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ザ・ニート 〜あの国を独占せよ〜

 警察の包囲を突破し、走る密売業者たちは息を切らせ、遮二無二足を前へ前へと進めている。 


 時折、思い出したように後ろを振り向くが暴れまわっている怪獣や街の被害に心を痛めている様子は微塵もない。


 背後では悲鳴が上がっており、燃え上がる火が夜闇を明々と照らし、崩れ去る建物が被災地を形作る。その惨状の全てを招いておきながら、彼らは我関せずというスタンスを貫いている。


 盗み、抱え込んだバッグからも抗議のように悲鳴が上がるが気にしない。それどころか口角泡を飛ばし、どこの言葉かもよくわからない言語でおそらく口汚く罵るとバッグを強く叩いた。


 二度三度と殴りつけ、それでも泣き止まない様子に腹を立てた男の目に灰色のコンクリートで出来た硬質な電柱が映った。


 つかつかと歩み寄るとバッグを振り被りーー


 突然の強い光に晒された。


 建物の陰から現れた大勢の人影に二人はあっという間に取り押さえられ、地面に押し付けられながら手錠を後ろ手にかけられる。


「確保!」


 それは警察官だった。


 二人は先程と同じように口汚いと思しき言葉を撒き散らしていたが警官達は「大人しくしろ、コラ!」と骨を折りそうなほどに戒めを強くする。


 激しく抵抗する二人を折りたたむようにしてやると、やがてパトカーに無理矢理詰め込まれて運ばれていった。


 落ちたバッグを拾い、それを見送った若い警官の一人がふう、とため息をついた。


「とんでもないことになりましたね」


 未だに暴れる怪獣を遠くに眺めながら若い警官が呟く。


「ああ、だが、あいつらを捕まえられてよかった」


 答えを返したのは四十代も半ばといった風貌の警官だ。こちらにも疲れが見える。


「何かわざと包囲網に分かりやすい穴を作って誘導したって聞きましたけど」


「……あの若造の指示らしいな。何でニートの使いっ走りなどやらされているのか」


 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。


 青山は事前に指示を出していた。最悪の場合に備えた想定がドンピシャリと的中し、市民の避難誘導と犯人の逃走経路の誘導を同時にこなしていたのだ。


 それ自体は賞賛に値するが、何で公僕ともあろうものがニートなどの指揮下に入らなくてはならないのか。それが中年警官には非常に不満だった。


「あの怪獣はどうなるんですか。軍隊ですか」


 一方で若い警官はそこまでこだわりがないのかあっけらかんとしている。


 年齢からくる柔軟性の違いとでもいうべきものがおっさんには慚愧にたえない。複雑な心境を押し隠し、再び視線を怪獣にやる。


「……それも問題ないだろう。あそこには赤谷烈人がいる」


 遠くに見える怪獣が巻藁のように真っ二つとなり、上半身がずり落ちていく。そこからではよく分からないが、何かが空を縦横無尽に駆けていた。


「赤谷……あの……」


 怪獣の頭上に飛んだ人影が落雷のように落ちていく。怪獣の苦悶に満ちた咆哮が夜闇に轟いた。


 やがて、赤色の光が火の粉のように空へと舞い上がり溶け逝くように消えていく。怪獣がやっつけられたのだとそれで理解した。


 怪獣は倒されても街の様子は変わらない。火は未だに燃え上がり、人々の悲鳴が響いている。


「滅茶苦茶だ」


 どこか怒りを孕んだ声がする。


「誰が責任取るんだよ、これ」


 吐き捨てるような、途方に暮れるような、どこにも行けない言葉が呪いのように滞留している。


 やがて、雪崩のような音が響き、ネズミの群れが押し寄せて、彼らは飲み込まれ流されて慌てふためくことになるのだが混乱はずっとそこにあって、この夜に終わることはなかった。





 それから数日後。


 見上げた天井はネズミ色をしている。天井から吊るされている細長い蛍光灯は頼りない光を灯している。それは明るさを確保しようとしているのに、何故かむしろ暗い印象を受ける。


 そこは警察署の取調室だった。窓がなく、二つの椅子と一つの机、その上にデスクライトが置かれている。


 何を口にするわけでもなく、パイプ椅子を揺らしながらそれを眺めていると、人より優れた五感が働き、遠くから足音が聞こえてくる。


 やがて錆びた蝶番が軋む音と共に扉が開く。


 そちらに目をやるとそこにいたのはスーツに身を包んだ青山だった。


「お疲れ様です、赤谷さん」


「……おう」


 億劫げに赤谷が視線を下げ、答える。


 机の上で指を組んで受けて立つように青山を睨めつけた。


「何でお前が来るんだよ」


「色々ありまして」


 笑顔を浮かべながら向かいの椅子を引き、足を組んで座る。足の上で指を組む。


「俺が赤谷さんと話をすることになりました」


「何の話だ? 俺の量刑の話か」


 ここまでやらかしたことを思い出す。


 建造物侵入罪、器物破損罪、公務執行妨害……どう足掻いても無罪放免とはいかないだろう。


 本来ならば。


「上は大事にしたくないそうです。いつものように」


 それを聞いて赤谷はやっぱりかとため息をつく。これまでも色々やらかしてきたが赤谷に前科はない。下手すると前歴すらない。赤谷本人すら異様なまでに贔屓されているとしか思えなかった。


