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「ユーーノぉおおおっっ!」
野太い悔しげな叫びに、ユカルは瞬時振り向いた。戦場で敵から注意を逸らすなど愚の骨頂、それでもその名は全てを賭けて応じるべき相手、体が勝手に反応する。振り向いて流れる景色の中、彼方のシートスもまた同じ名前に反応した。戦乱の中で1人、光を纏ったかのように立ち上がる少女、その姿に叩きつけられる黄金の激流。
「アシャぁあああああ!」
視界が眩み、けれど放った者が誰なのかを間違えるわけもなく、怒りと絶望に虚しく剣で顔を庇って怒鳴る、一瞬後には体全部を高熱の渦が襲い、
「っ?」
冷たい。
「ぎゃああああ!」「ぐああああっ!」「おおおおおっっ!」
周囲に絶叫が満ちる。鬨の声を上回る悲鳴、耳を弄する阿鼻叫喚の音量、すぐ側でごうっと確かに業火が走り過ぎる音がして、取り囲む敵が攻撃を止めて竦む気配、それでもすぐさま、生き残りが反撃してくるだろうと思い、開いた視界に映ったのは。
「…は…?」
ユカルは呆然とする。
周囲が開けていた。
今の今まで皮一枚の距離に詰まっていた敵兵が1人も居ない。いや、居る、が。
「ひいいいい……」「ああ…ああ…ああ…」「あ、はは、あははは!」
微かで哀れな悲鳴が響いている。奇妙な笑い声が混ざり込んでいる。1人か2人、多くてもたった数人の僅かな兵が、身体中を震わせ目を見開き、涙と涎に顔を汚し下から漏らし、剣も何も取ることなく、蹲り座り込んで泣いている。
のろのろと見渡す。遠く彼方に今もなお平原竜に跨るシートスが見えた。別方向に、金の本流が辿り着く前と同様のユーノの後ろ姿がある。その両者の間を、無数の、黒焦げになった奇怪な形の塊が、積み上がり寄り集まって埋めている。異臭、炎で焦げたにしては生臭く、粘りつくような、喉を這い降りるのを咽せながら吐き出したくなるおぞましさを含んで。
「…何…が…?」
声が詰まった。思考が追いつかない。一瞬前までユカルは死を覚悟して兵に囲まれていた。シートス、ユーノともどもにここで散るのだと思っていた。彼方にアシャが現れ、自分達諸共『運命』を炎で焼き尽くそうとした、はずではなかったのか。
何が起きた。
「っ…っ……っ」
答えを探して必死に周囲を見回す。転がっている黒い塊、幾つかは人の形を残している。おそらくは高熱で焼かれたのだ、けれどユカルには焦げ痕一つない。そう言えば、金色の流れに飲み込まれた瞬間、熱は感じず、むしろヒヤリと冷たかった。アシャの秘法だろうか、敵兵だけを焼くような? けれど無事なものも居る、ほとんどが心を壊されてしまったようだが、それでも彼らは焼かれていない、なぜだ。疑問ばかりが心に積む。
脳裏に浮かんだのは敵兵を見聞していたユーノの姿だ。倒れた兵士を焦げている、焦げていないと訝しげに呟きながら確認していた。ひょっとして、ユーノはこの状況を予想していたのか? 『運命』が倒れ、自分達だけが生き残る可能性を思いついて、アシャに自らを撃たせたのか?
「ユカル!」
「っ、隊長っ!」
さすがにシートスは戸惑うばかりではなかった。敵襲がないと理解するや否や、ユカルの元に駆け寄ってくる。平原竜が走る足元で黒い塊がぐずぐずと潰れ砕けて舞っている、まるで人の形の抜け殻のように。その光景にぞわぞわと体を震わせながらも、ユカルは堪えてシートスと合流した。側を駆け抜けてしまいそうなシートスと一緒に、今度は2騎でユーノの所へ駆けつけようとした矢先、再び声が響いた。
「アシャっ! 無用だっ!」
はっとして視線を転じると、彼方の人影がゆらゆらと揺れながら、もう一度、黄金の髪を風に靡かせて片手を挙げている。
「うぉおおおああああ!」
状況を見てとったのだろう、シリオンと名乗った『運命』を先頭に、怒号とともに残った『運命』軍が一気にアシャに押し寄せていく。
「もう撃たなくて…っ」
いい、と続くはずの叫びを呑み込み、アシャの手から二度目の咆哮が疾る。




