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ベルゼス・ベルガザードVSナーシャ・グランフォース

 黒い霧が晴れ、気づいた時には、ベルゼスは開けた草原地帯に立っていた。


「ここは……マルス王国領で間違いないのか?」

「んー、そうやと思うよー。ほら、向こうに薄っすら見えてるやつ。あれたぶん王城。王都の城壁も見えるね」


 バストロニーが指さした方を見ると、確かに王城が見えた。


「大したものだな。お前の魔剣の力は」

「へへーん。褒めたって何も出ないよーん」


 ベルゼスは、さっそく王都へ向けて歩き出した。

 ここからではまだ、薄っすら城壁が確認できる程度だ。歩いて行くとすれば数時間はかかるだろう。


「いやー、マルス王国領に来るの何百年ぶりかなー。色々変わってんのかなー」

「そうか」


 バストロニーが、無駄口をたたきながら付いてくる。


「前来た時に食べた、堅焼きプディングはうまかったなー。あの店まだあるといいけどなー」

「…………」

「マルス王国領って、二ビルガルドの反対側やん? うちからしたらちょっと暑すぎなんよねー」

「……おい、バストロニー」

「ん? どしたん?」

「落ち合い場所を決めよう。終わったら、そこまで戻ってくる」

「えー。うちも一緒に行くつもりやってんけど!?」

「そうか。お前は戦いは苦手だと聞いたが、俺の邪魔だけはしてくれるなよ。巻添えになっても知らんからな」

「ふぁっ!? ベルゼーちゃん、戦いしに行くん?」

「いや、違う。一方的な蹂躙だ。王都を、丸ごと全部滅ぼしてやる」

「え、そうなん!? うちはてっきり観光に行くもんやと思ってんけど」

「……なわけねえだろうが」


 ベルゼスは失念していた。そういえば、バストロニーに目的を言っていなかった。


「俺の配下が、マルス王国の王都に勇者の子孫が住んでいるのを突き止めた。どいつかは知らねえが、手当たり次第にぶっ殺してやればそのうち出てくるだろうよ」

「あ、そう。仕事熱心なことで。そんじゃ、堅焼きプディングは諦めるかー。あーあ、楽しみにしてたのになー」

「悪いな。食用に何匹か人間を持ってきてやるから我慢しろ」

「うちは基本、ベジタリアンやから」

「そうか」

「うちはこの辺で待ってるよー。てかさ、いったい王都に何人住んでると思ってるわけ? 何万とかよ? めっちゃ時間かかるやん。うち、そんなに待ちたくないんやけどー。暇すぎよー」

「安心しろ。勇者の子孫がまだ十代のガキだという事は分かっている。まずはガキ中心に殺しまくってよ、勇者の子孫をあぶりだしてやる。で、そいつを殺した後は、適当に暴れて王都を半壊させてやる。時間はそう、かからん」

「ほーん。ならいいけど」

「それは聞き捨てなりませんね」

「ああん?」

「ふぁっ!?」


 不意に後ろから聞こえた声。女の声だ。バストロニーとは違う。ベルゼスが振りむいた瞬間、


「はああっ!」


 顔面を撃ち抜かれ、ベルゼスは地面に勢いよく転がり落ちた。

 女は、隣にいたバストロニーに標的を定める。


「ちょっ、やばっ」


 バストロニーは黒い翼をはためかせて宙へ緊急離脱。女は地面を踏み締め、追撃の態勢だ。


「うち戦闘は苦手なんよ! ベルゼーちゃん後は任せたー!」

「逃しません!」


 バストロニーが、魔鞭ナードラッドを振り回し、黒い霧に包まれる。


「そ、そんじゃまた後で! 『瞬転移!』」


 バストロニーが姿を消し、黒い霧が霧散した。


「一人逃しましたか……。あれは、ほうっておいてもいいでしょう」


 不意にやってきて、ベルゼスを殴り倒した女――ナーシャ・グランフォースは、未だ、地面に倒れ伏しているベルゼスに近寄り、その頭を踏みつけた。


「がはっ……!」


 何度も踏みつけた。白銀のオーラを纏った足で。


「どこの魔族か知らないけどね、あなたは子供を……私の子供を殺すって言った! 絶対に、許さないっ!」


 何度も何度も踏みつけ、その度に、地面が割れる。大地が陥没し、クレーターの底にベルゼスが埋まっていく。


「あなたは、名のある魔族なのでしょう! 遠くからでもその禍々しい気は、私には分かりましたわ! 絶対、王都へは、行かせません! 私の、子供達には、指一本、触れさせません!」


