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モンスターハンター:ニート

 ある日、日本中に大量の怪獣が現れた。


 怪獣たちは大体人間大から一回りくらいデカい個体。一番大きいのでも家一軒くらいと意外と小さかったが、それでも人間比で見れば圧倒的な力で暴れ回り、それはもう人様に迷惑をかけまくった。


 各種交通網に起こる遅延、それに伴う心無い利用者からのクレーム。昭和の不良少年のように窓ガラスを壊して回るから警察は何をやっているんだの大合唱。お願いだから自衛隊さん何とかしてくれと言ってみれば動物愛護団体から命をなんだと思っているんだという慈愛に満ちたクソリプが飛んでくる。俺たちの命はガン無視かい。公務員の悲哀は何故かSNSで大炎上。日本は未曾有の大災害に見舞われていた。


 そもそも大人は忙しい。こんな怪獣とかに付き合っている暇はないのである。


 そこで白羽の矢が立てられたのがこの日本に数十万人と存在する穀潰し、もとい可能性の塊たちこと、


 not in education, employment or training


 未学習にして未就職、また非訓練生。


 すなわちN・E・E・Tである。


 日本政府は迅速に法案を成立。幾つかの過程(衆院、参院)を省略したがごく一部を除いて誰も問題にすることなかった。平和的に可決されたその法案の名前は怪獣対策法案。


 その内容は怪獣に対し非労働力人口を動員し、これに対処するというものである。


 またも諦めの悪いごく一部から非人道的であると非難の声が上がったような気もするが、この時多くの国民が突発性難聴にかかっていたため偶然聞こえなかった。


 こうして全国からニートが摘発され出荷されていき各ハローワークに送られた。


 怪獣退治の要請はニート達の流儀に合わせてハローワーク(ギルド)からのお仕事(クエスト)という体になった。


 とはいえ彼らはトラックに轢かれたわけでも神様の手違いにあったわけでもない。何の力もない一般人である。銃を持たせたところで明後日の方向に撃ち出し、日本刀を持たせたところで重さに筋力が追いつかない。そもそもニートにそんなもん持たせていいわけがない。


 まあ、中には無駄に筋トレを続けた結果、色白なマッチョとかいう違和感の塊もいたが、時代は多様性である。皆が主役の船頭多くして船山に登るみたいなイデオロギーが幅を利かせていた。クソデ……もといプラスサイズのパワー系にも活躍の機会は与えられなくてはならない。


 そこで政府で秘密裏に開発されていた対怪獣用エクスデウス的兵装、壊獣くんの出番となった。


 細かい説明は省くが怪獣を倒せるけど人間には無害な上にプラスチック製とかいうご都合兵器でありこれによって運動不足の引き籠もり達でも戦えるのであった。


 こうして怪獣対ニートというどっちが怪物なんだか分からない事態が始まった。


 それから五年。未だにニートはハローワークに通い続けていた。




 赤谷烈人はニートである。今年で二十五になる。


 黒いシャツに黒いジャケット、黒いジーンズに黒い靴。黒ずくめの格好をした目つきの悪いニート。それが赤谷烈人である。


 勤労意欲はまるでない。横に流れる掘割川と同じくらいには淀んだ目がやる気のなさと本人の怠惰さをこれでもかと表していた。


 指貫グローブをした右手にはプラスチック製の玩具みたいな長得物。壊獣くんがぶら下がっている。


 通行人がこれを見ては指さして笑っている。さにあらん、壊獣くんは栄光ある非労働力人口の一員たる証なのだから。


 まあ、半分くらいは赤谷の被害妄想なのだが。別に誰も笑ってはいない。時折遭遇する珍獣を見ているだけである。


 兎にも角にも赤谷はニートらしくないニートである。ガルルと狂犬のように歯茎をむき出しにして周囲に腐った目つきで睨み返してやる。すると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 けっ、とつまらなさそうに歩き出すと次第にハローワーク根岸橋支店が見えてきた。


 電気店跡地だかゲームセンター跡地だかを買い取って作ったこじんまりとした構えは全く公的機関のそれには見えない。気にすることなく中に入ると狭っ苦しい室内には先客がいた。


「うっす、赤谷氏。重役出勤ですなぁ。目ぼしいクエストは粗方もってかれちまいましたぜ」


 世にも胡散臭い口調とアニメぐらいでしか聞かないような甘ったるい声質をした女がげひひと笑いながら煽ってきた。


「うるっせえよサクランボ。俺ぁ昨日から四角い鉄火場で徹夜してんだよ。その糖尿病になりそうな声は聞きたくねえ」


「サクランボは酷いっすね、赤谷氏。オイラにゃ桜井櫻ってれっきとした名前があるんすよ」


 心外そうに腰に手を当てて抗議する。


 桜井櫻は十代半ばくらいの年の頃、ツインテールに派手な色合いをした英字シャツにフリフリのミニスカート、ピンクと白の縞模様をしたニーソックス。どこに出しても恥ずかしいコスプレみたいな格好をした少女である。


