プロローグ-出会い─
泰人(25歳)と理恵(31歳)が初めて出会ったのは医療系専門学校学校の教室だった。
教室には入学式を終え、心躍らせる若者から、職業訓練で入ってきた50歳を超えた社会人までいりまじっていた。
専門学校なので社会人が入ってくるのは珍しくない。理恵もそのひとりだった。理恵はシングルマザーで手に職をつけるために入学した。
「──えーと。初めまして。1年の担任になりました園山泰人と言います。えーと、僕人見知りなので、しばらくは人の目を見て話せないと思うのでよろしくお願いします」
とくに害の無さそうな顔、髪型は短髪で切り揃えられてはいるが、耳の少し上のところにピョンと寝癖が見える。
(なんか……頼りなさそうな先生だな……)
それが理恵の泰人への第一印象だった。
***
初めての泰人の授業。担当は解剖学だった。やはり緊張した様子で授業を進める。最初に言っていた通り、泰人の目は泳ぎ誰とも目を合わせることはない。たまに天井を見ながら授業をすることさえあった。
最初は筋肉の走行からだった。筋肉の起始停止とはから始まり、顔の筋肉の話になった時だった──
「この眼輪筋は目の周りにには眼輪筋というものが付いていて……。あぁ、そうでした。僕、眼に障害があるんです」
突然の告白に教室がざわめいた。
「18歳の時に発症して、あまり目が良くありません。将来目が見えなくなる可能性があります。ハハッ」
雰囲気を暗くしないためか元気に話す泰人を理恵はただ眺めるだけしかできなかった。
それから数ヶ月すると泰人の人見知りもなれ、むしろコミュニケーションお化けなのではないかというほど、クラスの人気者になっていた。
「中島さん」
名前を呼ばれ理恵が振り返る。
「はい。なんですか?相変わらず可愛いですね」
理恵もコミュニケーションは得意な方だ。そして、泰人へ枕詞のように「可愛い」と付ける。理恵は泰人を自分の子供のように可愛いと思っていた。
「可愛いはやめてください。一応、先生ですよ」
「だって。可愛いんですもん。お得ですね」
「お得って……」
泰人は少し困ったような表情を浮かべる。
「んで、何か用事があったんですよね?」
「あ、そうでした。解剖の筋の走行の動画を撮りたいんです。腕だけ撮らせてもらえませんか?顔は映りません」
「あぁ。そんなことならお安いご用です」
指定された時間に教室へ行くと泰人はいなかったが知らない男性がいた。
「あ、2人ともよろしくお願いします」
「わぁ!!」
入り口に立っていた理恵の背後に泰人は突然現れた。教室にいた男性は撮影係に呼んだと説明を受け早速撮影を始めた。
撮影は順調に進み30分ほどで撮り終わった。その後は3人で取り留めのない話をして時間を潰す。
「中島さんってモテそうですよねー。結婚されてるんですか?」
「してたんですけどねー」
子供がいる事、双子である事、まだ小さい事などを話すと、男性は同情的に頑張ってくださいといった。
「彼氏とかはいr……」
「あっ、ダメですよ。中島さんは僕のです」
「「!?」」
「はい??」
男性の言葉に被せるように泰人が発した言葉は楽しい雑談の雰囲気を一気にかき消した。
「そうなんですか!!」
「え?いや、先生の冗談だから」
理恵はとっさに否定した。
「手出さないでくださいね」
「先生!?」
「冗談ですよ」
泰人は笑いながら、そういえばと撮影の編集の話をし始めた。理恵はなにがなんだかわからないうちに撮影の編集は終わり解散となった。
***
理恵が学校にもなれた夏休み直前。子供のことでノイローゼ気味になっていた。食欲はなくなり5キロほど体重も落ちていた。泰人も心配はしていたがどうすることもできなかった。
夏休みが終わるとさらに痩せており、入学式の時の面影は無くなっていた。
泰人は理恵から目が離せなくなっていた。それから数ヶ月は泰人が理恵を気遣い、顔を合わせては声をかけるようになっていた。
最初はたわいもない日常をえがいてます。
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