子連れニート 子を貸し腕貸しつかまつる
「何なんすか、それ。赤谷氏の隠し子っすか」
びしょ濡れの赤谷に抱きかかえられた謎の生物を見て開口一番、桜井がぶっ放してきた。
謎の生物は謎の生物なのでどう考えてもホモ・サピエンスたる赤谷の子供であるわけはなく、桜井もそんなことは分かっている。その上で一回り近い年上を茶化してくるアホのアホ面は非常に腹立たしいものだった。
「そうよ、あなたの子よ」
ムカついたので真顔でそう返してやると、途端に顔が青ざめた。
「マジですんませんした。謝るんで勘弁してくださいっす」
「次ぁねえからな」
そんな寸劇をやっていると腕の中の謎生物が身動ぎした。か細い声で鳴いている。そんな様子を見て頬をかきながら桜井が聞いてきた。
「で、結局どうすんすか。どっかで始末するんすか」
「血も涙もねえこと言い出しやがって野蛮人かよ。親御をやっちまった以上責任は俺にある。きちんと育てるわ」
親御、というのは海竜のことである。ぶった切って残っていたのがこのネギもどきだったのでそう判断したのだろうが、明らかに別種である。まあ、問題はそこではない。
「バカが炸裂しすぎっしょ、赤谷氏。余裕で法を犯してますよ」
怪獣は個人での飼育など勿論許されていない。メ○カリとかで転売されているという話もあるが売るのも買うのも、限りなく黒に近い漆黒である。
さて、そんなわけで赤谷の戯言は論外にも程があるのだが正論を言われた赤谷は青筋を浮かべて目付きも悪く、チンピラ丸出しで睨んできた。
「ああ?んだとコラァ。俺が法なんざでビビると思ってんのか上等だよかかってきやがれ」
核の炎で包まれた後の世紀末で生きていそうな思考をしているこの男はしかし紛れもなく現代人である。
うわぁ、と露骨な声が漏れる。
「ヤベェ。法治国家に存在していいタイプの人種じゃねぇっすわ」
「うるせえなあ。とにかくこのガキは俺が面倒見る。そのうえでコイツがなんか仕出かしたら責任持って腹でもなんでもかっさばいてやらぁ」
「時代錯誤ぉ」
「とにかく金貰いに行こうぜ。仕事は終わったんだ」
壊獣くんを掲げて見せる。プラスチックのオモチャにしか見えない刀の刀身がわずかに赤く輝いている。
怪獣を倒すと何だかよくわからない赤い光が現れ壊獣くんに吸い込まれる。それを以て怪獣を退治したという証明になるわけだった。
ここらの理屈をニート達はよく分かっていない。一部の無駄に理屈っぽい連中は分かっている雰囲気を出しているが、きっとよく分かっていないに違いないと赤谷は考えていた。
なにはともあれこれを見せれば仕事は完了である。さっさと戻ることにした。
「そーいや、簡単に片付いたっすね」
道すがら、桜井が気の抜けた声でいう。
「跳ねる泳ぐ打ち付けるはしゃぐしか行動パターンなかったかんな。代わりにずぶ濡れだよクソッタレ」
水も滴る何とやら状態である。非常にしっとりした湿度の高そうな格好をしていた。赤谷の歩いた跡は河童でも通ったんかと言う感じで湿っている。道行く人々の視線もどこかジトっとしている。
「へっへっへ。おかげでオイラはうまい汁だけ吸えました!あざまーっす!」
「チッ……まあテメエがヘイト稼いでくれたおかげで楽に済んだからな。ほれ、受け取っとけ」
ジャケットのポケットから出てきたそいつを手渡す。
五百円玉である。一枚だけだった。
そいつを受け取った桜井は信じられないものを見る目をしている。
「……赤谷氏ぃ。これはなんの冗談で?」
睨めつけるような桜井の眼光に、赤谷はキョトンとした表情である。
「滅茶苦茶公平だろ?」
一体何の問題があるのかと言わんばかりである。
「いやぁ戦争っすね」
櫻井が謎のポーズを取る。野生動物が攻撃を仕掛ける時に使いそうな構えだった。
「なんて欲深い野郎だ。クソ、青山の野郎でもいればなあ」
「あ、呼びました?」
背後から突然かけられた声にビックリしながら振り返ると髪を整髪料でなでつけ、諸々きっちりとした身なりをしている男がいた。
「げぇ、青山!? テメエ何でいやがる」
「いやあ、今、ネズミ型怪獣を退治して帰るところなんですよ」