 赤谷はこの少女が苦手であった。


「相変わらず頭痛が痛いみてえな名前だな……」


「赤谷氏が人のこと言えたもんっすか。戦隊ヒーローのセンターになることを宿命付けられたみてえな名前じゃないっすか」


「よし、この話は止めよう。これ以上続けたらどっちかが死ぬことになりそうだ」


「ヒュー! さすが赤谷氏! 将来ろくな家庭を築けそうにねぇー!」


「るっせえ。マジで黙れ。分からせんぞ……よっす、公由さん。何か楽して稼げる話ない?」


 桜井の相手もそこそこに、カウンターの奥にいた女性に話しかける。年の頃は二十代半ば程、スーツ姿に頭の後ろでまとめた髪、細いフレームをした銀色の眼鏡の奥で大きな瞳が濡れている。特別露出があるでもないのに妙な色気を醸し出していた。


「こんにちは、赤谷さん。先程、櫻ちゃんが言ってましたけどめぼしいのは皆さんが持っていってしまいましたよ」


「だよね分かってた。その残飯の中から一番マシな奴は何かないの?」


 そうですね、と眼鏡を持ち上げる。


「川の中に現れた海龍タイプと工場内に出た鼠タイプ。どっちがいいですか?」


「残り物には福があるって話は嘘じゃん?」


「どっちも迷惑この上ないんですよ。海龍タイプのせいで掘割川に停めてるボートに穴が空けられてクレームが来てますし。鼠タイプは鉄パイプすら齧ってしまうものだから工場止まってるらしいんです」


「この際ボートは全部沈んでも良くない? 鬱陶しいでしょ、あれ」


 ニコリと公由嬢が笑う。


「行政相談センターに就職します?」


「クレームとか大変だよね早く解決しなきゃ」


 そう言って一枚の紙を受け取る。賞金首の手配書だ。そこには海龍タイプの怪獣が楽しそうに水遊びをしている姿があった。


 賞金額は一万円。


「安くない?」


 海龍タイプは水場にいる上、大体が大型なので相場としては五万はあってもいい。一万は確かに安かった。


「行動パターンが判明してますし、あまり強いパターンもないんですよね」


 苦笑しながら公由嬢が言う。補足事項に書かれた行動パターンは確かに脅威的と言えるものがなかった。


「クッソ、さすがに売れ残り。割に合わねえ」


 怪獣には行動パターンと呼ばれるものがある。一つの個体につき大体四種類の行動パターンがあり、中には甚大な被害をもたらす個体もいるのだが今回の海龍タイプは大分大人しい部類であった。


