボロボロになってまでさ」

「ひゃっ!?」


 稽古に目が釘付けだったから気が付かなかった。不意に、私に声をかけてきた女の子。銀髪のボブにクリッとした碧眼の可愛らしい子だ。たぶん、この屋敷の子だろう。あちらで稽古しているお母さんとよく似ている。


「あ、あ……ご、ごめんなさい! 勝手に覗いちゃって!」

「全然いいいですよ」

「で、でも……」

「もっと近くで見てもいいですよ? ほら、こっち!」

「え……。ええっ!?」


 私は、銀髪ボブの女の子に手を引かれて、稽古をしている二人のすぐ近くまで連れていかれた。


「あらユニス。お友達連れてきたの? 珍しい」

「はい。さっきそこで会ったんです。稽古が気になるんだって」

「ふふっ、そっか。ゆっくりしていってね」

「え、あ……はい。ありがとう、ございます……」


 ユニスと呼ばれた女の子と一緒に、稽古を見学する事になってしまった。

 稽古は、私が見学していてもお構いなしに、より一層激しくなっていった。どれくらい経ったか、時間にしたら数分程度かもしれない。ついにアラン君が、立ち上がる事が出来なくなってしまった。気を失ったのだ。


「――今日の稽古はおしまいね」


 二人のお母さん――ナーシャさんが稽古の終了を告げる。

 私は、眼前で繰り広げられた壮絶な光景に、言葉を失っていた。


「さてと、次は私の番かな」

「え……あ、あなたもあのような稽古を……!?」

「うん、そうだよ」

「どうして!? こんな激しい稽古をしてては死んでしまいますよ!?」

「あー……。そう思うのも無理ないかもですね。でも大丈夫です。ほら、お母さんは回復術も得意ですしね」


 見ると、ナーシャさんが稽古で傷ついたアラン君に、回復魔術をかけていた。かなりの腕前だ。あっという間に、アラン君の傷が治っていく。

 ――それでも。

 確かに傷は治ったが、アラン君は明らかに重症だった。気絶もしていた。

 一歩間違えば、死んでいたかもしれない――。


「稽古でここまでするのなんて、常軌を逸しているよ!」

「うん、普通はそうだよね。でもね、私はともかく、お兄ちゃんは違うんだ。魔王を倒すって目標があるから」

「魔王を、倒す?」

「うん。魔王を倒すには、普通の稽古じゃダメなんだって。あなたの言う、常軌を逸した稽古じゃないとね」

「……っ!」

「私達は勇者の末裔だから、厳しい稽古は仕事みたいなものなんですよ。まあ、私は女だし、お兄ちゃんに付き合ってついでに稽古してるだけなんですけどね」

「ついでにって……」

「よかったらまた来てください。同年代の女の子ってこの辺、あまりいないからさ。今度はゆっくりお話ししたいな」

「あ、はい……。また、来ます……」

「ふふっ、楽しみ。じゃあね」

「はい……」


 そう言って、ユニスちゃんは稽古をしにいった。私は、裏庭を出て帰路につく。背中から、威勢の良い掛け声と、木剣同士がぶつかる甲高い音が響いていた。

 その日は、帰りが遅かったことでシスターに説教をくらい、午後からの聖光術の稽古は、より厳しいものとされた。

 しかし私は、こんなのは生ぬるい稽古だと思った。

 気絶するわけじゃないし、ちょっと疲労困憊になるだけだ。

 昨日までの私だったら、厳しい稽古に泣き言をもらしていたかもしれない。

 私の価値基準は、その日を境に変わったのだ。


 聖光術の稽古には毎日、限界近くまで魔力を振り絞って真剣に取り組んだ。

 挫けそうになった時には、目を閉じて思い浮かべた。

 泥だらけ傷だらけになりながら、木剣を持って立ち向かっていくアラン君の事を。

 そうしたら、自然と力が湧いて来た。

 アラン君の、がむしゃらに頑張る姿は、いつしか私の希望になっていたのだ。

 時々、ナーシャさん達の屋敷に行った。稽古を見せてもらったり、ユニスちゃんとお話ししたり、お茶を入れてもらったり。

 稽古で傷ついた、アラン君の傷を治させてもらった事もあった。

 激しく傷ついたアラン君は、私の聖光術では一発では治しきれなかった。これほど悔しかった事は今までなかった。

 私にも、明確な目標ができた。

 いずれは旅立ってしまうアラン君。

 その時にはすでに、教会の神官が一人同行する事はうわさになっていた。

 アラン君はきっと無茶な戦い方をして、いっぱい傷つくだろう。

 その傷を癒すのは、私でありたい。

 私が全快してあげたい。

 教会の前に捨てられて惰性で生きていた私にとって、アラン君と一緒に旅立つ事はいつしか生きる目標になっていた。

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