それでも前へ進むしかないのだ
「好きです。」
高校2年の10月某日、秋晴れといった天気で気温も下がりつつある日だった。
俺はある人から『好き』と学校近くの公園で告白をされた。
何故、俺なんかを好きになったのだろうと俺は思った。俺は周りの友達と比べて、物事を悲観的に捉え、自分で言うのもなんだが、考える事や感じることは周りの友達と比べ大人びていると個人的に思っている。そのせいか何を言ってるか分からないと言われてしまうことがある。だから俺はあまり自分のことについてや何を感じているか、考えているかを喋らない。
それに飽きっぽい性格でもある。
男友達は皆、スマホ等のゲームにハマっていて勧められてやってはみるが、一週間もたない。気づけば男友達はそんなに居なかった。気が合いやすいのが女子の方だった。どうでもいい話をし、時には真面目な話をしたりと一緒に過ごしていて楽しいと思えた。聞くことが多く、相談もされていることが多かった。それだからか女友達の方が多かった。男子からは変なやつだと思われていたり、ハーレムだの言われたりしていた。でも周りの女友だちに対して下心を持ったことは1度もない。
そんな俺が現在、目の前にいる同じ歳の女子に告白された。
彼女の名前は宮川奏音。同じ中学を卒業し、同じ吹奏楽部だった。
高校に入ってからはお互い違う部活に入って、俺は音楽が好きという理由と内気な自分を変えたいという理由で軽音部に入り、彼女は美術部に入った。クラスも別であった。
彼女は小柄で大人しくクールキャラという感じで中学までは眼鏡だった。高校に入ったからか眼鏡からコンタクトに変えて見た目も可愛くなり…というか元も可愛いとは思っていた。それに対して俺は高校に入っても中学とほとんど変わっていない。
彼女は周りとの関わり方も当たり障りなく仲良くやっていける子だと関わってきて俺はそういう印象を持っている。
ここで俺はある事を思い出す。この日の数十日前に映画に誘われたり、遊びに誘われたりと彼女とどこかへ出かける回数が多かったのだ。
やたら遊びに誘ってくれるなとは思ったものの、もちろんその時の俺は彼女の気持ちには気づいていなかった。
正直、俺は彼女に対して少し可愛いと思っていた。けれども付き合うとかは頭の中では考えられなかった。それに彼女には長らく彼氏が居たから尚更だ。
だから今、とても戸惑っている。
「返事をくれるかな?」
そんな事を頭の中でごちゃごちゃ考えていると彼女は聞いてきた。
「ちょっと待って。いきなり過ぎてびっくりしてる。」
「あ、そうだよね。ごめんねびっくりさせちゃって。」
そんな会話をした後、沈黙が続いた。
別に彼女を嫌いという訳ではない。好きか嫌いかで答えるなら好きだ。でも付き合いたいと心の底から思っているのかどうなのかは分からない。
ここで俺はある決断をする。好きか嫌いかで答えるなら好き、だけどその好きは付き合いたいほどの好きなのだろうかと。ならば実際に付き合って考えてみようと。傍から見たら最低な男の考えだと多くの人からブーイングを受けそうだ。そして俺は決断した。
「俺と関わるのは結構めんどくさいと思うけれどよろしく。」
「別に今まで関わってきた中でめんどくさいと思ったことないよ。」
彼女はそう言って笑った。その笑顔も相変わらず可愛らしいものであり、俺自身の回答がなんだか申し訳なさでいっぱいになった。
数日が経ち、lineで次の日の放課後に学校で会う約束をした。しかし彼女は部活があるとのこと。けれども部活を遅刻してでも「一緒に居たい、出来るだけ傍にいたい。」と言ってくれた。クールキャラだと思っていたが、こういう一面もあるのかと俺は思った。俺は遅刻した場合、彼女の部活で彼女の友だちに何故、部活に遅れたのかと聞かれるだろうと予想した。その時にふと疑問に思ったことがあったのでlineのメッセージで聞いた。それは『誰かに付き合っていることを言ったのか』という疑問だ。よくあるパターンが付き合ったら周りに言う、あるいは隠しとく、実は隠してたけどバレたというものだ。彼女の答えは「言っていない。言っちゃダメな気がするから今は言わないかな。」というものだった。
そんなやりとりをしていたら夜も遅くなったので寝ることにした。
翌日の放課後になり、約束通り2人だけで会った。何を話したのかは9割覚えていない。
ただ、未だに宮川が恋人になった事実が嘘のようだと思っていたことは覚えていて、2人だけの時の呼び方も決めたのは覚えている。それと手をつないだのは覚えている。恋人つなぎってやつだ。奏音の手は小さく、柔らかかった。それとキスをした。彼女のキスはとても柔らかく、脳に電流が走るような感覚に襲われた。自分でもよく分からない感覚だ。ちなみにお互いファーストキスではない。奏音がキスをしてどう感じているのかは分からないが、今までキスした人の中で1番心地良かった。その後、奏音は照れ隠しで軽く殴ってきたが、それも可愛らしい。夢のようで幸せな時間はあっという間に過ぎ去り、彼女は部活に行かなくてはならない時間となり、その日は帰ることにした。
俺の家庭環境は訳があり、片親しかいない。親は普段から仕事に出かけている。1つ下で弟もいるが、絶賛反抗期である。俺が学校から帰っては毎日家事をしなければ誰もやらない。家事の内容だが、毎食作ったり、ごみを捨てたり、風呂掃除をしたり、洗濯して干したりといわゆる主婦(夫)がやるような内容をこなしている。これは俺が小学校5、6年生のころからそんな感じだ。よく家事をしてるの!?とか偉すぎとか言われるが、そんなに驚くことだろうかと思うぐらいになっていた。
