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一度目の激しい炎を全身に浴びて、ユーノの感覚は冷えていた。
もし、考えていたことが正しければ。
もし、想像していたことが間違っていなければ。
たじろぎもせずにユーノに向かって炎を撃つアシャに、体が竦まなかったとは言えない。
けれど、他に、道はない。
轟音と共に体の外側を激しい風が荒れ狂う。身を削ぎ血肉を撒き散らすような容赦のない力。肌が焦げ熱風に喉を焼かれる。
「んむっ…?」
目を閉じ口を噤んで覚悟した一瞬後、清冽とも言える冷たさに息が詰まった。周囲で上がる絶叫と悲鳴、すぐ側で何かが燃え上がる音、次々に消える気配と地面に伝わる振動音。だが、その音は想像していたよりも軽く短時間で途絶える。
「……っ」
我慢できずに目を開けて、すぐ目の前の『運命』が炎に焼かれて踊り狂うように逃げ回り倒れるのを見た。隣に居た男が悲鳴を上げ、自らも焼かれているように身悶えし、やがて自分がどこも焼けていないことを知って座り込み、呆然と周囲を見遣る。
「へ…ひ…っ」
心が耐え切れたかったのだろう、凄惨な周囲の状況にを見渡した後、男は虚な笑いを漏らしながら首を振り始める。
「は、はは…っ ははは…」
「どう言うことだ!」
ギヌアを囲む『運命』達が騒いでいる。
「あんな力があるとは聞いていない!」「謀ったのか、ギヌア!」「罠だったのか!」
惑乱と動揺。狼狽えた表情を隠しもしない。
無理もない、ただ一閃の光が、あれだけ優勢だった軍を一瞬にして壊滅させたのだから。
「あ、いや、あれは…」
ギヌアが驚きを顔をに張り付けたまま弱々しく顔を振る。
「そんな、そんなことは、あれは、アシャは」
「ギヌア!」
誰よりも響く声でシリオンが迫った。
「お前は我らを騙したのか! お前は我らを引き込む駒だったのか!」
「違…」
ギヌアは幼い仕草で首を振った。アシャを見、混乱し自分を責める配下を見、焦げて紙屑のように地面に撒かれた最強の軍勢を見。どこかに答えを見つけようと必死に足掻く顔に汗が流れ続けている。座り込んでしまった体は細かく震え、もう一人では立てないように不安げに揺れる。
「そんなはずはない、アシャは、そんなことができるはずは…」
「ちぃっ」
激しい舌打ちを漏らしたシリオンは、王とまで祭り上げた男をすぐに見限った。周囲を見回し、高らかに宣言する。
「人の王は伏した。今、この時からは我ら『運命』こそが世を統べる!」
「おおっ!」
竦みかけた十数騎が活気を取り戻し、シリオンの元に集まる。
「アシャを倒す! 今こそ真の力を見せよ!」
馬を翻し、陣形を作り、シリオンはアシャと対峙した。これだけ兵を削られても、ぼんやりと魂を無くしたように立つアシャより、シリオン率いる『運命』の方が数倍覇気がある。最後の一雫まで絞り出そうとするように、シリオンがもう一度、高らかに声を上げた。
「我ら『運命』こそ、この世界を継ぐ者だ!」
「……」
アシャは不思議そうな仕草でゆっくりと首を傾げた。面倒くさそうに片手を挙げている。シリオンとギヌアを繋ぐ線に向けて、穏やかで静かな気配のまま。
「アシャっ! 無用だっ!」
思わず叫んだのは勝者の優越と取られても仕方がない。ただ、ユーノが守ろうとしたのは、ギヌアや『運命』ではない。勝利が決まっていてもなお、兵器として動くことを選ぶアシャをなんとしてでも止めたかった。
「もう撃たなくて…っ」
いい、の声は届かなかった。
アシャは無造作に二度目の光の奔流を放つ。誰かを害する意識もなく、ただ与えられた役割のままに。自分の攻撃が、生死を分けているとさえ感じぬままに。
視界が熱に霞み、胸が痛んだ。
わかっていた、『そのため』のアシャだ。『そのため』に生き残ることを許された存在だ。
だが、『そうなる』ことを、きっと誰よりも拒んでいたはずだ。
じゅ、と小さな音が響いて、奔流に飲み込まれた『運命』の一群が動きを止めた。光が通り過ぎた後、空中で躍り上がるように固まった馬も人の形も、黒く縮みながらばらばらと崩れ始める。
あれほどの軍勢、あれほどの戦略、あれほどの熱情が、ラズーンが配備していた、ただ1人の男に消し去られていく。
やはりそうだった。
アシャのあの炎は、『運命』の因子を含むものしか焼かないのだ。軍勢のほとんどが焼かれたのは、おそらく『運命』に体を開け渡したり影響を受けたもの、生き残った者は人でしかなかったのだろう。『氷の双宮』を炎で覆ったのも、退避するのに厳密に選別をしたのも、『運命』の因子を含んでいるならば、炎に触れた瞬間、焼失することになったからだ。
「…アシャ…っ」
ユーノの声に振り向くこともなく、黄金の髪を煌めかせ、慌てることも恐れることもない静かな足取りで、アシャは座り込んでいるギヌアの元へ近づいてきた。衣服は裂け、血と泥で汚れ、腕や足に傷も負っている。けれど、何より酷いのは、自らを焼こうとでもしたように、あちこちを赤く爛れさせている火傷だ。
人ではない、その意味を改めて思い知る。アシャの中にもまた『運命』の因子があったのだ。そうしてアシャは、『氷の双宮』を出て、定められた仕事をした。炎を放ちながら、ラズーン内の『運命』を掃討してきた。
「アシャ!」
ようやくアシャは視線を上げた。異臭漂う戦場の中、柔らかく輝く紫水晶の瞳は、生気がなく虚ろだった。微かに微かに笑みを返した、ように見えた。よろめきながら近づいていくユーノを待つこともなく、ギヌアの前に立つ。




