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ベルゼス・ベルガザード

 魔大陸ニビルガルド。

 グランゼシアの大地より海を隔てた北方に位置する、魔族の住まう地にて――。


「……はあぁ、はあぁ、はあぁ……。クソがっ、あの女……っ!」


 浅黒い肌に、淡いブルーのみだれ髪。額に生えた角は半ばから折れており、全身におびただしい傷を負っている。

 十魔剣将第八席、ベルゼス・ベルガザードは、九死に一生を得た事で自分が任務に失敗したことを悟った。

 かねてより魔王から、グランゼシア各地に現存している、かつて古代の魔王を討ち滅ぼした勇者と呼ばれる英雄の子孫を根絶やしにしろ、との命令を受けていた。

 現魔王は、勇者に対して深い憎しみを持っているらしい。

 他の十魔剣将達が、グランゼシア本土の各地域を割り当たられたのに対し、ベルゼスには南方の小大陸――マルス王国領の担当と言い渡された。

 魔大陸ニビルガルドより遥か彼方の南方、地図上で確認できる一番南の端の小大陸だ。大いに不満はあったが、十魔剣将は実力至上主義。序列下位のベルゼスには、発言権はないに等しかった。

 とは言っても、魔王配下の最高戦力である十魔剣将の一角であるベルザス自身が直接赴く事などなく、配下の魔族に捜索を当たらせていた。小大陸と言えど、決して捜索は楽ではない。町や村は数多く点在しているし、人族の数だって何十万人といるであろう。

 勇者の子孫の捜索を命じられて、十年か二十年か経った頃だったか。

 配下の者が、勇者の子孫がどうやらマルス王国の王都に住んでいるらしいとの情報をもたらした。しかも、まだ十代の子供であるとの事だ。

 ベルゼスは、配下の魔族に命じる。


「殺せ」


 しかし、勇者の子孫抹殺の吉報は、何か月経っても届かなかった。マルス王国と、魔大陸にある自らの居城とは情報の伝達にも時間がかかる。飛行能力を持つ使い魔を使っても数か月は必要だ。

 ベルゼスは短気だ。

 おそらく、配下の魔族が返り討ちにあったのだろうと、検討をつける。


「やってくれたな、勇者の子孫。都ごと滅ぼしてやろうか」


 勇者がどいつかは分からない。解っているのは、王都に住んでいるとのことだけ。であれば、王都に壊滅的な打撃を与えればその内名乗り出てくるだろう。

 ベルゼスは、短期で短絡だった。

 よって、自らがマルス王国へと赴くことを決心した。

 配下の軍隊を率いて、侵攻するつもりはなかった。軍隊を率いるのであれば、距離が距離なだけに、大遠征になる。準備も時間も費用も莫大なコストがかかる。

 待っていられない。

 所詮は、グランゼシアの端の小国。

 十魔剣将の一角である、俺一人いれば十分だろう。

 一人きりであれば、一瞬で移動する手立てがあったのだ。


 魔王城近郊にある鬱蒼とした森の中、その開けた一角にポツンと立っている屋敷の前にベルゼスは降り立った。ここまで運ばせた配下の飛行魔獣が、飛び去って行く。


「邪魔するぞ。いるか、バストロニーッ!」


 屋敷の主は、十魔剣将第九席、バストロニー・バトロスだ。

 屋敷のドアを乱暴に開け、ずかずかと入っていく。


「ちっ、いねえのか?」


 屋敷の中は、静寂に包まれていた。


「――痛っ!」


 奥の部屋から、ドスン、という衝撃音と共に声が聴こえた。


「ふん。返事ぐらいしろ」


 ベルゼスは、音の聞こえた部屋へと赴いた。


「――うるさいなー、気持ちよく寝てたのにー。なんなんよー?」


 先ほどの衝撃音は、ベッドから落ちた音だ。ベッドサイドには、身を起こし、頭を抱えているバストロニーがいた。頭を打ったのだろう。

 肩まで伸びた真っ白なソバージュに、トロンとした眼。小型な身体に不釣り合いな、大きな黒い翼を持っている。


「久しいな、バストロニー」

「んあ? 誰だっけ?」

「……っ! ベルゼスだ! 思い出せ!」

「……ああ。おお! おひさー。百年ぶりぐらいかー?」

「十年ぶりだろ」

「そうやっけー? まあ、いいや。んで、なんなんよ?」

「お前に一つ、頼みたいことがある」


 居間へと移動し、話を続ける。


「お前の能力で、グランゼシア南方の小大陸へ早急に移動したい。できるか?」

「できるよー。グランゼシア南方の小大陸ってと、マルス王国領だっけか? 行ったことあるかんねー。うちの魔剣――魔鞭ナードラッドの力で行けるよー」


 十魔剣将とは、魔剣と呼ばれる武具に選ばれた者である。

 それぞれが、絶大な力を持った魔剣と戦闘能力を所持し、領土や配下を大勢持っているが、バストロニーは違う。戦闘は苦手、領土はなし。配下はいるが、ごく少数だ。

 バストロニーが、十魔剣将に名を連ねている理由。それは、彼女が所持している魔剣――魔鞭ナードラッドが、彼女にしか適正を許さず、彼女にしか扱えないからだ。

 ナードラッド――魔大陸に巣くうと言われている、幻の巨大ネズミである。その能力は、空間転移。魔鞭ナードラッドとは、幻獣ナードラッドを加工した鞭であり、空間転移の能力を有している。


「さすがだな。伊達に年は食ってないか」

「まあねー。うち、千年ぐらい生きてるかんねー。グランゼシアにも大体、行った事あるよー」


 バストロニーは魔鞭ナードラッドの能力で、一度行った事のある場所には、空間転移できるのだ。


「でもさー、マルス王国って、遠すぎよー? 魔瘴気もがっつり持ってかれるし。そこんこと、分かってんのー?」

「ああ。対価の事なら問題ない」


 ベルゼスは、持ってきた麻袋を目の前の机にズシリと置いた。

 中には、多量の金貨が入っていた。


「大金貨で百枚ある。行きと帰りの分だ。これでどうだ?」

「分かってんねー。ベルゼーちゃん」


 大金貨が百枚もあれば、魔大陸では豪勢な屋敷が建つ。


「そんで、いつ行くん?」

「早ければ早い方がいい」

「りょ。うちは今からでも行けるよー」

「ふっ。話が早い」

 

 屋敷の外に出た。遅れてやって来たバストロニーの手には、魔鞭ナードラッドが握られている。巨大ネズミであるナードラッドの脊柱をそのまま鞭にしたかのような、禍々しい鞭だ。


「そんじゃさっそく――」


 バストロニーが、魔鞭ナードラッドを手にして頭上で振り回す。魔瘴気を帯びた魔鞭が大きな円を描き、やがて二人の周囲を包むような軌道になり、黒い霧状の魔瘴気が時空を歪めた。

 そして――。


「『空間転移――マルス王国領へ』」


 黒い霧が晴れ、気づいた時には、ベルゼスは開けた草原地帯に立っていた。

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