この日も帰ってから家事をした。
そんな日常から変わったところとすれば、奏音が俺の友だちではなく、彼女になり、恋人として連絡を取り合うようになったことだ。家事が終わり次第、lineで連絡を取っていた。話した内容は大した内容ではないが、とても幸せな一時だった。いつの間にか自分自身が奏音と付き合って良かったと思えるようになっていることに気づき、『好き』という気持ちが一層強まった。
ある日、学校の昼休みに昼飯を奏音と一緒に食べようと思い、奏音のクラスへ行った。そしてクラスへ入って奏音を見つけ、声をかけた。
「宮川、一緒に昼食べない?」
ここで『宮川』と呼ぶには2つの理由がある。1つはクラスということで他の人もいるためである。もう1つは奏音の近くに友だちがいたためだ。奏音は俺の呼びかけに対して意外な答えが返ってきた。
「え、なんで来たの?」その言葉を放っては嫌悪感丸出しだった。この返事に対して俺は驚いた。
「え、一緒に昼を食べようかと思って来たんだけど。」そう答えると嫌そうに「好きにすれば。」と言われた。別に何か悪いことをした記憶は一切ない。それに昼を一緒に食べに来ても違和感は周りに持たれない。なぜなら、奏音の友だちも俺のことを知っていて、友だちであるからだ。気まずさはありながらも一緒に昼飯を食べることにした。
その日の帰り、俺はなぜ冷たい対応をされたのかが分からないまま一緒に帰ろうと思い、帰りにも奏音のクラスへ行った。一緒に帰ることになったのは良いものの奏音の対応は冷たい。
「なんで感じ悪いん?」そう聞いてみる「別に。」視線を合わせることなく、吐き捨てるように言った。気になってしょうがない。
「なんかあったん?聞くぞ?」
「なんでもないいって言ってるじゃん!ほっといて。」
訳がわからない。奏音の家が近くなった時だ。衝撃的なことを言われる。
「話し方と接し方が怖いんだけど、どうにかできないの?」怒っているように俺は見えた。
今まで関わってきたなかでそんなことを言われたことは1度もない。
あまりにも衝撃的だったので謝ることしかできなかった。その日はわだかまりが残ったまま帰ることにした。
その夜、奏音の元彼からlineで連絡が来た。元彼と俺はどういう関係かというと高校で知り合った仲だ。台湾人と日本人のハーフらしく詳しくは知らないが、中学の途中から日本に来てそのまま高校へ進学したらしい。ただ、高校2年の途中で台湾へ帰るため高校をやめた。その後に俺と奏音は付き合ったため元彼に付き合ったことを伝えた。元彼と奏音が付き合っていたころの話は奏音から聞いていて、どうやら色々と喧嘩が多かったらしい。俺はもともと別の高校から奏音のいる高校へ転校したからこの2人がいつから付き合ったのかというのは知らない。ただ付き合いが長かったというのは知っている。
「奏音と付き合って最近どうなんだ?」
「別に普通だよ。」と返信をしたところ、ふと気になったことがある。元彼に奏音が嫌悪感があふれていたのはなぜかと聞くのはどうなのかとも思ったが、何か知っているのかもしれないと思い、聞いてみた。
「1つ気になったことがあるんだけど、奏音が今日めちゃくちゃ機嫌悪かったんだけど何か知っている?」
「あぁ…奏音はまだ言ってなかったのか。まぁ…それはそのうち分かるよ。」
そのうちとはなんだろうか。何か知っているというのは確かだそうだ。ここで聞かないわけにはいかないと思いしつこく聞いたら答えてくれた。
「保健の授業でやらなかったのか?」
「何の話だ?」
「PMSというやつだよ。」
初めて聞く言葉であり、保健の授業でやった覚えは一切ない。だから知らないと答えたら説明をしてくれた。
「月経前症候群ってやつで身体的にも精神的にもストレスが溜まりやすくてそのまま当たられているんだよ。」
俺は初めて知った。付け加えて元彼はこう言った。
「お前、何も奏音について知らないんだな。」
その言葉はまるで俺を馬鹿にしているように感じた。
「だからこの期間は八つ当たりみたいにされると思った方がいい。その期間が過ぎたら謝ってくると思う。」
「そうか。一応頭の中にとどめとく。」
その日は元彼との連絡だけで終わり、奏音には連絡をしなかった。
後日、奏音の様子が前のように戻り、嫌悪感はなく、謝られた。
2学期の期末テストが近づき、部活が停止期間に入った。また付き合って2か月が過ぎたころだ。部活もないので放課後は帰るだけになるのだが、テスト勉強をしようという話になった。
校内はほとんど生徒がいなく、静かだった。
俺らの学校は出来てまだまもなく、昔あった学校をリニューアルしただけだが綺麗ではある。5階建てで1階が職員玄関や生徒のロッカー、自販機もある。2階が職員室と図書室。3階は3年の教室と生徒ホール、それと体育館棟につながる道。体育館へ行くにはこの道を通るか1階から通るかの2択だ。4階が2年生の教室、そして5階が1年生の教室である。クラスは1~3年生全員6クラスある。体育館棟も大きく1階が柔道場や剣道場、小ホールが2つあり、2階が体育館であり、3階がトレーニング室という場所がある。ちなみにトレーニング室は授業で使うわけではなく、筋トレ部という部活が使っている。
