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花に愛の水を  作者: 山芋
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未来の種を拾おう


 小鳥が騒ぎ始めた早朝。冷たく心地よい風が長閑な街を駆け回り始めた。薄暗い中、商人たちは生業を始める準備に精を出し、農民たちは朝露に濡れた野菜や小麦のお世話をしている。


 そんな民を守るために軽鎧を身に付け、剣を携えた兵士が街を見守っている。変わらない日々の光景であるが、人の息吹を確かに感じる光景が広がっていた。


 そんな小さな街には街が一望できる丘が街の外れにあった。その丘上には街が生まれた時から生えている大樹が静かに佇んでいる。


 大樹の大地から溢れ出した根に腰掛ける老人がいた。麻でできたコートに身を包み、長い時間動かずに街を眺める姿は彫刻のように錯覚する。一見萎れた老木に見えるが、杖代わりに剣で体を支え、凛とした姿勢は強い生気を漂わせる。


「おや?」


 そんな老人が日が上り街から喧騒が聞こえ始めた頃、初めて声を発した。視線の先を辿ると木の根からニョキっと生えた子供の顔が見えた。


「……………」


「……………」


 警戒心と隠しきれない輝く目は老人に絶えなく注がれていた。よく観察すると子供の容姿は汚れていた。髪の毛は脂で鈍く光っており、微かに見える洋服は擦り切れている。遠くからでも匂う悪臭は子供がスラム街の子だと伝えてくる。


 老人は何も言うことはなく、一分、五分と時間が只々過ぎていく。時間と共に少しずつ大きく揺れていく子供の姿はどこか可愛らしく可笑しかった。


「ふふ」


 思わず溢れた。そんな老人に反応して、何処か期待するような熱い眼差しを感じた。


(あぁ、これは失礼な事をした)


「一体どうしたのかい?」


「………おじい!…ちゃん………剣を…使える、の?」


 話しかけられる事を待っていたのだろう。ヨシを言われた犬のように勢いよく立ち上がった。しかし、思い出した様に萎れていった。


「実はこの剣、竜を斬った剣なんじゃ」


「えっ!?嘘!」


「嘘じゃ」


「え!?…………あっ」


「近くに来なさい」


「……でも」


「私は気にせんよ」


 怒りと恥ずかしさで顔を膨らませて俯いてはいるが、ソワソワと近付いてくる姿は喜びを隠せていない。


「名前はあるのかい?」


「サラ……ン?多分、サラン」


「いい名前だね。この街に咲く綺麗な花の名前じゃ」


「花の?」


「そうだよ。ほれ、この花じゃ」


 そう言って、根元に密かに咲いていた『サラン』の花を一本だけ採り、子供に見せた。


「綺麗……!」


「それでサランは私に何用かな?」


「……私ね!将来、騎士様になりたいの!」


 そう言って一生懸命に話す姿と伝わってくる夢は、大きな希望で溢れていた。


「ーーーなるほど。スラムの子だからと見学できなかったのか……」


「そうなの……別に反乱なんて起こさないのに!」


 そう言ってプスプス怒っている姿は怖いよりも愛おしい姿に感じる。


(この子は何処か違うのぉ)


 スラム街に住む者は嫌われている。この国では差別は減らそうと国王を中心に努力されている。しかし、人は自分より下の者を無意識に差別してしまう。これは抗い難い人故の考えだ。老人となり、理解していても私も完全には無くせていない。


 この子には申し訳ないが、その理由ははっきりしている。将来このままだとこの子は気付くだろう。その時、気付いたところで手遅れだとも。


(こんな老人になって何もせず、残せなかった。そんな時に来たサランは奇跡だろう)


「それに将来騎士様になるんだから、他の子たちのように盗みとか犯罪してないもん!」


「おぉ、偉いのぉ」


「でしょ!ふふん!」


「それで剣を教えて欲しいと?」


「……うん!強くないと人を守れないの!」


「そうかそうか」


「それで……おじいちゃん…ダメ、かな?」


 老人はニコニコしながら子供の頭を撫でた。髪はベタベタしており、もしかしたら病気の原因になるかもしれない。しかし、老人はそんな事を気にせずに撫で続けた。


 最初は困惑していた子供も、気持ち良かったのか押し付けるように撫でられている。光に当てられて、この子供の汚れよりこびり付き、今まで消えなかった暗闇が突然現れたこの子によって綺麗になった。


 老人が手を離すと子供は名残惜しそうに手を見つめたが、その手が汚れているのを見ると申し訳なさそうに縮こまった。


 老人はしばらくその手を見つめていたが、剣を腰に掛けて立ち上がった。


「サランに両親は居るのかい?」


「大人の男と、女の人のこと?他の子達のりょう、しん?は会った事あるけど私は居ないよ!」


「そうかい。すまなかったな」


「?私、怒ってないよ?」


 両親の言葉の意味も知らないのだろう。いることの大切さも。心底不思議そうな子供の頭を再び撫でた。


「あ………おじいちゃん、手。汚れるよ?」


「何、どんどん綺麗になっていくわ。ほら」


「汚いよ〜」


「そうかい?見えなかったか」


「また騙そうとしてるな〜!」


「嘘はついてないぞ?」


「本当?」


「嘘」


「むぅう!!」


「ははは」


 怒ってはいるが嬉しそうな子供を見て老人は言った。



「サラン、私の子になりなさい」


 












 無難に生きるが行き詰まってるのでこれ描いてます。あと数話で終わる予定です。

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