ファンタスティック・ニート ファーストステップ
「基本給で五十万出します。後は出来高制で頑張ってもらおうと思ってまして」
ニートに出すには結構な報酬である。しかし、
「これまでやってたことに基本給がついただけじゃねえか。クソありがたいけど。それで三桁億円は返せないだろ」
どれだけ頑張ったところで突き付けられた額には届かない。人生を百周しなければ返せないだろう。
「実はですね」
青山がパイプ椅子に背中を預けると、軽い悲鳴のような音がした。
「今回、出てきたみたいな巨大怪獣が全国各地に現れるんじゃないかって言われてるんですよ」
「マジかよ、何で?」
「今回捕まえた業者の二人組みですが、彼らはフリーではなく、とある組織の下っ端でしてね。いよいよそいつらが日本に本格進出を始めたようなんですよ」
言われて顔を思い出す。明らかに日本人ではない顔立ちと言語を話し、赤谷からネギボーを奪った謎の二人組だった。
「アイツら何の組織なんだよ、密売業者だっけ。それにしちゃ変な技術持ちすぎだろ」
別段、赤谷は技術分野に明るくないが、それでも怪獣の巨大化薬などというものがつまらない犯罪組織程度にできるものではないことは分かる。
となると、それなりの巨大組織のはずだが、そんな連中が一匹の怪獣を追い回しているのもおかしな話に思えた。
しかし、青山は「さあ?」とわざとらしく肩をすくめて胡散臭い笑顔を浮かべるばかりである。
「品種改良をやってたら出来ちゃったみたいなノリじゃないですかね、多分」
「品種改良って投薬とかじゃなくて配合じゃねえの?」
「何しろ怪獣ですから。排除奨励されてる生き物ですよ、実験し放題じゃないですか。酸鼻を極めるアレコレがあっても不思議じゃないですね」
「ハハハ。胸糞悪いな、クソッタレ」
不意に自分が連れ回していた小さな怪獣のことを思い出す。
ネギボー。怪獣と呼ぶにはあまりにもマスコットじみた小動物すぎるあの生き物が、怪しげな装置に収められているのを想像して、何だか腹の底で黒い蛇がのたうつような感触を覚えた。
「おい、青山。ネギボーはどうした」
「ちゃんとこちらで確保しています。無事ですよ、今のところはね」
「含みのある言い方やめろ」
「恐らく愛玩用として密輸されたと考えられていますので、さしたる脅威でもなし見逃してもよし……とはされていますが」
片目を閉じてわずかに口角を上げて青山は微笑んだ。
「これ、筋通ってます?」
「ぐ……」
痛いところを突かれて口ごもる。生まれつきの強者として、社会のルールを踏み躙るような真似は本意ではない。
怪獣は退治する。その根本のルールを一度、自身の信念から無視した。その上でそれを暴かれて捕まり、何のお咎めもなしで許されたとあっては後味が悪すぎる。
赤谷はこれまでも色々やらかしてきたし前科は免れてきたが、その理由を知らなかった。自分が法外に強いから手出しできないという、つまんねぇ理由を知ってしまった今となっては無罪放免はいただけない。
好き勝手したヤツは報いを受けなくてはならない。何かしらの罰がなくてはならない。そうでなければ居た堪れない。
そういう葛藤が顔に出ていたのか、青山はとても満足そうに何度も何度も頷いていた。
「そうでしょう。そうでしょう。そこでさっきの話に戻りますが、あのネギ……ネギ……まあ、いいや。アレを助ける代わりに赤谷さんには我が社に入って全国行脚していただきます」
「……例の、巨大怪獣どもを倒すためにか」
「そうです。我が社は創業間もなく全国展開します。各地のハローワークを支店とし、赤谷さんはそこへ赴いて巨大怪獣を千切っては投げ千切っては投げしてもらいます」
格闘ゲームの対戦前ムービーが思い浮かんだ。飛行機等に乗って各地を巡るアレである。
「それで被害を弁済しろと?」
当意を得たりと青山が頷く。
「そうです。一体ごとに相応の額を出しますので生きてる間に返済出来ると思いますよ。ただし全額弁済するまで横浜に帰ることは認めません。これが赤谷さんに課すペナルティとなります」
「な……なんだと……!?」
赤谷が驚きのあまり腰を抜かす。それは赤谷にとって想像しうる限り最悪のペナルティだった。
「ば、バカな……俺がいない間、誰が横浜の平和を守るってんだ!?」
思わず立ち上がると青山に向かって唾を飛ばして疑問を投げかけた。
元々別に見回りをやっていたわけでもないし、悪人退治に精を出していたわけでもないので、戯言に近しいものではあるが、後先考えない暴力装置である赤谷はある種の抑制力になっていた面もある。
何しろ何のメリットもないのに気に食わないという理由だけで反社勢力に喧嘩を売って叩き潰せる男である。おちおち悪いことも出来やしない。
赤谷が留守になるということはその抑止力がなくなるということだ。
それを聞いて青山は果たして「そうですねぇ」と深く頷いた。
「そういうのは警察の仕事なんですよ」
青山のそれは正論だった。
「神奈川県警を信じられるわけねぇだろ!」
赤谷のそれは暴論だった。
「やめてくださいよ、そういう台詞は」
取り乱す赤谷に若干引きながらもコホンと咳払いをした。
「とにかく、これは飲んでいただきます。さもなきゃあの……アレは退治しますし、赤谷さんには返すあてもない借金を押し付けて放置します」
「ぐっ……」
しばし天井を仰ぐ。先程よりも長い事、シミを眺め続けた。それでも、やがて頭を下げると小さく「……分かった」と呟いた。
「良かった。これで決まりですね」
そう言うと青山はペンを机の上に滑らせた。
促すように手を差し出されると、赤谷は渋々着席し、震える手で己の名前を署名した。
「確かに。それでは追って諸々の手続きと説明をさせていただきますので、それまでしばらくお待ち下さい」
それだけ言うと、青山は書類を持って立ち上がり部屋を出ようとした。
「待て」
そこを赤谷が呼び止めた。
「何です?」
「その……お前が立ち上げる会社か。名前は何て言うんだ?」
「名前」
言われて初めて考え込むように、二秒か三秒黙り込むと、
「ハロー・ワーク! ……とかでいいと思います」
「名前の付け方適当すぎだろ」
こうして、ニート達の新たなる戦いが始まるのであった。