無駄に爽やかな声で快活に言うものだから全然ニートらしくない。年の頃は二十歳ぐらい。というか大学卒業したばっかだと公言しているので二十二だろう。多分。
赤谷はコイツも少し苦手だった。というか赤谷は得意な相手が極端に少ない。少しな辺りコイツは大分マシな方だった。
「おぉう……あの件受けたんかよ……もう終わったのか?」
「三十人動員したんで瞬殺でした」
「よくそんな集まったな。賞金の分配しても子供の小遣いだろ、それじゃ」
桜井が何言ってんだコイツみたいな目を赤谷に向けていたが気付かなかった。そういうことにした。
「期限間近の連中を動かしたんですよ。金はいいからノルマだけでもこなさなきゃならないって人達をね」
ニート共を働かすために怪獣退治には一定の期間を設けており、この期間を過ぎても家から出てこないような輩は強制労働施設にぶち込まれる設定になっている。ので、絶対に働きたくない穀潰し共は日々なんとかこなせそうな仕事を探す習性を持っている。
青山はその習性を利用してブラック企業も真っ青の賃金で働かせたわけである。
「そんなのがマトモに働くとはおもえないんすけど。オイラだったら他のヤツに任せてサボるっすけどね」
桜井が疑問を呈する。さすがの同類。見事な推測である。
「まあ、そこは俺の話術の出番かな」
「なんだっけ。青山さん詐欺グループに就職しようとしたら摘発されて無い内定になったんでしたっけ」
「人聞きの悪い。普通の商社だよ。ただちょっと社長が脱税して下請けを脅迫してたのがバレて銀行から梯子を外されて資金繰りが悪化したところに社員が一斉に退職した挙げ句、未払い分の残業代を請求されたからスーツケースに隠れて高跳びしようとしたのが捕まって倒産しただけだよ」
「何でそんなところに就職しようとしたんすか」
「とにかく、その詐欺能力を活かして働かせたと」
「まあ、そうですね。依頼受注はグループ単位で申請してないから達成報告は各自でやるように土壇場で伝えたら遮二無二働いてくれました」
あっさりと恐ろしいことを口にする。
グループを組んで申請していれば先程の赤谷、桜井コンビのようにトドメをさす係とサポートに役割分担できるが、そうしていないということはネズミ型怪獣を仕留めないと達成報告しようにも証拠がないという話である。中々えげつない手段をとったものだった。
ちなみに、依頼受注せずに怪獣を倒した場合には賞金は出ない。ただ猶予期間がリセットされるのみである。
「それは話術とは言えなくね?」
「いやいや、話術を使おうとしたんですよ?でも彼ら、冗談だよって言う前に我先にと働き始めてしまいまして」
「嘘なんかよ!」
「勿論。彼らはある意味俺の顧客ですからね。また御利用させていただくためにも恨みを残すわけにも行きませんよ」
笑顔に合わせてキラリと歯が光る。赤谷も桜井もそれを見てドン引きする他ない。
どんなに外面良さそうに見えてもコイツはコイツでどこかヤバい奴なのであった。
「で、俺の名前が出てましたけど、何か御用ですか?」
「いや実は斯々然々でな?」
「いや、斯々然々とか言われても……」
お決まりのやり取りを済ませてから怪獣退治の賞金分配で揉めていることを伝えると青山は成程と頷いた。
「取り敢えず一万円からクリーニング代を差っ引いて、残った額を二対一で分配するのが公平でしょうね。大体四千円もあればクリーニング代にはなるだろうから桜井さんには二千円渡せばいいんじゃないですかね」
「ほらー! 青山さんもこう言ってるじゃん!」
「マジかテメエ、青山! 裏切りやがったな!」
「いや、裏切りもクソも……それでその腕にいるのが龍型怪獣から出てきた怪獣ですか」
赤谷の腕の中でグッタリとしている件の怪獣を指差す。ピィピィと壊れたピードロみたいな鳴き声がまだ生きていることを訴えている。
「そうそう。この人、何か飼う気満々なんすよ! ヤベーからなんか言ってやってくださいよ!」
「それはさすがに法に抵触するから止めときましょうよ。期限切れ寸前の誰かに売ったらどうです? 生体を維持した怪獣の売買は禁止されてますけど、これは飽くまで怪獣討伐の権限を取引しているに過ぎませんから法には触れませんよ」
