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「…なぜだ…」
ことばもなく相手を見上げていたギヌアが、堪え切れないように呻いた。
「なぜ、そんな力を持っている…」
アシャは答えない。
「そんな力を持っているなら…なぜ、もっと早く、使わなかった…」
背後に振動を感じた。肩越しに見やると、黒く焦げた敵兵を踏み潰して、ユカルとシートスが駆けつけている。ユーノの背後で平原竜を降り、対峙するギヌアとアシャを無言で見守る。
四大公は力を失い、ラズーンは崩壊し、野戦部隊はほぼ全滅した。
それほどの力を、なぜもっと早く、使わなかった。
ギヌアの問いはシートス達の問いでもあっただろう。
「……なぜ…もっと早く……『運命』を…潰さなかった……!」
ギヌアの声は悲痛だった。
「不可能だ」
淡々とアシャが応じた。
「そんなことはない、それだけの力があれば…っ」
「『運命』は全世界に散っている。拠点を探し出し、虱潰しに潰したところで意味はない」
静かな声で理を説く。
かつて世界を闇から支えた力だ、確かにすぐに一掃するのは難しかっただろう。
「だが……だが……『ラズーン』として正面からぶつかったところで、どちらが勝つかわからなかったはずだ…っ」
ギヌアが必死に訴える。
事実、アシャが黄金の奔流を放つまで、『運命』は勝機を掴んでいた。
「例え、『氷の双宮』に立てこもって戦っても、お前さえいなければ十分に勝てた…! いや、今でも『運命』はまだ、世界に散っている。諸国から掻き集めれば…っ!」
「今なら勝てる、と思ったのだろう?」
優しいほど静かな口調でアシャが尋ねた。
「四大公を失い、野戦部隊を失い、兵力を失ったラズーンを、今なら潰せると軍を集めた。この戦いで勝てなくとも、『運命』は『人』にすり替わり、操ることもできる。減った軍勢は『人』で補える。そう過信して、多くの『運命』を集めただろう?」
「しかし、それでも、まだ…っ」
髪の毛を振り乱して反論するギヌアが、聞き分けのない幼い子どもであるかのように、アシャは少し微笑んだ。
「もう、足りない」
「…え?」
何を言われたかわからない、そんな顔でギヌアが瞬く。
「俺はこの後、世界を回る。手当たり次第に『運命』を減らすのだから」
「…?」
ふいに悪寒に襲われて、ユーノは身震いした。
「ユーノ? どうした?」
「いや、今、何か」
とんでもないことを聞いたような。
ユカルの声に、不自然に震える自分の体をそっと抱く。
『運命』を減らす。
アシャのことばが頭の中に繰り返される。
『減らす』?
『殺す』ではなく?
なぜ、『減らす』ことが『運命』の敗北条件になる?
「まさか…」
思いついた戦略はユーノの体から力を奪う。
「とっくに、勝敗はついていた、のか…?」
座り込みたくなる脱力感を必死に堪えて、話し続けるアシャとギヌアを見る。
信じたくない、見たくない真実が今、暴かれようとしている。
ギヌアが掠れた声を上げる。
「そんなもの…っ、お前がいない場所で、『運命』はまた再び力を取り戻し」
「無理だ」
アシャは一言で応じた。戸惑うギヌアを憐れんだように付け加える。
「『運命』は性別がなく、子を為せない」
「………は…?」
「『氷の双宮』でしか生まれない」
ユーノの頭で目まぐるしく光景が切り替わる。ガラスの筒の中の不思議な生物。滅亡が予定された世界で、命を紡ぐべく作られた装置。
「何の…話……」
問いかけるギヌアの顔は蒼白だった。質問とは逆に、第二正統後継者であったのだから、アシャが何を話しているかはわかったのだろう。アシャは躊躇うことなくことばを続ける。
「『氷の双宮』は再生を止めた」
「……」
「もう何も生み出せはしない」
「……ばか、な……」
そんなことをすれば、いずれ『人』も。
「まさか…」
言いかけたギヌアが目を見開く。アシャが肯定するようにゆっくりと頷く。
「もう、『正しい形』でなくても良いのだ」
「……」
ギヌアは零れ落ちそうなほど開いた瞳でアシャを見上げる。
「…『人』は既に世代を重ねている。『氷の双宮』に退避した『人』は、次の世代を繋ぐのに十分な数が揃っている……もう『氷の双宮』を必要としない」
あの場所を必要としたのは、『運命』だけだったのだ。
「あ……あ……あ」
冷徹な声音に、ギヌアが崩れるように両手をついた。
「ラズーンを……放棄した……? なぜ……なぜ絶対の……優位を……安全を……」
「『氷の双宮』は遠からず破壊される」
アシャはなおも穏やかな口調で続けた。
「もう、何人も、世界の未来に、手を伸ばすことは許されない」
「ああ……ああ……あああああ!」
ギヌアが慟哭する。
「バカな……そんな、馬鹿な……!」
がさり、と『運命』であったものが、風に崩れる。




