小さな凪の村
岸は凪いでいた。そこから見える荒野の向こうには白い頂がそびえていた。
「あれは確か、僕たちが見たかったヘルモンの山か」
岸を初めて訪れる者たちは、必ずそう言った。この村に集められた者たちは、必ずこの岸に案内され、このように感嘆するのだった。
彼らは、この村に来るときに、必ず子ロバに乗せられ運び込まれていた。様々な者たちが、世界の各地から集められていた。在るものは東アジアから、在るものは太平洋州から、在るものは南アジアから、在るものは南北アメリカから、在るものはアフリカから、と遠くの地から、選び連れ出されてきていた。また、欧州から黒海沿岸まで、またペルシャから北アフリカまでの地に住む者たちのうち、一方的に追いやられ、死ぬ寸前の中から選ばれた者たちもまた、集まりつつあった。
「ここは、祈りの村と呼ばれています」
マリ・チャム、ケン・フラディ、ジャスミン・張の三人は、村の係員らしき人からそう説明された。その説明に、マリは問い直した。
「ここはどこなのですか?」
「此処に来るには、荒野を飛び越えてくる必要がありました。ここは荒野の先で守られている場所です」
「え? どういうことですか? 僕たちは転生させられたのですか?」
「『転生』という理解は精確ではないですね。あなたたちは選ばれてこの村へと携えあげられたのです。携え挙げられたということが何を意味するかは、あなたたちが確かめてください。あなた方には既に十分な知識があるはずですから」
説明をしている係員と見えたのは、白い衣を着た御使いに見えてきた。それを意識してはっとしたマリたちは、思わず問うた。
「これは私たちの思いを超えている......私たちはなぜここに来させられたのでしょうか?」
「『来させられた?』とは?」
「私たちは罪を犯した人間です。このような穢れた私たちが、このような聖なる場所に来ることなど、あってはならないのです」
「いえ、そんなことはありません。あなた方には刻印があるのです」
「刻印?」
「ええ、あなた方はあなた方の祈りの中で告白していたはずです...
...『我々は憎しみと復讐の縄目に捕らえられて、
逃げ出すことができなくなっていた。
これが、滅びに定められた者に見せた悪夢。
それによって無知な者に知恵があたえられる。
私は、せめて、私の心に欺きのないように振り返った。
いかに幸いなことか
背きを許された者、
罪を覆われた者、
主が咎を数えぬ者......
私は黙し続けた。
黙し続けて、絶え間ないうめきに
骨まで朽ち果ててしまった。
ついに私は言った。
「主に私の罪を告白しよう」』
こののちに、あなた方は告白していました。
...『私は自らの罪を御前に示して咎を隠さずに、言った。
主に私の罪を告白しよう、と。
すると、御言葉が私を清め始めた。
「主の律法は完全で、魂を生き返らせ、
主の定めは真実で、無知の人に知恵を与える。
あなたの僕しもべはそれらのことを熟慮し、
それらを守って大きな報いを受けます。
知らずに犯した過ち、隠れた罪から、
どうかわたしを清めてください。
あなたの僕しもべをおごりから引き離し、
支配されないようにしてください』
と。
それゆえに、あなた方は子羊なる方の血によって刻印を受けて清められ、此処に至ったのです」
マリたちは、こう説明を受けると、彼等と同様に集められつつある大群衆が、彼らと同様の祈りの言葉を叫んでいることに気づいた。彼らは、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集められ、白い衣を身に着け、手にナツメヤシの枝を持ち、祈りの言葉を叫んでいた。
また、彼らの周囲では、先ほどの係員、いや御使いが空に向けて叫んでいた。
「まだだ。我々が神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない」
マリたちは、ふたたび村の係員に連れられて、白い衣とナツメヤシの枝を渡された。この後、マリたちはひたすら祈りの言葉を繰り返す日々を送った。
その祈りの民たちの中に、特に悲しみを経て喜びに至った民たちがいた。その彼らを、マリとケンは、あらかじめ教えられていたらしく、よく知っていた。
「この白い衣を着た者たちは?」
ジャスミンは、マリとケンにそう質問した。マリとケンは係員に合図をすると、係員は投影画像を示した。それは、カナンと呼ばれた地域でのテロ、天駆ける火、そして大軍によって追い立てられ、殺された姿だった。
「カナンと呼ばれた地の一連のことは、あまりに酷いことでした。彼らには絶望と悲しみの涙しかありませんでした」
投影画像を見た者たちは、思わず祈った。
「彼らはもはや...神が彼らの目から涙をことごとく拭われる」
マリとケンもそう祈り、ジャスミンもそれに合わせて祈りをささげた。
こののちも、虐殺や一方的な殺戮、むごい人間の行為は続いた。ジャスミンたちが知ったことには、彼らはカナンと呼ばれた地域で、追い立てられ特に酷い攻撃にさらされた者たちだった。世界ではこのようなことが続き、この村では祈りの日々が一年、その後二年、またその後の半年の間続いた。
一年、その後二年、またその後半年の間の祈りを経て、彼らは守られてきた村から外へと出かけることとなった。それは、彼らが証しを守り通すように呼び掛け知らせるためだった。