「おい、外道がいんぞ」
「これはないわ。私もさすがに引くわ。思わず素が出るほどに引くわ」
「ええー? 資源と機会の有効活用だと思うんですけどねえ」
「とにかくコイツは俺が守る。やらかしたら責任は取る。文句を言うやつはぶっ飛ばす」
「はあ。それならどこか人目のつかないところに隠して育てるしかないでしょうね。怪獣の生態なんて知らないけれど突然巨大化したら赤谷さんとこのアパートは他の住民も巻き込んで倒壊しかねませんよ」
「んむぅ……そいつは確かに。どこかにあてはないか? サイコパス」
「そうですね、共同墓地か森林公園辺りが一番いいかもしれません。米軍の居住地も近いし、いざとなったら時間稼ぎに使えるかもしれませんよ」
「あそこ居住地なだけで基地ってわけじゃないと思うっすよサイコパスさん」
「? 家族の危機となったら誰でも一生懸命になるものじゃないか」
「成程さすがっすねサイコパスさん。あ、ちょっと離れてもらっていいっすか」
「な、何故? あとさっきから二人して人をサイコパス呼ばわりするのは止めてもらえないかな!?」
「しゃーねーな。バッグの中にでも入れて方々を転々とするか」
「ホームレスじゃないっすか。それも法に引っかかるっすよ」
「いや、軽犯罪法ではホームレスが罪になるのは収入がない場合も条件だから赤谷氏は法には一応引っかからないはずだよ」
「ホーホーホーホーうっせーな。お前らは梟かよ。ポリ公がイチャモンつけてきたらぶっ飛ばせばいいだけの話だろ?」
『んなわけあるか!』
思わずツッコむ二人に気色ばむような顔を見せる赤谷。何も言い返しこそしなかったがソッポを向いてしまった。あまりにも子供じみた反応に最も年少の桜井が深く深くため息をつく。
「ねえ、青山さん。やっぱこの人シャバにいちゃいけねぇタイプの生物っすよ」
「俺もそんな気がしてきた」
前科がないのが不思議なくらいである。口ばっかりで手は出さないタイプではないことを二人は知っている。
この社会性皆無の男は気に入らない上司を殴り、ムカつく客をしばき、舐めた態度を取る取引先を脅したりしてきたからニートなのだ。
大概の場合は殴るとスカッとする相手が、この暴力系社会派ニートによってぶっ飛ばされてきた。理不尽な暴力衝動はおそらくない勧善懲悪系問題児は気が付けば地元で就職するのは不可能になっていた。
本当に何で前科がないのか。謎である。
「コイツ、ピィピィ鳴くばっかりであんま動かねえな。腹減ってんじゃねえの?」
人差し指を猫みたいな口に近付け鼻先をかすめるように動かすと黒くて丸い鼻がスピスピと小さく動いている。
見ていると保護欲をかき乱される、それは愛らしい動作だった。
改めてその姿を観察するとどっかの公的機関がマスコットとして生み出したような姿をしている。
白と緑の体色。毛は生えていない。長い耳と尻尾は先端が緑色をしていて特に長ネギっぽい。短い手足は平べったい楕円形がくっついたような人形じみている。
顔の作りは所謂マズルっぽい形をしていて黒い鼻が白い体色にあってよく目立つ。口は猫のようなウィスカーパッドになっていて色んな動物のお得セットのような特徴を持っていた。
目は閉じていてよくわからない。
「可愛いっちゃ可愛いんすけどねー。外来種は生態系をぶち壊すインベーダーっすからね。可愛さだけで許されると思っちゃいけないっすよ。飴ちゃん食べるっすか?」
「食うわけねえべ。テメエは大阪のオバちゃんかよ」
「あ。食べた」
「マジで!?」
ペロペロと短く赤い舌を伸ばし飴を舐め始めた。口に含みはしないものの一生懸命舐め続けている。
それを眺めていた桜井はたまらず黄色い声を上げた。
「ううん……可愛い。どうしよう、オイラも愛着湧いてきたんすけど。どうしてくれるんすかこのヤロウ」
「どうもこうもねえよ。俺が全部やるからテメェは黙っててくれりゃそれでいい」
「そんな! オイラにもペロの世話を焼かせてくださいっす!」
「勝手に安直な名前つけてんじゃねぇよ!」