この日は校舎に残っている生徒は少なく、静かだった。生徒ホールで勉強することとなった。生徒ホールには机と椅子があり、休み時間だといつも誰かしらいるような場所である。今日は珍しく2人しかいなかった。しばらくテスト勉強をしたが、集中力が切れてきて駄弁り始めた。
「ねぇ、集中切れたから少し遊ぼうよ。」
「そう言っても遊ぶようなところはないだろ。」生徒ホールは学校内にあり、廊下に作られた空間なので遊べるようなものがあるわけではない。強いていえば近くに体育館棟につながっていることだ。
「じゃあ体育館行こうよ。もしかしたら開いてて遊べるかもしれないし。」奏音って意外に悪いことを考えるやつだなと思った。それを止めなかった俺も同犯であるけれども。
体育館に着き、扉のノブを回してみた。しかし、扉は開かなかった。
「ちぇ~開いてないか~つまんないの。」
「まぁ、部活停止期間中だからな。開いてないだろう。」
奏音がムスッとしてその場の床に座り始めた。
「どうする?戻って勉強するか?」
「えぇ~…嫌だよ。まだ勉強できる気がしない。」
そんな会話をしながらも俺も奏音の隣に座った。すると奏音が俺の対面になるように足を広げ、伸ばし座りはじめた。俺も奏音の足の裏に合わせるように足を広げ、伸ばし座った。
そのまま奏音が手を出してきてお互い手を取り、引っ張りあう柔軟体操のようなことをし始めた。
最初はおふざけ程度に楽しくやっていたものの、よく考えたら体育館棟にも人の気配はなく、いるのは俺と奏音という事実。明らかに体育館の入り口の床でこんなことしてるのは馬鹿だななんて思っていると奏音が急に俺の太ももに乗ってきたのだ。俺は驚いた。
「どうしたん?急に。」
「いや、今2人きりじゃん?だから甘えてる。」
そう言っては奏音は抱きしめてきた。俺も好きという想いが溢れ、抱きしめてはそのままかなり長い時間キスをしていた。やはり脳に電流が走るような感覚がある。とても心地良い。鼓動も高まっていた。奏音も照れているようだ。
「ねぇ…しない?」
そんな言葉を顔を赤らめた奏音が放った。その意味がどういうことかと聞き返さなくても意味は分かる。俺らは高校生であり、そういう年頃であるというのも知っている。確かに今この空間にいるのは2人だけである。そしてこの体制とキスをし抱き合ったという事実。今までそういうことをした経験はない。周りの男子がぼやいていても流していた。周りからはそういうことに興味がないと思われているというのも知っている。だが、興味がないわけではない。ただ口に出して言うのが嫌いであり、興味を持っているということを隠したいわけがあるのだ。俺は無言のまま彼女の太ももに手を伸ばした。彼女の体はビクンと動いた。そのまま俺は手を伸ばし、スカートをめくり、彼女の局部を下着越しだが触れた。胸にも触れた。彼女の体はビクビクと反応すると同時に色っぽい声が漏れた。そのままキスをした。あぁこのまましてしまっても良いのだろうか。理性の限界だ。
そう思っていたら、急に俺は罪悪感に襲われた。あまりにも耐えられない罪悪感だ。
「ごめん…」そう言って俺はその先をしなかった。彼女はなんで?という顔をした。彼女の反応は当然の反応だろう。普通だったらこのまましてしまうという流れであっただろう。
彼女は元彼とそういう行為をしていたというのを俺は知っていた。けどそれが原因というわけではない。うまく説明できないがしてはいけないというストッパーがかかったのだ。
その日の帰り、彼女は機嫌がよかった。
「なんでそんな機嫌がいいんだ?」
「だって、キスとかハグ以上のことをしてくれないんだもん。」
確かに2か月経ったが一切そういうことはしなかった。
「でも、なんでその先をしてくれなかったの?」聞かれて当然だろう。
「なんか、凄い罪悪感に襲われてしまって、できなかった。ごめん。」素直に答えた。その回答しかできないからだ。
「…そっか。でも、したかったらいいんだよ?」そういってくれるとは思わなかった。
時が流れ、季節は冬。2月には修学旅行がある。2月13日~2月16日の3泊4日である。行先は沖縄。2泊は民泊するという風に決まっていてかなり変わっているなと思っている。それに向けて俺らの学年はソワソワしていた。そんな修学旅行を前に奏音と2人で遊園地に行くことになった。ちょうどその遊園地でイルミネーションがやっていた。イルミネーションに行くのは初めてで、目の前に幾千の光が輝いていて夢物語のようだった。もちろん奏音とも一緒に行けて幸せではあったが、この日から罪悪感に襲われた日の間に何回も彼女の機嫌が悪くなったことがあった。かなり傷つく言葉を言われたり、態度だったりした。それでも『好き』という気持ちは消えなかった。恋は盲目というやつだろうか。
そしてもう1つ、元彼が日本に帰ってくるという連絡があった。久々に会わないかという連絡が来たため会うことになった。
「久々だな。元気だったか?」そう俺が問う。
「あぁ、元気だぞ。」
そう言ってしばらく話をした。ほとんどどうでもいい内容である。そして奏音との様子を聞いてきた。「最近はどんな感じなの?」
「別に、普通だよ。」
そう言った瞬間、後ろから蹴られた。ふざけ合って蹴るような威力じゃない。恐らくかなり力を入れたであろう威力だ。訳が分からない。
「お前、いい加減にしろよ。マジで奏音のこと分かってない。」
