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一群れの軍を制圧した、と言えばいいのだろうか。
戦い方を変えてからは、勝敗はあっさり決した。死屍累々とはまだ早いか、大怪我をしつつ未だ死んでは居ない者も転がる広場に、離れた仲間が少しずつ戻ってくる。南門を潜り抜けて後、なおも半分近くに減ったが、ユカルもユーノも生還している。
「?」
ユーノが体を休めもせず、ゆっくりと倒れた兵の間を歩いている。倒れた兵に既に歯向かう元気などないが、安全とも言い切れない中を、時々深く屈み込みながら、何かを確かめているようだ。
「…ユカル。『星の剣士』は何をしている?」
「…気になることがあるようで、死体を検分しています」
「検分…」
「『運命』が宿っているかどうか、わかるかも知れないと」
「確かめて…どうする」
「手当が必要だと」
「…手当…?」
ユカルも訝しい表情だ。
「はい……人なら助ける必要があると」
「人なら…助ける」
この状況で?
シートスの疑問に気付いたのだろう、ユカルが控えめに頷いた。
「あいつは……その、今では正統後継者…でもある、ので」
「む」
アシャの顔が掠めた。
「俺達の知らぬことを知っている、か」
「はい」
ユカルが複雑な顔でユーノを見遣り、シートスもまた、悪臭漂う中を汚れも気にせず歩き続ける少女を眺める。
「焦げてる……焦げてない…」
野戦部隊が一戦を凌ぎ、この周辺の掃討が済んだと見極められた後、ユーノは静かに倒れた兵の間を見て回った。
手足を飛ばされ絶命しているものがほとんどだ。微かな呼吸で間もなく逝くだろうと思われる者も居る。明日は我が身だ、同情できるほど余裕はない。
「溶けている……溶けていない…」
悪臭は酷く、鼻を布で覆ったぐらいでは無くならないが、幾分ましにはなった。足元に広がる血液と汚泥の隙間を踏み分けるのも一苦労だ。それでも、次の戦局を生き残るために、確認しておかなくてはならない。
「焦げていて……溶けている…」
一つの死体の前で立ち止まる。両足切り飛ばされている付け根から、どす黒い粘液のようになって崩れていっている。何度も立ち向かってきたのだろう、幾つもの槍傷、そこからもぐじぐじと液体が溢れている。虚な目に焦げた髪が被さっていた。『運命』の黒髪ではなく赤い瞳でもないが、おそらくはカザディノのように中身が違うのだろう。
「焦げてなくて……溶けていない…」
その隣の男は片腕を失っていただけだが息が絶えていた。繰り返し受けた槍傷、血が流れ落ちる酷い傷だ。だが、どこにも焦げたり火傷を負った場所はなく、服も燃えた様子がない。
「ユーノ…」
鼻を押さえながらユカルが近づいてきた。
「そろそろ移動する。移動してから飯だ……何を見てる?」
「髪が焦げたり火傷したりしている者と、そうじゃない者が居る」
「ああ、そうだな」
ユカルは眉を寄せて周囲を見回す。
「こいつらは『氷の双宮』付近から戻ってきたようだぜ。押し込もうとして果たせなかったから、こっちを取り込んで人質にして開門を交渉しようとしたか、圧倒して『氷の双宮』への侵入経路を得ようとしたか」
「その時、きっと炎に触れたんだね」
「たぶん。……けど、そういや、おかしいな、一緒に動いていたはずなのに、炎に触れた奴と背後にいた奴がいるのか? にしては、前衛組が少ないな」
「…焦げている兵は傷が多い。繰り返し襲ってきたからだ」
「ああ、倒しても倒しても迫ってきた奴な。勇敢で有能だったってことか? だから『氷の双宮』に近づくときも前線で押し出されたのか?」
「ううん」
ユーノは首を振った。来るまでに味わった違和感が確信に変わっていく。
「これはきっと…」
「『星の剣士』!」
焦れた声でシートスが呼んだ。
「移動するぞ!」
「いけね、食いっぱぐれる」
「置いてかれる方が心配じゃないのか」
「すぐ追い付くさ」
ユカルがにやりと笑う。
「俺は物見だ。単独行動は慣れてるからな」