 言いながら、ナーシャがベルゼスを踏みつける。踏みつける度に大地が割れ、より巨大なクレーターが形成されていく。


「母として、勇者の末裔として――あなたにはここで、死んでもらいます――」


 ナーシャが右手に、聖闘気を集中させた。白銀のオーラが膨張し、一気に収束する。

 白銀色に発光する拳が振り上げられ――。


「アルテア流聖体術――『ホーリネスインパクトッ!』」


 ベルゼスに向かって、振り下ろされた。

 響く、爆音。

 爆ぜる、大地。

 まるで、局地的な大震災が起きたかのように、大地が壊れた。

 ナーシャが、クレーターの底から退避する。


「――手ごたえはあったけど……」


 クレーターの底から、魔瘴気が溢れ出す。


「…………か……完、全……顕現…………。魔爪、フェンリル……ッ!」


 魔瘴気がいっそう溢れ出し、クレーターの底から白銀の体毛に身を包んだ、巨大な銀狼が顕現した。


「グオオオオォン……! 殺す。ころすころす、コロスコロスコロスコロス……。貴様っ、許さんぞおおおおぉ……!」


 十魔剣将第八席、ベルゼス・ベルガザート。魔爪フェンリルに選ばれし者。

 魔大陸北方にある霊山の守り神である銀狼フェンリル。

 魔剣とは、生物を加工した武具であり、加工元の生物の能力を秘めた武具である。

 十魔剣将はそれぞれ、幻獣や神獣などを加工した魔剣を所持しており、魔剣の力を最大限に引き出す――すなわち完全顕現させる事で、加工元の生物を身に宿す事ができるのだ。

 元々の身体能力に、神獣の力が融合される魔剣の完全顕現。

 十魔剣将が、魔族の最高戦力と言われる所以である。

 ――しかし。


「ハアァ、ハアァ、ハアァ……。やってくれたな、この女……っ!」


 魔爪フェンリルを完全顕現させ、神獣フェンリルをその身に宿したベルゼスは、見るも無残な姿だった。額の角は半ばから折れ、白銀の体毛は血みどろに濡れている。

 ナーシャの、理不尽なまでの圧倒的な不意打ちラッシュにより、ベルゼスはすでに致命的なダメージを負っていたのだ。


「これほどの力を秘めた魔族だったとは……。不意打ちをして正解でしたわね。聖剣が欲しい所ですが、仕方ありません。お買い物の途中でしたからね……」

「ガアアアアァ……! 八つ裂きにして嚙み殺すっ!」

「では私は、殴り殺して再び地面に埋めて差し上げましょうか」


 ナーシャとベルゼスの戦いが、切って落とされた。


※ ※ ※ ※ ※


 二人の戦闘を、遥か上空から見下ろすバストロニー。


「うへぇ……。あの女、強すぎっしょ。引くわー。ベルゼーちゃんは、勇者の子孫は十代の子供って言ってたけど、どう考えてもあの女でしょ。勇者の子孫って」


 黒い、鳥類を思わせる翼をはためかせ、空中でホバリングしている。


「瀕死の状態からとはいえ、完全顕現したベルゼーちゃんがボッコボコにされてるやん。ベルゼーちゃんの攻撃は全く当たってないし……」


 ナーシャが、ベルゼスを一方的に殴り、蹴る展開が続いている。

 魔爪フェンリルを完全顕現させ、神獣フェンリルをその身に宿したベルゼスの体躯は、家屋一個分程の巨体だ。前足だけでもナーシャの背丈を優に超えている。その前足を、ナーシャはつかみ取り、ぶんぶん振り回して、地面に叩きつけている。