蹴った後、そう言った。俺の方が奏音を知っている。お前なんか彼氏なんかじゃないと上から目線で言いたいのだろうか。それとも俺が元彼から奏音を横取りしたという風に思われていたからだろうか。冷静に心の内でキレた。そしてもうこいつとは仲良くしないと心に決めた。その後、謝られたが許していない。蹴って良い理由なんてあるだろうか。不幸だ。蹴られるし、奏音は相変わらず冷たい対応はされるし、生きてて意味あるんだろうか。このまま恋愛を続けていいのだろうか。そう考えるようになった。
修学旅行の3日目。ホテルに着いた。無事、民泊先での体験が終わり、振り返るととても楽しいものだった。俺の班が泊まった家は海の家で沖縄の一番南に位置したところだった。沖縄の海は透き通っていてとてもきれいだ。時間がわかるようなものがなく、時計を見るたびにまだこの時間かと時の流れが遅く感じた。それほどゆったりした場所だった。
ホテルの自由時間があり、ピアノがあることに気づき、ピアノを弾きに行った。ちなみに腕は下手くそである。習っていないからだ。けれども楽しめればそれでいいというスタンスでやっている。ピアノを弾いていると知らない男子が声をかけてきた。見た目は陽キャ。髪はワックスをつけていて、前髪を上げている。陽キャに見えるが嫌な感じがしなかった。
「ピアノ弾けるんか?」
「う、うん。まぁ習ってないから下手くそだけどね。」
「習ってないのに弾けるのか!?すげぇな。俺も弾けるんだよ。ピアノ弾ける男子探してたんだよね。これからも仲良くしてよ。」
「これからもよろしく。名前は?」
「瀬沼凛太朗だ。」
「えっと、どっちで呼んだらいい?」
「みんなからは凛太朗って呼ばれることが多いかな。まぁどっちでもいいよ?」
「じゃあ凛太朗で。これからもよろしく凛太朗。」
俺としてはらしくないが明るく接した。音楽というものは本当に素晴らしいものだと思う。こうして仲良くできるのだから。
就寝時間になったため部屋に戻るとあることに気づいた。ホテルの扉が自動ロックがされる仕組みで内側からしか鍵が開けられないことだ。これでは先生たちは見回りにこれなくないか?と思った。案の定、、先生たちは見回りに来なかった。上の階の物音もすごく、違うクラスのやつらもそのことに気づき喜んでいるのだろう。
ベランダから上を覗くと就寝時間になってもどの部屋も電気がついていて騒いでいた。
布団に入りlineを見ると奏音から連絡が来ていた。
「寝た?」
「まだ起きてるよ。」
普段とは違う場所だし、深夜テンションだから本音で色々話せる気がする。」
本音で何を話すのだろうかと疑問に思って聞いた。
「何話す?何か聞きたいことある?」
「う~ん…まず言いたいのが、同じ布団で一緒に寝たい。」
なんて照れることを言うのだろうか。
「でも、一緒の布団に入ったら襲うかもよ?」とふざけた言葉で返した。
「別に構わないよ(笑)」
「嘘だよ。冗談さ。」
「そういえばなんでそういうことをしてくれないの?」
そうだ。あの罪悪感に襲われて以降からそれと同等ぐらいの手は出していない。…でも胸を触ったりキスやハグはしていた。きっとその先をして欲しかったのだろう。
「私は別にいいんだよ?こんなこというと誤解されそうだけどされたいし。」
「俺が手を出さない理由はまだ責任が取れないからだよ。何があるか分からんし、人生を棒に振ってほしくないからしないんよ。」
「結構、考えているのね…。まぁでも私はもうアウトだけどね。」
それはつまり初めてではないからということなのだろう。それだけで嫌いになったりはしない。彼女は深夜テンションで話しているからか何だか普段話せないことを話せている気がする。
そして無事、修学旅行が終わった。
別れというのは突然やってくる。それは誰にも当てはまることであって、その別れを予測できる人はいない。俺と奏音は突如、別れることとなった。理由は向こうの都合上、精神的に安定しないし、八つ当たりしてしまうから申し訳ないということだった。
俺としてはそれでも好きであった。かなりひどいことを言われたりされたりした。周りからすれば狂っているだろと思われるぐらいだ。
しばらく俺は抜け殻のようだった。何も手付かず過ごしていた。
そして4月になり、3年生に上がった。4月某日、また奏音から付き合いたいと言われ、復縁した。
1学期が始まり、授業がそんなにないが、たまたま奏音の友だちと同じ授業を取ることになった。名前は関根恵。奏音と同じ部活であり、奏音を通じて俺は知った。もう1人、下川天という男友だちがいて、奏音と同じ部活であり、よく4人で遊びに行っていた仲だ。授業が一緒だったのは関根で奏音は途中から俺と関根が取っている授業ということを知り、途中から参加した。ただ、その日、奏音の様子がおかしかった。急に教室から出ては戻ってきたりの繰り返しをしていたのだ。授業に参加するならちゃんとしてほしいと思い、俺はイライラしていた。そしてそれを何回かした後に、ついに戻ってこなくなった。「何してるんあいつ?」と関根に聞いた。「まぁ、知っているけど私からは言えないね。」その回答は何だろうかと疑問に思った。そして奏音が戻ってきたのは授業が終わってからだ。なんやら笑顔で帰ってきた。その顔を見て俺は真面目に授業を受けるのではなかったのかとイライラして教室の扉を強く閉めて出た。
