種植えと支える棒を
視点がよく変わるのは許して下さい。
「サラン、振った時の体の感覚を覚えなさい」
「はい!」
街の隅に木の棒を振る子供と老人の姿がある。一回一回振るたびに老人が少しずつ手を加えていく。小さな弟子は真剣な顔で言われた事を一生懸命に頭で反復して、木の棒を振る。
「いいよサラン。上手くなってきた」
「本当!」
「あぁ、けど少し疲れたようだね。少し休んでから再開しよう」
「まだ大丈夫だよ?」
「ははは!サラン、騎士になるには休みも上手にならないといけないよ。人を護るにはまずは自身を守らないとね?」
「……うん、わかった!」
老人は少し疲れたのかストレッチをすると子供も一緒に真似を始めた。髪色や顔立ちは似ても似つかないが、その姿は家族にしか見えなかった。
「レモネードでも作ろうか」
「わぁ!私それ好き!」
一緒にレモンを切り、蜂蜜を少し多めに入れ水を注ぐ。爽やかな酸味と甘みが体に染み込む。ゆっくりした事で、子供はうとうとし始めた。
「やっぱり疲れていたか」
暫く老人が見ているとすっかり子供は寝てしまった。空いた窓から入り込む自然の合唱を聴きながら優しく子供の頭を撫でた。
三ヶ月も経過すると木の葉が枯れ落ち、衣替えの季節となった。相変わらず子供はシンプルな服装だったが、肩まで髪が伸びて少女に見える。朝から外を走ってきた少女がストレッチを終えて家に戻ると、老人が料理を作り終えて椅子に座っていた。
「ただいまおじいちゃん!」
「おかえりなさいサラン」
「わぁ……!美味しそう!」
「手を洗ってきたら食べようか」
「うん!」
食事が始まると老人は考えるような素振りを見せ、いつもより食の進みが遅かった。
「どうしたの?」
何処か心配そうな顔を浮かべる少女の姿を見て笑顔を見せると真剣な面持ちになった。
「サラン、君はどんな騎士になりたいのかい?」
穏やかな朝食の時間、何気なく問われた質問に少女は考えた。既に老人と出会ってから少なくない時間を共に過ごした。最初に話したなりたい騎士の事は今でも少女は覚えている。
しかし、それは騎士の仕事の事を話しており、「なりたい騎士」とは少し違う。老人が聴きたいのは『騎士としての在り方』と少女は考えた。
恐らく7歳にも満たない少女に問うには難しい質問だと老人は自覚していた。しかし、今の、未来の少女の道を誤らない為に『今』必要だった。
そこからは静かな食事が続いた。老人は少女を導く訳でもなくただ静かに待っていた。
長い時間が過ぎたのだろうか?もしくはまだ時間はそこまで経っていないのだろうか。食事が終わった円卓に二人はまだ座っていた。
「おじいちゃん」
深く考え俯いていた少女が老人を見つめた。老人は問い返す訳でもなく待っていた。
「私『人を愛せる騎士』になりたい。
……スラムに住んでた時、お母さんやお父さんは居なかったけど、他の子の両親が余ったパンや野菜を虫と交換してくれた事がよくあったの。
美味しくもない虫くらいしか捕まえられない私に「偶然余ったから」って。
その時は言葉の通りにしか分からなかったけど。おじいちゃんと勉強してあの人達が私のために分けてくれたんだって。……わかった。
病気の子供を助ける為に皆んなでお金を稼いだりした事もある。
…でも、そんな優しい人達はスラム以外の人たちに愛されてない。勿論、相応の理由がある事も教えて貰ったよ?でも、それが人に愛されない理由のままにしたくない。スラム街に住む人たち全員を救う方法はわからない。直ぐに解決する問題かもわからない。だからこそ私だけはあの人達を愛する騎士で有りたい。おじいちゃんが教えてくれたんだもん。愛されるって素敵な事だって」
「それがサランがなりたい騎士かい?」
「うん。『人を愛せる騎士』が私のなりたい騎士」
老人は少女の言葉を大切に……大切に心に保管するように目を瞑った。
「ダメ……かな?」
何処か不安なのだろう。少女の年頃で決意するにはまだ難しい在り方は、彼女自身もまだ理解を完全にはしていない。長い経験を経てやっとそれが正しいか正しくないのか。あるいはそれ以外なのか知ることができる。まだ幼い少女には不安で仕方ないのだろう。だからこそーーー
「それがサランが心から想う騎士なんだね?」
「………うん」
「なら、それがいい」
少女の不安な糸を丁寧に解く様に老人は微笑む。
「ダメかどうかは、今考える事ではない。それは十年、二十年、何十年後にしか知る事はできない事だからだ。
サランの騎士としての在り方が正しかったのかはその時のサランにしかわからない。
例え神様だろうとわかる事はできない。それはサランの考え次第で常に変化するからね。
………だからね、サラン。好きなだけその道を歩みなさい。
悩む事はあるかもしれない。でも、進む事を恐れないで。止まってもいい。下がってもいい。頼ってもいい。なんなら途中で別の道に変えてもいい。
サランが満足するまで進んだ道の終わりにきっと答えはある筈だよ。その時まで道が駄目か駄目じゃないかの判断は後回しにしなさい」
いつの間にか日が窓から差し込み始めた。食器の汚れも乾き、耳を澄ませると街の喧騒も聴こえてくる。
「私はサランが道を進むことを応援する。それが間違いと思えても明らかに道を踏み外していない限り応援している。サラン、悩んだ時には思い出して欲しい。いつも君が道を進む事を応援している人がいる事を」
その日、『慈愛の騎士』と呼ばれる騎士が生まれた。