「じゃ、何て名前にするんすか」
「白いし緑だし。200系でいいんじゃねえの?」
「鉄道オタクって害悪っすね」
「別に鉄オタじゃねえよ! 何かそれっぽい色してんなーって思っただけだ!」
「まあまあ。名前なんか別にいらないじゃないですか。どうせそのうち処分するんだし」
『サイコパスは黙ってろ!』
「はあ……じゃあネギボーとかどうです? いかにもそれっぽいでしょ?」
「まあ……200系よりかはいっか……」
「ああ……ペロよりかは浮かれてねえな……」
睨み合う二人であるが、サイコパスはこれに付き合う義理もねえとばかりに空気も読まず、別れの挨拶を切り出した。
「何か困ったことがあったら相談に乗りますよ。それじゃあまた今度一緒に仕事しましょうね」
あまりにマイペースなその姿にいがみ合うのも馬鹿らしくなって赤谷は肩を落としてため息をついた。
「……二進も三進もいかなくなったら頼まぁ」
かくして赤谷は真夜中のドリフターとなったのであった。
いろんな公園のベンチを寝床にネギボーをリュックサックに入れ日がな一日中あちこちを彷徨いながら怪獣を倒して日銭を稼ぐ毎日が続いた。
ネギボーの生態も何となく分かってきた。雑食であり大体何でも食べるが肉より野菜の方が好きなようであり、特に長ネギ好物のようだった。
最初は弱っていたが食事を与えると共に元気になっていった。人懐っこく甘えん坊な気質があり目が覚めると赤谷に抱きついていることも珍しくない。
「何か滅茶苦茶懐かれてるっすね、赤谷氏」
どういう星の巡りが働いているのか、仕事を共にすることが多くなってきた桜井が日に日に絆を深めていく一人と一匹の様子を羨ましげに、あるいは恨めしそうに見ながら言った。
気を抜くとネギボーはリュックサックから出てきては赤谷の首に抱きついたり妙に甘えた仕草をしてきていた。赤谷もそれを邪険にはせず受け入れている。
「いや、俺は鬱陶しいって思ってっからな?」
等と説得力のない供述をしている。実に往生際の悪い男であった。
とはいえ、生活に支障をきたしていないかというとそういうわけでもない。
時々家に帰っては風呂に入ることもしていたが、次第にめんどくさくなったのか二日三日と風呂に入らない日が伸びていった。
「お風呂にはきちんと入ってくださいね」
受付の公由嬢からも苦笑いで苦言を呈される有様でコイツはそろそろまずいな。と思っていた矢先のことだった。
いつものように公園のベンチで寝ていると突然頭に痛みが走った。
「おい、オッサン。こんなところで寝てんじゃねーよ」
寝ぼけ眼で周囲を確認してみると三人のクソガキに囲まれていた。どいつもこいつも下卑た笑いを浮かべており、明らかに赤谷をマトモな人間扱いしようという気配はない。
「っぜーな……何だテメーらは。公僕でもあるまいし不審者に気安く声かけてんじゃねーよ。危機感足りねーな……」
「キキカンタリネーナだってよ! ウケんだけど!?」
「キキカン足りてねぇのはテメェだって話だろバカじゃねーの! ゲラゲラゲラ!」
頭の悪い獲物が余りにも状況判断能力が欠けていることに楽しくなっちゃった狩り人を自認する子供らが笑い出す。
大体想像通りの展開だったので、どうせこの後の展開も分かりきったものになるだろうという憂鬱から赤谷は溜息を漏らした。
「いちいち俺も赤子未満なクソガキの夜泣きに付き合って睡眠時間減らしたくねえんだよ。最初の一発は忘れてやるからとっとと失せろ」
三人の一人が鐘を打てば響くような反応で赤谷の座るベンチを蹴った。
「あ? 何グチャグチャ言ってんの? オッサンテメェ調子くれてっと殺すぞ?」
「取り敢えず金目のモン出せや。その汚えリュック寄越せ」
リュックサックに手を伸ばそうとするガキCの手を払いのける。
「もう一回だけ言ってやる。失せろ」
激昂したガキBが赤谷の頬を強かに打ち付けた。ちょっと強く叩きすぎたせいで自分の手も痛くなってしまい、さすりつつがなり立てた。
「言ってんじゃねえよ、クソ野郎! 舐めた口利きやがってマジむかつくわ。なあ、リョーちゃん俺、コイツ殺していい?」
「いいよ。やっちまおうぜ」