lineが来た。関根からだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。めちゃくちゃイライラしている。」
「それが普通だよ。私も若干イラついたし。」
「普通にあり得ない。」
「浮気を疑うよね。」
「浮気?」
「あいつ浮気しているよ。」
一瞬で頭の中が真っ白になった。
「誰と?」
「天だよ。」
天は関根の彼氏でもある。しかし、天と奏音の仲は前から犬猿の仲といった感じだ。だから浮気するような風に思えない。
「許容範囲超えてきてやばいんだが。」
「同じ立場ということか。」
浮気した理由は大方予想ついている。それは復縁してからなかなか時間が取れなくて、一緒に過ごせなかったからだと俺は思った。天はいつでも暇だという人であり、部活も一緒だ。きっとそれで…。
もういい。何もかも消えてしまえ。考えるだけで無駄。全部俺が悪い。考えるのも疲れた。信じるのもやめだ。誰も信じない。そうしたら傷つくこともない。いつもの悲観的に捉える癖だ。問い詰めても私は悪くないといつものように強気で言ってくるんだろう。そう思うだけ『好き」から『嫌い』へと変わって行った。
「でも奏音本人は反省しているみたいだよ。」そう関根がいう。
「でも、違くない?それを関根にいうの。まず俺に言うべきことがあるんじゃないの?」
「確かにそうだよね。」
お互いが沈んだまま、俺はもう無気力となり、その日以降、しばらく奏音とも連絡を取らず、学校でも会わないようにしていた。
そして数日後、奏音から連絡が来た。
「次の土曜日空いてる?話したいことがある。」
きっと謝りたいのだろう。けれども許す気はない。
「部活があるからそれが終わったら空いている。」
そして会う約束をした。
部活が終わり教室で待っていると奏音がやってきた。普段と変わらない様子でやってきた。そのことに対しても腹立った。そして謝るのだろうと思ったが、謝ってこない。
「この間の授業終わってからなんで怒ってたの?」
予想外の言葉だ。怒っている理由が分からないらしい。怒りの沸点が限界に達した。
「なんで怒っているか分からないわけ?ありえないんだけど。」
怒りの口調で放つ。それに驚いたのか奏音はそこから黙った。
「こっちは浮気しているって話を聞いたんだけど。それってどうなん?本当なん?」
こんなにも他人に対して怒るのは何十年ぶりだろうか。その問いに対しても奏音は黙っていた。謝りにきたものだと思っていたのにだんまりとは。
「どうなんだよ!!なんか言えよ」ついに限界に達し、俺は机を叩き、キレてしまった。机を叩いた音が教室中に響いた。
すると奏音は泣き始めた。そりゃそうだ。奏音自身、俺が怒っているところを知らない。むしろ怒らないものだと思っている。それが怒る姿を初めて見て、つい泣いてしまうのも分からなくもない。だが、それで許すような俺ではない。そもそも付き合う時に奏音から俺にあることを言われていた。それは『浮気をしないでね』ということだ。今になれば、それはこちらのセリフだ。
「浮気しないでねって言うから浮気していないのにそっちが浮気するとかないよな。ってか黙ってるってことは”イエス”ってことでいいんだな?」続けて俺はそう言う。
すると奏音から小さな声でごめんなさいという言葉が出た。天気が悪くなり、大雨となった。まるでそれは俺の気持ちを表しているようだ。
「泣きたいのは俺のほうだ。信じていたのに裏切られたからな。」怒りが収まらない。このまま殴ってしまいそうだ。自分自身の怒りを抑えようとするので精一杯だ。このままでは収集がつかない。
「もういい…。お前はどうしたい?別れるかそれとも付き合っていたいのか。」ここで俺の悪いところが出てしまう。こんな選択肢を与えなくとも俺から関係を切ってしまえばいい話だ。けれども1%だけ望みを託したい自分がいた。
「…まだ一緒に居たい。」
「でも俺は見ての通りこんなにも怒っているし、信用もしていない。これからどうするかは君の態度次第だよ。」
「…分かった。それでも一緒に居たい。」
彼女が決断した答えはそれだ。
俺は1%の望みに託すことにした。全く周りから見たら本当に甘い奴だと言われてしまうだろう。
怒りはどんどんと治まっていき落ち着いた。だが、結局のところ、彼女が浮気をしていて、その”浮気の程度”がどの程度だったのか本人の口が割らなかった。
それからGW明け、学校行事で1日だけディズニーシーへ行くこととなり、15時まではクラスごとで周り、そっからは自由行動となった。自由行動で俺と奏音と天と関根の4人で回ることとなった。最初は気まずさがあったものの時間が経つことで徐々にその気まずさは無くなっていった。
1学期の期末テストが近づいた。また部活停止期間に入り、学校で勉強をしようという話になった。2人きりになり、集中が切れてきた。2人しかいなかったのでハグをした。そして少しイチャつこうと珍しく俺が思い手を出した。、しかし奏音からほどかれてしまった。
「ごめん。今コンディションが悪い。」またあの不機嫌だ。
「すまん。」俺は素直にやめることにした。
高校最後の夏休みに入り、大学のオープンキャンパスに行ったり、受験の準備をしたりとしていた。
8月21日。それは突然起こった。
「前から言おうと思っていたけれど、別れよう。」
突如、別れの宣言だ。だが、俺も動じていない。何故なら、この日まで、うまくいっていないと感じていたからだ。
「わかった。理由を聞きたい。」