 とはいえ腐っても海龍タイプである。多少マシなだけでやらかすことは迷惑極まりない。さっさと処理する必要がある。


 だが、さすがはお役所仕事と言うべきか。怪獣の討伐報奨金は行動パターンによる危険性が重要視され実際の討伐にかかる手間は勘案されない傾向にある。


 特に海龍タイプは嫌でもびしょ濡れになるキツイ汚い臭いの3K仕事である。こんなはした金では誰もやりたがらない。


 誰かがやるだろうの精神で残された仕事を貧乏くじを引く様に請け負う誰か。それが今回の赤谷であった。


「クッソ、徹マンとかやってる場合じゃなかったじゃねえか、アホか昨日の俺死ね!」


「それはタイムマシンでも出来てから存分に。それじゃあよろしくお願いします」


「チクショウ任された!」


 悲鳴を上げる赤谷を眺めながらアニメ声で笑う少女が一人。


「御愁傷様っす、赤谷さん。じゃ、頑張ってくださいっす」


「うるせえお前も行くんだよサクランボ」


「え、何でっすか!? オイラ昨日仕事したからしばらく遊んでていいんすけど!?」


「黙れ、不幸はみんなで分かち合うもんだろ」


「ヤダー! 助けて公由さーん!」


 赤谷に首根っこ掴まれて連れ去られる桜井の悲鳴を聞きながら、当の公由嬢は穏やかな笑顔を浮かべて手を振っていた。




 坂下橋を越えて、海の見える公園を右手に首都高速湾岸線を過ぎた頃、東京湾に出来たたんこぶみたいな根岸湾が見えてきた。


 引っ込み思案な形をしてるくせに釣り船センターがあったり造船所があったりヨットハーバーがあったりとこれでもかとばかりに湾岸であることを主張しまくるスタイルである。


 モーターボートがズババンズババンズババババンと波を立てて海上を走っている。


「海まで来ちまったじゃんかよ」


「磯臭えっすよ、赤谷氏ー」


「俺に言われてもどーしょーもねーべ……お?」


 煌めく水面、遠く臨むそこに一際強く跳ねる波がある。


 バッチャンバッチャン波打つ、長くも強い蛇のような肢体をうねらせ愛嬌のない顔をした怪物がいる。鋭い牙に鋭い目付き、体を覆う鱗は水を撥ねる。


 心なしか楽しそうに見えるそいつは件の海竜に間違いないのであった。


「景気良く泳いでやがんな、あんチクショー」


「うわー。ぶっ飛ばすのメンドクセー。寄ってくるまで待ちっすか、赤谷氏」


「そんな悠長に待ってられるか。横浜市民は気が短えんだよ」


「いや、それは個人の資質じゃないっすかね。無駄に主語を大きくしないでもらえます?」


「うるせえ。テメエ、いいからちゃんと援護しろよ」


「へえへえ。わっかりましたよっと」


 桜井がとりだした壊獣くんはオモチャの銃の形をしている。パラボラアンテナみたいなのが銃口になっているあれである。


 傍目に見るとふざけているとしか思えない得物を構え、ペロリと小さな舌を出したバカみたいな顔をしながら狙いをつける。


「ローック・オーン!」


 現実には存在しない照準線が桜井の視界に現れ遥か遠方の怪獣が望遠鏡を覗くようにして捉えられた。


「ばきゅーん!」


 気の抜けるような声と共に引き金が引かれるとパラボラアンテナからデフォルメされた電磁波みたいな波打つビームが飛んでいく。


 海の上をかっ飛んでいったそいつが優雅に泳ぐ怪獣に出会い頭の事故みたいな正面衝突を起こすと、怪獣が悲鳴を上げて一瞬動きを止めた。


 しかし、驚いただけなのかすぐに元気よくまたバッチャンバッチャン泳ぎだす。


「あー……やっぱ死なないかー。オイラの壊獣くん火力ないんすよねー」


「上出来だサクランボ。その調子でヘイトを稼いどけ」


「それはいいんすけど、赤谷氏。どうやって近づくんすか?」


 赤谷は親指で海上を走るモーターボートを指し示した。


「成程。あの人、可哀想」


「これも公共のなんちゃらのためだ。大丈夫、死にゃあしねえよ。じゃあ引き続き頼まあ」


 適当なことを言いながら、軽い準備運動を行い体の各所の調子を整えると赤谷はジャンプした。


 それは一般的なジャンプというものではない。大砲か何かで打ち出されたかのように空を飛び、綺麗な放物線を描くと海上を走るモーターボートの上に着地した。激しく揺れ、転覆するかと思いきや赤谷の神業みたいな重心操作によってボートはそのまま走り続けていた。


「おわぁ!? 何事だ!?」


 もっとも乗っている人間はそうもいかない。突然の出来事に驚き慄き取り乱すが、その鼻先に刀型の壊獣くんを突き付けられる。


「ヘイ、DJ。ハローワークから来ました。今日のダンスパートナーはお前に決めた。いっちょあそこの海蛇にぶちかますから引き続き運転してくんな」


「ニートか! やべえのに巻き込まれたな! どうすればいい!?」


「話が分かるぅー。とにかく、あそこの怪物ぶった斬るから近付いて。特等席で一生に一度の解体ショーを見せてやるよ」


「よっしゃ、任せろお客さん! ヒュー! 一度言ってみたかったんだ、これ!」


「やべぇ、分かる」


 ノリのいい市民がボートをかっ飛ばす。怪獣は桜井の攻撃を受け続けていたが弱る様子もない。赤谷は口の周りを舌で一周する。腰に構えた青い色をしたでっかい包丁みたいな壊獣くんが今か今かとその時を待ち侘びている。


「よっしゃ、そのままサクランボの方を見てろ……俺には目もくれるなよ」


 壊獣くんにはボタンがあった。それを押し込むと突然イケボが壊獣くんから発せられる。


『抜けば玉散る氷の刃……えぇい、寄るな寄るな』


 ふぅ、と息を吐き大きく口を開いた。怪獣に接近すること、あと一息の間合いである。


『「寄らば斬る!」』


 見開いた凶暴な眼差しが怪獣を捉える。


 加速するモーターボートが怪獣の横を通り過ぎると同時に神速の一振りが放たれる。定規で引いたような綺麗な真横一文字が怪獣の体を両断する。


 絶叫と共に赤い光が飛び散り、それが壊獣くんに吸い込まれていく。怪獣は白くまばゆい光に包まれたかと思うと天高く光そのものとなって飛んでいき消えていった。


 爆散した衝撃で飛び散った水飛沫が虹を作り、水浸しの二人はそれを見上げていた。


「おお……すっげ……すっげーな、ニイチャン!」


 非日常的な光景に興奮し、高ぶる運転手の声にサムズアップして赤谷は応えた。


「それほどでもあるのでもっと称賛してもいいぞ……お?」


 怪獣が消えていった水上に、何かが浮いているのが見えた。


「なあ、DJ。ちょっと、あそこまで寄ってくれよ」


 何か有害な物質とかが垂れ流しになったり海のゴミになったら良くない。そう考えて赤谷はそれを確認するべく寄ってみると、そいつはまるでクレーンゲームの景品みたいな人形だった。


 いや、人形ではない。突き出たアンテナみたいな耳、へたりこんだ尻尾。緑色と白色のネギみたいな体色をしたそいつは弱々しい鳴き声を上げている。


 怖怖とそいつを拾い上げる。


 黒くて大きな目、小さな口、プスプスと吐息を漏らす小さな丸い鼻。先程の怪獣とは打って変わってどことなく愛玩動物を思わせる顔面をしている。


 どうやら立派な怪獣のようだった。

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