「が、頑張れー、ベルゼーちゃーん……。あかん。これ、負け確イベントやん。――うわっ、ベルゼーちゃんの後ろ足折れてるやん……。あ、左目も逝った……。うへっ、内臓に重い一発。血反吐ヤバっ……」


 バストロニーは逡巡する。

 このまま見届けるべきか、もう帰るべきか、それとも手助けするべきか。


「うちは戦闘苦手やし、役に立つとは思えんけどなー。でもこのまま見捨てるのもなー」


 この調子だと、間もなくベルゼスは絶命するだろう。


「一応、往復分の金貨貰ってるしなー……」


 地上ではベルゼスが――おそらく最後の一撃だろう。残された僅かな生命の灯火を、全て使いはたすかのような大技を繰り出そうとしている。


「……あちゃあー。当たるわけないやんそんなん」


 大技は躱され、その隙を突かれて、ジ・エンド。


「ああ。ご愁傷様です、ベルゼーちゃん。ここまできたら、うちにできる事はもうない、かなー……。いや、あるかも」


 ナーシャはおそらく勝利を確信している。

 その、気の緩みをつけるのではないか。

 バストロニーは、動いた。

 地上では正に、ベルゼスが大技を繰り出そうとしていた。


「……っ! 死ねえぇ! 『神速氷結魔爪っ!』」


 氷を纏った爪による、神速の一撃。

 しかし、後ろ足はすでに折れており、神速とは名ばかりの鈍足の一撃。


「そんな見え見えの攻撃、当たりませんっ!」


 ナーシャが余裕を持って躱そうとした時、


「キタこれっ! 『瞬転移!』」


 ナーシャの目の前から、ベルゼスが消えた。


「なっ!? どこっ!?」


 目の前に、はらりと落ちる黒い羽根。黒い霧の残滓。

 ナーシャがベルゼスを探し、振り向いた直後。


「……っ!?」


 ナーシャの胸には、氷結の魔爪が突き刺ささっていた。


「かはっ……!」


 血反吐を吐く、ナーシャ。


「うぇーい! 成功成功っ!」


 空中で、自分の作戦がうまくいき、小躍りするバストロニー。


「よくやった、バストロニーッ!」


 バストロニーが手助けをしてくれたことを瞬時に察したベルゼスは、そのままナーシャの胸を貫かんと、氷結の魔爪に力をこめる。


「ちっ……。一生の不覚……ですわね……。ですが……このまま死んでしまうわけにはいきません! あなただけは、ここで仕留めます!」


 押し込んでいた魔爪が、ナーシャの胸から引き抜かれた。ナーシャは、ベルゼスの右前足を逃げられないように左腕で固定する。


「き、貴様っ! 離せっ!」


 右手に聖闘気を、限界まで集中させた。

 右手が眩く発光し、スパークする。


「アルテア流聖体術奥義、『アルテミット、インパクトッ!』」


 ベルゼスの顔面を、フルスイングで撃ち抜く。把持していたベルゼスの右前足が千切れ、血しぶきを挙げながらベルゼスは彼方に吹っ飛んだ。


「……やった…………でしょうか…………」


 ベルゼスの行く末を見届け、ナーシャは宙にいるバストロニーに目を向けた。


「……あなたは……どうするの……?」

「えーっと。いやー……。う、うちは勇者の子孫とか興味ないかんねー」

「……そう」

「ばいばーい」


 そう言って、バストロニーはベルゼスが殴り飛ばされた方へ飛び去っていた。


「ふうぅ…。少し、疲れました、ね。……ああ、そういえば、お買い物の途中でした。明日は、アランが旅立つ大事な日……。少し、休んでから……戻ると、しましょうか…………」


 そう言い残し、ナーシャ・グランフォースは倒れ、間もなく事切れた。

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