お母様がやってくる
「はぁー」
シリシアンがため息の海で溺れている。
これが今夜棺から起き上がってから、何百回目かのため息になる。
リアムは暇なあまりそれをずっと数えていたが、468回辺りで飽きがきて止めてしまう。
シリシアンは、ずっと浮かない顔で長椅子の上でゴロゴロしている。
ぼんやり横になったり、本を読んだり(たぶん読んでない)お茶を入れたり、飲まずに捨てたり(意味がわからない)。
いつもなら、夜の散歩に出る時刻なのに、今夜は出かける気配がない。
食事の時間も、上の空でまったく料理には手を出さなかった。
食事といえば、吸血鬼である。
当然、毎夜、人の生き血を求め飛び回り、適当な人を捕まえては貪り吸うのではないか?
とリアムは思っていたのだけれど、どうも、シリシアンはそうではないらしいのだ。
それどころか、いまだかつて吸血を一度もしたことがないというから驚く。
故に栄養素を、人のように食事と多めの鉄分で補っていた。
「リアム……」
「はい、何でしょう」
リアムは他の執事達のように、扉の前でずっと立って待機しているわけではない。
今は、フカフカの絨毯の上に座って、レース編みを楽しんでいるところだ。
「それ、なに?」
「はい?」
「何してるの?」
「ああ、これはレース編みっていって、この細い糸を編んでいくと、面白い形や模様が作れるってやつですね、お洋服の襟元や袖口につけたりします」
「ふーん。僕にも出来る?」
「そうですね……目が元気なら」
シリシアンがリアムの隣に来て胡座をかいた。
「これはカギ針です、これをこうやってこうすると一目が出来上がります。これをずっと永遠に繰り返します」
もちろん、柄を作るなら図案を書いてその通りにしなければならないが、やっているうちすぐに飽きるだろうと考え、適当に教える。
「へぇ、面白い……」
シリシアンは意外にも手先が器用なのか、レース編みがとても上手かった。
「母上がいらっしゃるんだ」
黙々とレースを編んでいたシリシアンが唐突にそう言った。
「お母上様が?」
「うん、明日の夜更けに」
「それで、ご用意するものは……」
あ、もしや人?
吸血鬼をもてなすなら、やはりそれか。
何人くらい必要なんだろうか?
アフタヌーンティーなら。
「生き血のご用意を?」
「え?!」
何言ってるのこの人は、ってくらい驚いた顔をされ全力で引かれる。
「そんなものはいらないよっ!」
そんなもの?
吸血鬼の大事な栄養素では?
変わっているなシリシアン様は。
リアムは口を尖らせ、心外という表情になる。