「嫌いになったわけじゃないよ。ただ一緒にいても成長できていない気がする。負の方向に心も向かっているような気がしていて別れようと思った。」
「わかった。」俺はすんなりと受け入れた。
そしてこれからはお互いに友だちとしてやっていくことになった。
8月30日。不幸だ。俺は突如入院することとなった。
原因は肺気胸。左肺に穴が開いた。原因は様々あるが、医師からは不明と言われた。だが、俺は原因を知っている。それは受験前のストレスと家のことでストレスを抱えていたのと奏音に対してのストレスがあったからだと考えている。全く動けない。呼吸すらつらい。立てない。このまま死ぬのだろうか。そう思っていた。医者が左肺に穴を開け、管を通し治療することとなり、管を刺した。すると呼吸が楽になった。普段、無意識に呼吸しているけれども、こんなにも呼吸ができることって素晴らしいんだなと感動した。そしてなぜか見える景色すべてが変わった。気持ちがすべてリセットされ、生まれ変わったみたいだ。
一応、奏音にも連絡をしておこうと思い、lineで連絡をした。
「入院した。」
「え、なんで!?」その反応は当たり前だろう。事情を説明すると見舞いに行くと言われた。しかし奏音1人が来るわけではなく、元彼もくるとのこと。俺は嫌な気分になった。しかし、奏音も元彼も見舞いには来なかった。結局、そういうもんだ。
そして入院生活を送っているとなかなか連絡が来ない友だちから連絡が来ていた。
「夏休み暇か~?遊ばない?」のんきなことを良く言うやつだ。彼女の名前は住野|幸華。高校1年の時に奏音の元彼に紹介されて知った。住野の部活は天文学部で現在は部長を務めている。第1印象は変なやつだと感じた。だが、真面目で良い所が多い。少し意地悪なことを言うと軽く殴ってくる。俺はまだ殴られたことはない。それとリアクションがいちいち大きい。
「そんなこと言ってられないんだよ。俺は今入院している。」
「えぇ!?そうなん?なんで?」きっと直接会っていたら声のボリュームを間違えて言いそうだ。
めんどくさいが事情を説明した。
「じゃあ見舞いに行くよ。」まさか言われると思わなかった。そこまで関わりを持ってきた友だちではなくたまに会って話すぐらいの仲だったからだ。
「いや、いいよ来なくて。遠いし。」
「友だちが入院しているんだから見舞いに行くのは当然でしょ?」
返す言葉が見当たらなかった。仕方なく許可をした。
どうせ来ないだろうと思っていた。
「なんか食べちゃいけないものってある?」
なぜそういうことを聞くのか尋ねると見舞いに向かっていく途中で何かを買おうと思ったらしい。断ったが言うことを聞いてくれない。
「じゃあプリンを買っていく。一緒に食べるぞ。楽しみにしとけ。」
本当に来るつもりらしい。
そんなlineのやりとりをしているとレントゲンを撮るとのことでレントゲン室へ移動した。
病室に帰ってくると入口に親がいた。
「なんでここにいるの?ベットの方に居ればいいじゃん。」
「いや、ベットの方に行ったら誰かいたんだよね。しかも寝てたんだけど。」
誰のことだか分からない。とりあえずベットへ向かうとベットに座り机にもたれかかって寝ていたのは住野だった。軽く叩いて起こしてみるが全く起きない。爆睡のようだ。少し揺らしてみると住野は起きた。
「わぁ!ごめん寝てた。」
「病人のベットに座り、机にもたれかかって寝るか?普通。」
「眠かったんだもん。ごめんね。」
「親もびっくりしてたわ。」
「あぁごめんね。」
そう言って住野は笑った。親が持ってきた荷物を受け取り、親は帰った。住野はプリンもしっかり持ってきたようで一緒に食べることになった。
住野にも彼氏がいる。だが、付き合う前に俺はこの2人が付き合うことを確信していた。それと同時にうまくいかないであろうとも考え、忠告をしていたが、住野は聞かなかった。最初はくだらない話をしていたが、その彼氏の愚痴を聞くことになった。そんな愚痴を聞かされた後に住野の口からとんでもないことを言われた。
「実はさ、彼氏のこと以外に悩みがあるんだけど、聞いて。」
急に真剣な顔になった。
「実はストーカーをされているんだよね。」
「モテるアピールか?」茶化す気力があったため少し茶化してみた。
「うるさい、殴るよ?」住野が笑ってそう言う。
「今、殴ったら余計にひどくなるからやめてくれ。」
「冗談だよ。」
「それで?ストーカーって誰にされてるんだ?」
「それは言えないかな。」
言えないというのも不自然ではあるが、言いたくないのだろうと俺は思った。
「ストーカーってどんなことされてるんだ?」
「後をつけられたり、待ち伏せをされたりかな。」
「それはそれで結構やばくね?」
「まぁそうだけど。実際に何かされているわけじゃないから。とにかくそれを聞いて欲しかったんだ。」
「まぁ何か被害が出てないならいいけどさ。ちなみになんで俺に話した?」
「君は真面目だし、信用できるからかな。」
「さほど関わりがないのに信頼されていたとはな。」
「私が信用しているから話しただけ!それでいいでしょ?」
とんでもない理由だ。
「まぁ、一応そういうことがあるということを把握しておくよ。気をつけろよ?」
「うん。気をつける。」
そういって住野は帰った。
9月に入り、2学期が始まっていた。学校内は文化祭で盛り上がっているところだろう。俺も退院したが、まだ自宅療養が必要なため、学校に行けなかった。それ以前にAO受験だった。
