紫陽花の下には愛情が埋まっている。
誰もいない家で、ふと窓の外を見れば、灰色しかない世界に、ぽっかりと空色が浮かんでいた。ゆらりゆらりと、雨に少し揺られながら、それでも気丈に咲いている。
綺麗だ……と何度でも思う。
日めくりカレンダーを見て、今年もやっときたか、と頬が緩んだ。タオルを用意して、勝手口から庭に出る。
湿った土の匂いが、鼻を抜けて、胸に落ちた。
根元の土を優しく撫でた後、一つ一つ、丁寧に、花だけを切り取っては、優しくカゴに入れる。灰色のくせに、妙に艶めかしいハサミは、少し目障りで。大きいのから小さいのまで、全てを切り終えて、家の中に戻る。
真っ白だったはずのシャツが、灰色になっていた。案外濡れていたらしい。わからないものだな、と鏡に映る自分を見た。彼女がよく撫でてくれた黒髪は湿気でうねってふくらみ、好きだといってくれた瞳は、今日だけ、カゴの中の花と同じ色をしていた。
「……ハハッ」
どうして出たのかすらわからない乾いた笑いもタオルと共に洗濯機に放り投げ、キッチンへ向かう。花を洗っていると、手についていた泥も流れていってしまった。……名残惜しい。
小さな戸棚から片割れのカトラリーと皿を取り出した。キッチンペーパーで軽く水を拭き取って、綺麗に盛り付けたら、広いテーブルの上にそっと置いて。
「……いただきます」
紫陽花の食感は、あまり良くない。
が、ゆっくりと咀嚼して。全て胃に閉じ込める。コレは彼女だから、彼女に逢うために、今年もコレを喰らった。ただ、それだけの話。そうして三十分は窓辺でぼぅっと、葉だけとなった紫陽花と雨を眺める。
「……うっ、ぐぅ……ヒュッ」
あの時のように、胸が詰まって、一気に不快感が上ってくる。咳をするように吐きかけて、抗うように、首を絞めた。いつも通り収まった。
今度は恋を自覚した時のように頬が熱くなって、くらりと視界が歪む。
抱え続けなければならない長い苦しみと、束の間の逢瀬。
目の前に彼女がいるような気がして、手を伸ばした。
「相変わらず、だな。水無子」
老婆のように白くて長い髪、空と同じ、灰色の瞳。薄緑のワンピースに包んだ体は、折れそうなほど細くて。思わず呟けば、彼女の色を失った唇が、ゆるりと弧を描く。
『私、来世は紫陽花になりたいの』
そして、生前と同じことを言うのだ。
……いつ紫陽花になるかわかった時、たくさんの買い物をした。二組の片道切符。誰も知らないような田舎の丘の、小さな家。必要最低限のライフラインと家具。大きなスコップと、紫陽花の苗。
いつのまにか冷たい床に倒れていて。力の入らない体を無理やり起き上がらせれば、キッチンには、水色の紫陽花がまだ、いてくれている。
「ああ、枯れる前には、全部食べなきゃな」
置いて逝かれてたまるか。俺は紫陽花になれないのに。
水色の紫陽花の花言葉___「辛抱強い愛情」