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この同棲がバレたら(社会的に)死ぬ  作者: 平光翠
大忙し配信編
37/58

【配信準備】イケボの『初!!』案件動画・事前準備編【作業/ゲーム実況】

「――真琴、()()()()()


 愛おしい言葉を反芻しながら、数日が経過した。慣れていない初めての案件配信ということもあり、いつもより忙しい。……案件とは無関係の、普段アップロードしている実況動画のクオリティも下がっている。


「レナさんはともかく、らんさんは、普段からこんな感じなのか……」


 オタクさんと組んで活動しているレナさんは勝手が違うと思うが、完全に個人で配信者をやっているらんさんは、チャンネルの規模的にもきっと私よりも忙しいのだろう。時間の使い方が上手いのか、それとも何かコツがあるのか。


「……話したいけど、そんな余裕も無いしなぁ」


 明日投稿予定のゲーム実況動画の編集作業を進めながら、増田さんからのメールを待つ。案件配信のサムネイルをどうするべきか、相談しているのだ。最初にいくつかパターンを用意したのだが、軽微な手直しが重なって、すでに10回以上はリテイクを重ねている。


 らんさんからは、コラボのお誘いがきていたが返事は保留にしている。思いのほか、案件に関する作業が増えて、ままならないからだ。


「えーと、フォント変えてくれ!? えぇ、いまさら……?」

『もう一点、ゲーム会社様から要望ありまして、配信中に短いプロモーション動画を流してほしいそうです』


 メールの文面を読み進めると、ため息を吐きたくなることが書かれていた。すでに配信日は明日にしてくれと言われているにもかかわらず、直前になって新たな要望が出てきた。それ以外にも、ゲーム内のコンテンツを余裕でクリアしてほしいから、事前に練習しておいてくれとも言われているのに。


「……プロモ動画って、どんなの作るのさ」


 メールに指定はない。かといって、私のセンスで作ったとしても手直しを命じられるのは目に見えていた。


「案件って、こんな大変なの……?」


 投げ出したくなるたびに、ほのかの笑顔と言葉が頭に浮かぶ。

 あの娘と初めて出会った時、自分の人生全てをささげようと誓ったのだ。


「もう少しだけ、頑張るか!!」

『提出していただいている企画についてですが、変更よろしいですか?』


「……マジ? それを今さら言われても」


 もう一度、ビジネスメールについてをネットで調べながら、スケジュール的に厳しいことを婉曲的に伝える。しかし、その返信も『細部はお任せしますので、明日に間に合わせてください』という、何の慰めにもならないものだった。


 ちらりと時計を見れば、すでに20時を過ぎようとしている。21時から、月曜日に中途半端なところで終わらせてしまったギャルゲー配信をする予定だったが、このペースでは間に合いそうもない。

 一瞬だけTwitterを開いて、今日の配信を中止する旨を告知した。


 当然だが、サムネイルもYouTubeの配信枠も、その他もろもろの準備なんてしていないため、とてもじゃないが配信をできるはずもないが。

 ……考えてみれば、ここ数日、まともな配信が出来ていない。S&Fの練習時間も減っている。


 本当にこれでいいのだろうかと苦悩しながらも、今の自分にはこれしかないのだと言い聞かせて、必死に作業を進める。配信サムネイル、プロモ動画、企画、全てを何度ダメだしされても折れずに準備を続けてこれたのは、ほのかの言葉に救われたからだ。


「……とりあえず、ここまでかな? 疲れた」


 うわ言を呟きながら部屋を出るが、ほのかの姿はない。今日はバイトがあると言っていたのを思い出して、渇いた笑いが漏れた。

 そういえば、今日の料理担当は、私だったなぁ。


 冷蔵庫に何か手早く作れそうなものはないかと探してみれば、ラップのかけられた白い皿がある。

 見慣れた丸文字で『真琴の分』と書かれた紙が貼られている。

 冷たいが、中身はチャーハンだ。


 感情が溢れ出るのを堪えながら、ほのかが作ってくれたチャーハンを電子レンジで温める。グルグルとレンジの中で回るチャーハンに感情をかき混ぜられながら、何の気なしにTwitterを除く。


 突然の配信中止のツイートに、リスナーからは動揺のリプライが送られてきていた。案件の準備のためという都合上、どうしても詳細を濁す形で中止を伝えてしまった。それが却ってよくなかったのか、一部のリスナーからは無責任だという声が上がっている。


「……じゃあ、どうすればよかったの!?」


 暖めの終わった電子レンジの前で、意味も無く呟いた。

 当然、それに答えてくれる相手なんて居るはずもなく、Twitterに寄せられた、罵詈雑言を眺めながら塩気の濃いチャーハンを食べる。


『マコトくん、最近配信飽きてる?』

『今日の動画ミス大杉。5万人超えて手抜き?』

『編集する人変わった? 外注とかしてたら笑う』


『昨日のマコトの配信、短いうえにほとんど喋ってなくて、つまんなかったわ』


「――ッ!!」


 見抜かれていた。

 当たり前だ。自分で納得できないクオリティの動画を忙しさにかまけて、諦めを持って投稿していたのだ。私のファンだと言ってくれる視聴者にもそれは伝わるはずだ。


「……何のために配信者やってるんだろ」


 ほのかの顔に(もや)がかかる。彼女の言葉が思い出せず、記憶に鍵が掛かったような錯覚を覚えて、そのままテーブルに突っ伏した。


「ほのか、会いたいよ……」


 吐き出した心情は誰にも拾い上げられることも無く、無常に響くメールの通知音。

 億劫にもなりながら、それを開いた。


『サムネイルはコレでいいと思います。あと、プロモ用の動画なんですけど……』


 増田から届く新たなメールを見て、私の崩れそうな心にさらなる亀裂が入った。今はただ、明日のために立ち上がらなくちゃ。

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