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「もう、避難が始まったようですね」
人気のなくなったミダス公宮の一室で、ジノは窓の外を伺いながら呟いた。
レスファートはジノの向かい側でクッションに体を埋めるように座りながら、ぽつりと応じる。
「ぼく、しなきゃならないことを、アシャにおしつけたのかな」
プラチナブロンドが俯く顔にさらさらと流れる。
「…」
気遣うように少年をみたジノが、応えることばを探しあぐねていると、胡座を組んでのんびりと、小鉢の中のラクシュの実を摘んでいたイルファが、野太い声で言った。
「できることしかできない、そうだ」
「え?」
顔を上げたれるファートに続ける。
「レクスファに居たじいさんが言ってた。人間はできることしかできない。できないことを無理にしようとしても、天が止め、地が頷かない。だから決してできはしない、と」
「天が止め、地が頷かない…」
ジノが窓の外、『氷の双宮』のあたりへ目を向けながら尋ねた。
「では、アシャ様が今為さっていることは、天も地も認めたこと、ということになるのでしょうか」
三人の胸に、レスファートに代わって『運命』を選り分けようと言い出したアシャが甦った。自嘲を含んだ諦めを浮かべた目は、レスファートやイルファはもちろん、ユーノにさえ目を合わせようとしないまま伏せられ、低く掠れた声で提案した。
『今の俺ならば、「氷の双宮」の扉の代わりぐらいにはなれるだろう。薄い網を張ろう、「運命」が通ろうとすれば溶け崩れるような網を』
誰の決定も待たぬまま、それでいいな、と立ち上がった姿は暗く澱んだ気配だった。
「…アシャ様は『魔物』だという噂が立ったことがありました」
ジノが思い出したように呟いた。明るい陽射し満ちる室内を、寒々とした気配が横切っていく。
「ラズーンの西に、長丈草の草原があります。古い遺跡、『パディスの偶像』と呼ばれるものがある、不思議な気配の場所です。そこで夜な夜な金色の少年が駆け回っている、人のような、人ではないような、全身金色に光り輝く少年……アシャ様に似ているという噂でした」
かり、とイルファがラクシュの実を噛む。レスファートが先を促すようにジノを見つめる。二人の視線に,ジノは苦笑した。
「…それだけのことです。僻地からラズーンに広まり『氷の双宮』に届いた頃、そこで噂は消えていきました。口を噤むように誰かが触れ回ったということではなく、金色の少年が駆け回る姿をそれ以降誰も見なくなったからです」
「…それって」
イルファがもぐもぐと口を動かす。
「見られちゃやばいもんだったから消えたんだ、それについては話さない方が良い、そういう別の噂が立ったからか?」
「…なんとも」
ジノは曖昧に微笑んだ。
「……ただふと……アシャ様が、人を選別するようなことを天地が認めるということなら、アシャ様が人知を超えた力を使うことを天地が望んでいるということでしょうか。アシャ様が……『魔』となる、ことを…」
「ちがう」
レスファートが首を振った。
「ちがうよ、ジノ」
アクアマリンの瞳が鋭く煌めいて、ジノを見据える。
「天も地も、ひとが『まもの』になることなんでのぞまない。世界が望むのは,人が『まっとう』することだけだ」
幼い口調には不似合いな厳しさを含ませて言い放ち、少し黙って唇を噛んだ後、膝を引き寄せた。
「それに…アシャが『ま』になったら……ユーノがかなしむよ、きっと」