完全回復していないままAO受験をしたが、結果は惜しくも不合格。
9月19日にやっと学校へ行けるようになった。久々の学校でとても楽しく感じられた。入院して生まれ変わったような感覚になり、学校で見える景色が変わった。こんなにも周りが心配していたのかと知るようになり、なんだかありがたく感じた。以前は友だちはいたが、孤独感が拭えなかった。
復帰して間もない頃に、住野からlineが来た。
「ストーカーのことでやばい事になった。」
「というと?」
「被害があったってこと。」
「え、マジか。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。実際に襲われた。事件ってことよ。」
『襲われた』というワードを目にした時にこれはただ事ではないと感じた。
「警察は?」
「行ったよ。ストーカーは拘置所に送られることになった。」
「逮捕ではないのか。」
「まだそこまではいかないらしい。」
「とにかく、安全にしていろよ。すでにボロボロになっているかもしれんが、何か力になれたら力になる。」
「ありがとう。」
そういってしばらく連絡が途絶えた。
数日後、また住野と連絡が取れるようになり、その間に俺はストーカーが誰なのかを考えていた。
「ストーカーの件はどうなった?」
「とりあえず、いったん落ち着いたよ。ってかなんでそんなこと聞くの?」
当たり前だ。こっちは心配しているのだからと伝える。
「ちなみにそのストーカーのことを俺は知っているか?」
「分かんない。ただそのストーカーは彼氏と結構仲良かったから彼氏もかなりショックを受けてる。」
「学校の人ってことね。」
「あぁ。バレちゃった。」
学校の人、拘置所にいるということは学校に登校できない。この会話をした時にとある人物が俺の頭に出てきた。だが、その人物が住野の彼氏と仲が良いかという部分が知らないから確信にまでいかなかった。それにその人物はそんなことするような奴に思えない。
「分かっちゃった?」
「まぁ大体な。けど彼氏の方と仲が良いのかが知らないから確信が持てない。」
「残念ながら多分その人で合ってる。」
理解が追い付かなかった。まさかあいつがそんなことするとは考えもしない。
また別の日。俺は放課後に音楽室でピアノを弾いていた。やはりグランドピアノは弾き心地も音も最高だ。そんなことを思って弾いていると音楽室の扉が開いた。誰だと思い視線を向けるとそこには住野がいた。
「やっと見つけた。探したぞ。」
そう住野が言うとこちらへ近づいてくる。なんだかとても嫌な予感がする。
「学校の代表者として選ばれて発表をしないといけなくなったからその発表の手伝いに付き合ってくれ。」
出た。面倒くさそうなことだ。ほとんど嫌な予感がした時は当たることが多い。
「なんで俺なんだ?」
「前にも言ったけど、数少ない信用できる人だから頼んでる。」
そう言われると断りづらい。それにこの日の前に住野は彼氏と別れており、ストーカーの件も間もないから精神的にキツイというのも知っていた。周りに心配をかけたくないという住野は明るい振る舞いを周りにしているが、かなり無茶をしているように俺は見えていた。しょうがなく俺は手伝うことにした。手伝うといっても発表する内容のPowerPointを作るのを手伝うというものだった。
放課後に残って手伝うことになった。
「そういや、PowerPointの使い方分かるのか?」
「いや?全く分かんない。そもそもパソコン触らないから何も分からない。」
「おい。1から教えないといけないのかよ。」
「よろしく~。」
笑顔でそんなことを住野は言う。こっちの身にもなってくれ。
そしてしばらく住野と放課後に残ることになり、発表の準備を進めると同時に仲が深まっていった。
「幸華っていう名前、私好きなんだ。」
準備を手伝っている最中にそんなことを口にする。
「そうか~。」興味のない返事で俺は返す。
「うわ、冷たい…。もっと聞いてよ。」
「聞いているとも。”幸華”っていう名前が気に入っているって話だろ?」
「そうじゃなくてなんで気に入っているかを聞いてほしいんだよ。」
「あぁ~。別にいいや。聞かないでおく。」あえてそう答えた。
「ひっど!」
そんなくだらないやりとりをしていた。くだらないやりとりも大事だが、俺はあのストーカーの件の話は聞かないわけにはいかないと思った。
「今このタイミングで話すのもあれだが、ストーカーの話をしたい。結局ストーカーが誰なのかを予想したやつで合っているのかを教えてくれ。
「分かった。予想した人を教えて。」
俺が予想した人物、それは”下川天”だ。その名を住野に告げると住野は頷いた。合っていたのだ。
でも、疑問がいくつか湧いた。
「なぜ、住野と天が関わるようになったんだ?」もともと知り合いというわけではなく、部活も違うため接点はないはずだ。
「それは文化祭の準備の時に関わるようになったんだ」
天の住野は同じクラスだったためクラスでの文化祭の準備で関わりができたというわけだ。
「じゃあなぜ襲われたときに逃げなかった?」核心につくような質問ではあるがどうしても聞きたかった。
「それは…とあることを言われて逃げれなかったから。」
「とあること?」
「逃げても、誰かにこのことを言ったらお前と関わりがある人を全員殺す。って言われた。それが怖くて従った。周りのみんなが傷つくなら私1人が傷つけばいいやって考えて…それで…」