そして酷薄な笑みを浮かべ殴ったガキBが赤谷の胸ぐらを掴み立ち上がらせようとしたが、どうやっても持ち上がらない。
「な、なんだ? あ、あれ? て、テメェ抵抗してんじゃね……いでぇぇぇぇぇ!?」
訝しがるガキBの足の甲を赤谷のかかとが踏み潰していた。悲鳴を上げて離れようとしても赤谷の足が逃さない。
「て、テメェ!? 何やってんだ、やっちんから足離せよ、オイ!」
「グチャグチャ言ってんじゃねえぞ、クソガキどもが……人の生殺与奪まで好き勝手に言いやがって何様だカスが。テメエらが俺の何だっつーんだよ、あぁ!?」
踏み潰していた足を離すと、ヤクザキックを下腹部に叩き込む。「ごぇ」とか汚い鳴き声を上げるとガキBは地面を転がり始めた。
「や、やっちん!?」
「俺ぁ言ったよなぁ? 不審者に声掛けんなって。失せろとも言ってやった。こんな親切な話はサバンナじゃありえねえぞ? それでも失せなかったテメエらが全面的に悪いからお勉強のお時間だ。体で覚えていけや」
「な、舐めんじゃねぇぞクソジジィ!」
殴りかかってきたガキAの拳を再び顔で受け止める。それなりの勢いでこぶしを叩き込まれたにも関わらず痛がる素振りどころか顔が動くことさえなかった。
むしろ、今度は拳を叩き込んだ側のガキAが悲鳴を上げていた。
「い、いってええええ!?」
「お、おい、どうしたんだよ!?」
「こ、コイツ、鉄みたいに硬え……!? や、ヤベェ……折れてるかも……」
へたり込み赤紫に腫れ上がった拳を涙目で見ていると赤谷はそいつの襟首を掴んで持ち上げた。
「おい、クソガキ。俺は優しいから教えてやるけど世の中にはなぁ法律ってもんがあって、そこには人を殴っちゃいけませんって書いてあんだよ。で、テメエは人を殴りつけやがったから有罪だな。どんな罰がいい?」
「ぐ、ぐぇ……」
「ほうほう、成程。ボクチンはとっても悪いことをしちゃったから反省してますかー。ちゃんと反省できるのは偉いな。それじゃあ許してあげよう。ほーら高ーい高ーい」
襟首をつかんだまま地面に下ろしたかと思えば次の瞬間、片手で空高くガキAを放り投げた。
「は、はあ!?」
高さにして五メートル程。建物の二階部分に相当する程の高さにまで投げられガキAは驚きと共に恐怖を顔中に貼り付けていた。
「ひ……ひぃ……」
自由落下には地球に引っ張られるような恐ろしさがある。確かなものが何もなく、為す術ないまま増加していく運動エネルギーを実感する。
地面に叩きつけられるその前に、赤谷の腕がガキAを受け止めた。ある程度の衝撃緩和はしたものの無傷で済ませるつもりはなかったようでガキAは肺から空気を吐き出して、かと思えばカニのように泡を吹き出して気絶した。
それを無造作に地面に落とす。
「さて、残りは一匹か。面倒くせえな……どうすっか……」
つまらなさそうな視線を残されたガキCに向けるとガキCは腰が抜けたのかビクビクと怯えた様子で座り込んでいた。
「す、すすすすいません! 許してください!ちょ、ちょっと調子にのっちまっただけなんす……!」
土下座せんばかりの勢いで謝ってくるのが赤谷は逆に腹立たしかった。
「テメエらが俺にしたことは安眠妨害に傷害事件、強盗と殺人未遂だなぁ。ちょっと調子に乗っただけでこんなこと仕出かすような野郎を放置してたら横浜市民の名折れだと思わねぇ?」
「いや、ほほほほ本当に悪かったと思ってますんで! ど、どうか……」
壊れたスピーカーみたいなガキCの命乞いがあんまりうるさかったからか、背負ったリュックサックがモゾモゾと動き出しネギボーが顔を出した。
「おっと、起こしちまったか。わりいな」
「え……か、怪獣……?」
「うるせえな。だったら何だよ」
「ひっ! い、いえ、なんでもありません!」
ピィ、とネギボーが鳴いた。純粋無垢なその様子に毒気を抜かれてどうでも良くなってきた。
「もういいや、お前。コイツラ連れて失せろ」
こくこくと頷き、二人を叩き起こし、ガキBには肩を貸しながら去っていった。その後ろ姿を眺め視界から消え去ると、赤谷は長ネギをネギボーに与え深くため息をついた。