「……前々から疑問だったんだけど、何で俺は何時も見逃されてんだ?」


 青山は困ったように笑った。


「分からないんですか?」


「分かんねえから聞いてんだよ」


「赤谷さんが強すぎるからですよ」


「……ああ」


 赤谷はそれで理解した。


 音速で投げ飛ばされても五体満足の頑丈さ。空を舞う瓦礫を飛び移る雷鎚のような俊敏性。巨大な怪獣の体を引き裂く鬼のような豪力。


 人間とは到底思えないその能力は、警察で対応できるものではないし、下手をすれば自衛隊……いやどの国の軍隊でも手に負えないだろう。


 つまり、赤谷を敵に回すというリスクを負いたくなかったのだ。


「腐りきってんな」


「そうですね。到底許せませんよね」


 侮蔑と共に吐き捨てるような赤谷の口振りとは逆に、青山はそれに同意しながらも楽しそうに声を弾ませている。


 なんか嫌な予感がした。


「そこで俺から提案なんですけど、今回出た被害に関して赤谷さんにも責任を負っていただくというのはどうでしょう」


「どういう形で?」


「金です。被害総額はまだハッキリとはしていませんが、大体三桁億円ってところですね」


「……そうか」


 一瞬天井を仰ぐ。


 頬を伝う冷や汗が落ちると共に、躊躇していた気持ちもすっかり抜け落ちた。


「分かった。承知した。了解した。きっちり耳揃えて払ってやんよ、コンチクショウ」


 やけくそ気味な赤谷の言葉に青山がハハハと笑い声を上げた。


「無理でしょ。ニートのくせに」


「うるせえ、無理だからって理由でやらねえ理由にはならねえんだよ」


「何だってそんなに筋を通そうとするんです? 俺だったら何かと抗弁して責任逃れしようとしますよ?」


 割と最悪な事を平然と言う青山に、赤谷は少し目を閉じて考えをまとめていた。十秒程黙考してから目と口を開いた。


「俺は生まれながらに強いからな。誰も文句が言えない奴が好き勝手してたら理不尽だろーが」


 幼い記憶を思い出す。いまだ自分が何者なのかを知らない赤谷に生きていく上で必要な心構えを与えてくれた大切な記憶である。


『お前が人並みに生きていきたいなら、正義の味方になっとけ』


『何だよ、正義の味方って』


『自分のやってることに言い訳出来ない生き物のことだよ』


 それは分かりやすい生き方だった。そして多分、性に合った生き方だった。


 これまでも、そしてこれからもそうやって生きていく。だからそこを曲げるつもりはなかった。


「まあ、そうなんでしょうね」


 まったく感銘を受けた様子もなく、青山は一枚の書類を机の上に滑らせた。


「何だこりゃ。借用書か?」


「それと同時に雇用契約書ですね」


「雇用契約書? マグロ漁船にでも乗せるのか?」


「何万本釣り上げるつもりですか。そうじゃなくて、ウチの会社に勤めませんか? というお誘いですね」


「会社? お前(ニート)の?」


 矛盾した言葉に、青山は「はい」と楽しそうにニコニコしながら手を叩く。ようやくこの話ができると言わんばかりで、興が乗ってきたらしい。


「実は前々から怪獣退治を民間に業務委託しませんかと上と話をしていましてね。この度、目出度く業務委託契約の締結がなされた次第なんですよ、ハイ」


「何だと……資金は?」


 会社を立ち上げるのにも資本金というものがいる。そしてニートに経済的余裕があるとは思えない。


 しかし、青山はそれを見越していたようで、したりと笑ってみせた。


「これまで怪獣退治でお世話になってきた各会社にスポンサーになってもらいました。まあ、正確には寄付という形ですが」


「NPO法人か?」


 普通の会社に資金を出すだけなら単なる投資になるが、NPO法人に寄付という形で支出するなら損金算入限度額を拡大出来るので税金対策になる。


 認定NPO法人である必要はあるが、業務委託されているくらいだからそこは通過しているのだろうことは予想がついた。


「大分以前から根回しをしてきてようやくその苦労が結実した訳です」


「……とんでもねえ野郎だな」

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