さらに辛そうになったためそれ以上は言わなくていいと伝えた。
とんでもないことだ。ただのストーカーではなく脅迫と強姦までしていたとは。住野は生理が来ていない。それだけでかなり不安を抱いている。けれども俺は住野に言いたいことがある。
「そんなの嘘に決まってるだろ。それにそんなことをするのは不可能だ。そして住野。周りが傷つけられたくないからって自分だけ傷つけばいいという考えは違うぞ。お前自身も大事にしろ。」こういう時に限って俺の頭は言葉選びが早くなる。
そういうと住野は泣き始めた。住野の中で抑えていた悲しみが抑えられなくなったようだ。これで全てが分かった。すべて終わったんだと俺は思った。
「でもね、これは私だけの話で終わらないんだ。」
住野が泣きながらそう言う。どういうことだ?まだ何かあるということなのだろうか。
「実はまだ1人、被害がある人がいるんだ。その人のことを君は知っている。」
天がやった行いは確かにとんでもないことである。しかし、もう1人被害を受けた人がいるだと?しかも俺が知っている人…。そう考えた時、信じたくないが誰だかが分かった。
「まさか…奏音か?…」住野は小さく頷いた。そうだ。あの時の”浮気”していた奏音。その相手だった天。
「何か知っているのか?」
「奏音本人には言わないでって口止めされていたんだけど…もう全部わかってるみたいだから隠さずに言うね…。」息が詰まる。
「奏音は元彼としたのが初めてだったんだけれど、その元彼がとんでもないプレイをしたせいで、奏音自身の体がそういうのを覚えてしまって狂ったって言ってた。」
「それで元彼と別れて君と付き合った。けれども君はそういうことをしないから不満だったんだって。」
「でも天には関根がいるだろ?なんでだ?」すかさず俺は疑問を投げかける。
「それは関根がそういうことをしないからって天に言っていてさせてくれなかったんだって。」
ということは互いの不満が一致し、その利益の一致で2人は交わったということだ。まさかこんなところでそのことが分かるなんて思いもしなかった。
「ってことは関根はそのことを知っていながらも止めなかったというわけか。」
「そういうこと。加えて奏音と天がそういう関係にあるのを知っているのは奏音の元彼もだよ。」なんだと?なぜ全く関係ない元彼が知っていて俺が知らないままなのだろうか。段々腹が立ってきた。
「なんで、奏音は俺に言わなかった?」腹が立ったままの口調で住野に聞いた。
「それは…奏音にも天から脅しを食らっていたからみたいだよ。」
俺だけがこのことを知らなかったのか、仲間外れかと思い、ネガティブになってきたと同時に肺が治ったばかりというのにかなりのストレスがかかってきた。
「でも、君に怒られた時に奏音自身はこのままではいけないと思って関係を断とうとしたんだって。だけどそれでも天は脅したそうで結局関係を断てなかったみたい。」
「だったら、なんで俺を頼らなかった!なんでそういうことしたいって俺に伝えなかったんだ!意味分かんねぇよ。」過ぎたことだが、自分だけが知らなかった事実に腹が立ってしょうがない。仲良くしていたと思っていた人たちが皆そうではなかった。
「君に頼りたかったのは山々だったみたいだよ。だけど君そもそも手を出さないじゃん?だから奏音自身がダメだって思ったみたいだよ。」ならなんで俺が手を出した時に拒否した。もう訳が分からない、みんなが憎い。消えろ。結局、俺には不幸が降ってくる。一生幸せになんてなれない。
「大丈夫?…じゃないよね…」
「うん…すまん大丈夫じゃない…。なぁ住野。この怒りの矛先はどうすればいい?俺が死ねばいいのか?そうすれば怒りが消えるだろ?」
「君が死んだら私が困る。頼る人が居なくなる。私がサンドバッグになろうか?」
さすがにそれは出来ん。そもそも住野に怒りをぶつける理由なんてない。これからどうしたらいいのだろうか…。誰も信じることができなくなった。それと俺の中で『好き』という感情が分からなくなった。『好き』という感情が死んだという表現が正しいのだろう。
「でも、この話を私がしたっていうのは奏音にも奏音の元彼にも関根にもしないでね?」
「分かった。」
色々心の中で考えた末、俺は決断した。
「とりあえず、俺がすることは住野の手伝いと同時にお前の精神面に支えることにするよ。」
「え、なんで?君自身も大変なことになっているのに。」
そのことについては住野に話さなかった。
そしてこのあとの話だが、俺は住野の精神面が安定するまで一緒に過ごしていた。住野はなんとか復帰をし、体のほうも問題は起こらなかった。奏音に関しては相変わらず友だちとして接してきているが、俺がすべて知っているとは思っていない。関根も奏音の元彼もそうだ。ちなみに天に関してだが、しばらくして釈放され、学校を自主退学せざるを得なくなり、学校から姿を消した。ありえない話だが、関根と天はいまだに関係が続いているようだ。
住野は次の恋愛へと進み、今はずいぶんと幸せそうにしている。一方、俺はというと…いまだに『好き』という感情が分からないままで恋愛に対して恐怖を持ったままになっている。こんなこと実際にあるのかと疑われるだろうが、すべて事実だ。
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